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「あー、どうしたもんか……」
頭を抱えて悩み込む。
今日はいつものように朝起きて、梅雨入り前の準備に時間を割こうとしていたはずだった。
「……それが、なんでまた」
チラリと自分の寝床を見る。
使い古された愛用の煎餅布団には長い白髪の少女が静かな寝息をたてていた。
「こんなことになってんだか……」
それを思い返すと、頭がずーんと重くなる。
はっきり言って、善意からとか正義感が働いてとか、道徳的な理由での行動じゃなかった。
自分の生活圏。目と鼻の先に転がり込んできた問題を未然に解決したに過ぎない。
あのまま見殺しにしたところで、自己を守ることを最優先にするのが当たり前であるこの世界だ。
誰に咎められるわけでなし。
それでも雑居ビルを飛び出し、廃車の物陰で倒れた少女の前に立ち、【屍者】を四体処分したのは必要な事だったからだ。
あのまま両者の追いかけっこがこの付近で長引けば俺の存在がどちらか、又は両方、はたまたそれ以外の存在に知られるかもしれなかった。
そうなると、【屍者】に見つかっても少女に見つかっても面倒ごとに巻き込まれる。
だから、鈍重な動きの【屍者】をさっさと処分したわけだ。
少女の方は眠っていたのでそのまま姿を消しても良かった。
だが、立ち去ろうとしてみたもののどうにも気が引けてしまった。
「……俺もまだまだ甘いな」
腰まで届く白髪と透き通るように美しい肌の少女。
その容姿に気付かされたのは、彼女の身体を綺麗に拭いた後のこと。
見つけた時は泥と汚れが着ている服を含め全身にこびりついていたため分からなかった。
とても美しい少女だ。
年齢は十代前半、もし学校が未だ存在していたならば中学生くらいだろうか?
「木場拓未、二十七歳。未成年者誘拐の罪で逮捕……なんてな」
現在の状況に思わず笑みとくだらない言葉が出た。
まもなく三十路を迎えようかと言う男が、気絶した年若い女の子を家に連れ込み、全裸にし身体を拭いて、寝所に横にさせている。
――完全な事案だ。
とっくの昔に壊滅している警察機構があれば、即逮捕されるだろう。
まぁ、警察なんて今は存在しないのでノーカウントにしておこう。
それにやましい気持ちで少女を全裸にした訳じゃないので無罪。
少女の身体をくまなく執拗にチェックしたのも必要な行為だったからだ。
もしも噛み傷などがあれば、いずれ自身に危険が及ぶ。
そうならないための最低限必要な行い。
神に誓ってもいい。劣情なんて催していないのだ。
残念なことに俺には思春期少女の起伏の少ない身体に興奮を覚える性癖はない。
それに日頃から見させられている、ある種の危険物に比べれば可愛いもの。
「ホント、どうっすかな」
部屋の隅に置かれた黒い棺桶に自然と視線は向かっていた。
少女の身体に傷はなく、奴等に類する特徴も皆無。
見た限り、健康な人間の少女である。
それが一番の問題だった。
まもなく夜が来てしまう。
太陽は徐々に傾いてきていて、体内時計からして夕方五時過ぎくらいか。
完全な日没まではおおざっぱに考えて一時間程度。
あの女の子を拾ったのが恐らくは朝の八時過ぎ。
もう十時間近く眠っていることになる。
出来れば夜になる前に目を覚まして欲しかったが仕方ない。
「ま、なんとかなるかな」
とりあえず食い損ねていた朝飯と昼飯も兼ねた夕食を作ることにしよう。
腹が減ってはなんとやらだ。
というわけで、一人分多めに調理を開始しますかね。