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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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鈴の覚悟

 廃屋にカテナが戻ってきたのは日没もだいぶ過ぎた夜になってのことだ。

 雨はもう止んでいた。


「小娘は一応、助かったらしいな」


 片手で軽々と担いでいた棺桶を地面に下ろし、カテナは鈴に語りかける。

 廃屋の外、焚き火に当たる鈴は振り向くことなく返答した。


「……えぇ、拓未のおかげでね」


 まだこちらからは何も話していないのに訳知り顔で喋りかけてきたカテナに鈴は事情を話そうとは思わなかった。

 底知れないこの女のことだから、事情は大体把握してるに違いない。

 そう思ったからだ。


「駄犬のヤツは役にたったか。ならば、お前のような未熟者にもひとかどの知識はあったのだな。感心したぞ」

「……そりゃ、どうも」


 鈴とカテナの仲はそう良いものではない。

 出会い方からして最悪であったし、仕方のない事とも言えた。

 鈴はカテナを警戒――敵視しており、カテナの方は鈴など眼中にも無かった。

 そのことが鈴の中にある自尊心を傷つけて更に関係を悪化させていた。

 この五日間だけで衝突(鈴からの一方的な敵対行動)は数え切れない。


「……威勢の良さだけは勝っていたが、拍子抜けだな」


 カテナはフンと鼻息を鳴らし、気落ちしている鈴を尻目に拓未と真理の元に足を運ぶ。

 廃屋の中には倒れ伏す二人の姿があった。

 真理はキョンシーの毒に侵されたことによる昏倒。

 拓未はその毒を中和するために大量の血液を抜き取られたことで倒れた。

 明日の朝までは目を覚まさないだろう。


「お前は、何も聞かないのか?」

「……何を聞かないっての」

「拓未のあの姿についてだ」


 眠る拓未の額を軽く撫でながら、カテナは屋外の鈴に言葉を投げる。


「……そりゃ、気になるわよ」


 気にならないはずが無かった。

 目の前でいきなり獣頭人身の異形に変わられたのだ。

『死』に溢れる現在の世界。

 道士という特殊な人間に育てられ比較的、世界に隠された神秘に触れる機会も多かった。

 そんな鈴にしても、目の前で異形に姿を変えた木場拓未は異常な存在だった。


「でも、聞かない」


 はっきりと断言する。


「言わなかったってことは、言えなかったってことかも知れない。言いたくないことかもしれない。だから聞かない」


 この五日間で鈴は拓未をお人好しと認定した。

 初めて出会った時も危険を顧みずに自身を救おうとしてくれたり、今日も我が儘を聞いてくれた。

 そのせいで、悲劇は起きてしまったのだが……

 だから、そんなお人好しの人間が口にしなかった獣の姿について鈴は詮索するつもりはなかった。


「そのうち、本人から言いたくなったんなら聞くけど、アタシからは聞かない。そう決めたわ」

「……そうか」


 カテナは眠りこける拓未の額に軽くデコピンをお見舞いすると、鈴の元に足を運んだ。

 背後から聞こえた痛そうな呻き声など聞こえない。


「それで、お前はどうするつもりだ?」

「…………なに、を」

「分かっているはずだ。貴様の師のことだ」

「…………」


 鈴は黙りこんでしまう。

 鈴の師匠たるキョンシーはもうこの場にはいない。

 八卦鏡による一撃でその身を焼かれ、山中に逃げたのである。


「あのキョンシーは人の血を啜ったのだろう? ならば、どうなるかなど、道士であれば理解し――」

「分かってるわよ! そんなことっ!?」


 カテナの言葉を遮るように鈴は絶叫した。

 これから待つ未来を知ってるが故に。

 人の血を啜ったキョンシーは凶暴化する。

 より多くの血を――生気を求めて彷徨うのだ。

 本来は人里を襲い、多くの人間を歯牙に掛けて生気を蓄え進化していくが、そうはいかない。

 現在の世界はもうとっくに滅びを迎えている。

 人里なんてものは皆無に等しい。

 この場合、キョンシーは山中にいる動物達を襲い生気を奪うと鈴は予想していた。

 だが、鈴が叫んだ理由はこれではない。

 鈴が叫んだ理由。それは、


「もう、封印は出来ないのだぞ」

「言われなくても、わかってるってば……」


 血を啜ったことでキョンシーは覚醒した。

 凶暴化し、陰の気は爆発的に増大し、もう未熟な道士である鈴の符術では封印出来なくなってしまったのだ。


「……アンタの力で、なんとかならないの?」


 都合の良い話だが、鈴はカテナに助けを求めた。

 ほとんど自分から拒絶し嫌悪し敵対視していたのに、虫が良すぎると自己嫌悪したが、頼るしかなかった。

 そうしなければ取れる手は一つしか無かったからだ。


「無理だ」


 カテナは即答する。


「殺せ。ということならば可能だが、捕縛、捕獲となると不可能だ」

「……それは、どうして?」

「お前は小娘の二の舞になりたいのか?」

「――ッ!?」


 たとえ、カテナがキョンシーを捕獲し連れ帰ったとしても、それは今まで以上の危険物となってしまう。

 符術による封印は出来ず、生気を求めて暴れ狂うことは想像に難しくない。

 そんな物騒な代物を連れて、あと何十キロもある道のりを行くなんて出来るわけがない。

 それは鈴一人でも、拓未達と行動を共にしても不可能だ。

 もし無理にそんなことをすれば、真理のような犠牲者を出してしまう。

 そのことに気づかされた鈴は顔を伏せた。


「……あぁ、ほんとアタシって馬鹿だなぁ」


 こうなってしまった時点で取れる策など一つしか残されていなかったのだ。

 拓未に従いたった一日我慢していれば、こんな事態には陥らなかったと後悔しても、もう遅い。

 全て未熟な自身が招いた結末。

 鈴はそれをようやく受け止めた。

 そして、覚悟を決める。


「……師匠はアタシが葬る」

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