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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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「痛ダダダ! スゲエ痛いッ!?」


 木場拓未は目尻に涙を浮かべながら苦悶の叫びを上げた。


「騒ぐな駄犬。吠えた所で痛みは変わらん」


 カテナは地面に座った拓未の背に手を当てながら、やれやれと呆れ顔を浮かべた。


「いや、コレめちゃくちゃ痛くてだな!」

「剄による――人が研鑽し積み上げた技巧による一撃だ。お前が普通の人間ならば爆発四散していてもおかしくはなかったのだ。痛いで済んでるだけマシと思え駄犬」

「痛ダダダダ!」


 拓未はその肉体に大量の剄を打ち込まれた。

 筋力に任せた一撃は肉体を外部から破壊するが、練り上げた気による剄の一撃は肉体を内部から破壊した。

 筋肉が、血管が、内臓が、内側からことごとく断裂、破裂、爆裂していた。

 普通の人間であれば死んでもおかしくはなかったが、拓未は改造人間である。

 改造された肉体は破壊された時点から自己修復を開始し致命傷には至らない。

 それでも尋常ではない量の剄を叩き込まれた拓未の肉体。

 もともと弱っていたこともあり傷の治りが遅い。

 それを手助けしているのがカテナだ。


「……まったく、どうして私がこんなことを」


 陽が沈んだことで行動の自由を得たカテナ。

 その活躍により拓未達は窮地を脱することが出来た。

 いまは県境を越えて福島県に入っていた。

 日没から数時間。拓未達はカテナが確保してくれた街道沿いの安全地帯で休息と怪我の手当てをしている。

 カテナは拓未の背に手を当て自らのエネルギーを流し込む。


「痛ダダダダダ!」


 拓未が再び悲鳴を上げた。

 現在、拓未の肉体のあちこちには剄による一撃の傷跡が多数ある。

 それら傷痕には僅かながらに打ち込まれた剄が残留していて修復を滞らせていた。

 カテナが行っているのはその残留した剄を洗い流す作業だ。

 それには痛みが伴った。

 カテナのエネルギーは残留した剄を拓未の気脈へと流した。

 気脈とは生物の内側に存在する血管のように入り組んだ気の通り道。

 すべての生物に存在する気脈ではあるが、基本的にそれは閉じている。

 完全に密閉されてるわけではなく、普通に生きていく上で必要がないことから相応に細く閉じられているのだ。

 カテナの治療はその気脈を押し広げていた。

 残留した剄を一ヶ所に留めず循環させるための行いだった。

 カテナの手からエネルギーが流し込まれた。

 そのエネルギーは患部に残る剄を気脈に押し流し拓未の気脈は拡張される。


「痛ダダダダダ!!」

「フン、これで終わりだ駄犬」


 治療が終わる。

 気脈は押し広げられ、もう残留した剄は存在しない。

 これで自己修復機能も問題無く機能を発揮することだろう。

 後は時間を掛けて回復を待てば拓未は全快する。

 だが、


「……真理の様子は?」

「私に聞くな。それはあの道士娘に聞け」

「……そうだな」


 焚き火を挟んだ先に真理と鈴の姿はあった。

 固い地面に寝かされた真理を鈴が介抱している。

 撤退の際に持ち出せた物はほとんどない。

 カテナの機転による突発的なものだったので仕方無いが布の一枚でもあれば良かったと拓未は思う。

 真理は苦しそうな表情を浮かべ酷い顔色をしていた。

 鈴は真理の顔に浮いた汗を手で拭うと拓未達のもとに来た。


「……やっぱり悪化してる」


 鈴は拓未にもカテナにも目線を合わせることなく俯きながら呟いた。

 撤退の際にカテナは真理を使い魔達に運ばせた。

 切迫したあの状況下で真理を生き残らせるには最善の策であったが、その代償は安くない。

 影によって編まれた使い魔は鈴が言うところの陰の気の塊だ。

 それが短くない時間、真理に触れ続けた。

 結果として、真理を侵すキョンシーの毒は活性化し肉体を蝕んだ。


「……きっと夜明け頃には、もう……」


 現在時刻は夜の十時を過ぎた程度。

 体内時計によりそれを把握している拓未は表情を凍らせた。


「あと六時間も無いじゃないか……」


 残されたタイムリミットを正確に口にする拓未。

 つい数時間前まで二日はあったはずのタイムリミット。

 それが大幅に削られてしまった。

 真理を助けるためにはあと六時間の間にキョンシーを打倒しその牙を入手して解毒薬を作成しなくてはならない。


「……こんな状況でソレが出来るのか、」


 手負いの拓未はカテナによる治療で回復したものの未だ全快には程遠い。

 キョンシーの変化を助長させるカテナは戦力としては数えられない。

 鈴は決戦場にほとんどの法具を置いてきてしまっていて手持ちの武器は常に身に付けている最低限の物のみ。

 拓未が嘆くのも無理はない。

 現在よりも恵まれた状況下で戦ったというのに拓未はキョンシーに敗北している。

 それなのに、より不利な条件の元で再戦をしなくてはならないのだ。

 決して負けることの出来ない最後の戦いを。


「……ごめんなさい」


 鈴が謝罪の言葉を発した。


「アタシが、あのとき……」


 師の口より自身の名が発せられた。

 その事実が鈴の精神を大きく掻き乱し戦意を喪失させた。

 それだけが敗因では無かったとはいえ、己が犯した購えない罪に鈴は後悔と自責の念に駆られた。

 あのとき、自身がまともに戦列に参加していればこんな状況には陥らなかった。

 あのとき、自身は戦うと覚悟を決めたのではなかったのか、キョンシーを倒し真理を救う。そう誓ったのでは無かったのか?

 あのとき、師匠は死んだのだと自分に言い聞かせたのではなかったのか……


「道士娘、確かに貴様が加勢していれば結末は変わったのかもしれんな……」


 カテナが冷たく言葉を投げる。


「だが、それは普通の殭屍(・・・・)であればの話だ」


 その血のように紅い瞳が鈴を射ぬく。


「貴様、アレをどうやって造った?」


 殭屍。

 その作成方法は幾つか存在する。

 土中に埋められた死体が何年も陰の気を溜めて変化するもの。

 道士の秘術により死体が変化させられたもの。

 キョンシーに噛まれた人間が毒に侵され変化したもの。

 カテナが識る限りでも片手の指では足りない程だ。

 だが、鈴の師匠はそのどれにも該当しないとカテナは予測していた。

 鈴の師匠は僅かな期間で劇的な変化を遂げている。

 真理の血を啜り凶暴化したとはいえ、その変化は早すぎた。

 功夫を操り、道術までをも使用したのだ。

 それは尋常ならざる速度での変化。

 カテナは鈴の答えを待った。


「…………飲ませた、の」


 しばらくの時を置いて鈴が口を開く。


「……治ってほしくて、アタシ……」


 その言葉は懺悔するかのように語られた。


「師匠に(たん)を飲ませた」

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