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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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毒牙

 止む気配なく強まるばかりの雨。

 一歩でも廃屋を出ればずぶ濡れとなるために屋外に出ることは叶わず、真理と鈴はおとなしく廃屋内で時間を潰していた。

 鈴は良い機会だと、カテナに壊された銭剣の補修作業に入った。

 赤い糸に自身の髪を何本か抜いて編み込みながら紐を結う。

 その紐に浄めた古銭を通していき剣の形を為していく。

 一連の動作は実に手慣れていて銭剣の完成まで一時間と掛からなかった。

 銭剣は無事完成したが、まだ拓未の帰還予定まで一時間以上も時間が余ってしまう。

 時間を無駄にするのもどうかと思った鈴は鞄から大量の法具を取りだし点検することにした。

 普段使わないからと点検を怠るといざというときに困るからだ。

 そして、幾つかの法具の点検をし終えたところで鈴はその視線に気づく。

 真理が鈴の様子を興味深そうな視線で見つめていた。


「あ! 真理ちゃん。ゴメンね! 集中しちゃってて、ほったらかしにしちゃった……」


 時間にして一時間以上。

 鈴は真理の事を忘れて補修点検作業に熱中していた。

 そのことに気づきすぐさま謝罪する。

 いま廃屋内には真理と鈴の二人のみ。

 一応、鈴の師匠であるキョンシーを含めれば三人だが、生者は二人のみだ。

 暇を潰す話し相手になることもせずに真理をほったらかしにした己を鈴は恥じる。

 この一時間以上を真理はどんな気持ちで過ごしていたのかと思うと大変に忍びなかった。


「あ、いえいえ! 鈴さんの作業する姿に見惚れてたので全然!」


 それは真理の本心であった。

 銭剣の補修から法具の点検まで、その一連の作業工程と目にする品々に鈴は目を釘付けにしていた。

 鈴からすれば、幼い頃から目にしてきた馴染みの法具は大して珍しい物ではない。

 だが、真理の目から見れば鈴が鞄から取り出す品の一つ一つが興味を沸き立たせた。

 あの鏡は何だろうか?

 あの布は何だろうか?

 あの人形は何だろうか?

 それらを見るたび鈴は子供らしくワクワクとした面持ちとなり、それを点検する鈴の手慣れた――職人然とした様子に見惚れていたのだ。


「そ、そう? それなら、いいけど……」


 真理の表情と声音から、語られた言葉に嘘偽りは無いと鈴は判断したが、そうなればそうなったで困ってしまう。

 再び、法具を点検に掛かるが先ほどまで気にも留めていなかった真理の視線が気になった。

 知的好奇心に溢れる眼差しに悪意など無いのは分かっていたが、やりにくいことこの上ないのだ。

 自然と手は止まり、口が開いた。


「なにか気になったりするものがある? 真理ちゃん」


 ここは真理の知的好奇心を解消してからでないと作業が進まないと判断した鈴。

 床に雑然と並べられた法具を適当に指差し真理に問う。


「え、えっと、どれも気になるんですけど……この鏡は何ですか?」


 それは八角形の盤に小さな鏡が埋め込まれている代物だった。


「あぁ、それは八卦鏡(はっけきょう)。邪気を――悪い力を跳ね返す為に使ったりするものよ」

「へー、そうなんですか」


 真理にも分かりやすい言葉で噛み砕いた説明をする鈴。


「じゃあ、これは何ですか?」

「それはね――」


 こうして、鈴は真理の知的好奇心を解消すべく質問に答えていく。


(……なんだか、懐かしいな)


 そうして真理の質問に答えていくうちに、鈴は過去の記憶を思い出す。

 自身も幼い頃、師匠に対し同じように質問をしていたことを。

 あれは何だ、これは何だと忙しそうにしていた師匠を捕まえては質問攻め。

 律儀に答え続けた師匠は肉体的にも精神的にも疲労しヘロヘロになった。

 幼い鈴は自分に責任の一端があるというのにその様子を大いに笑った。

 もう戻ってはこない在りし日の記憶。

 そんな昔日の記憶にいつのまにか浸っていたせいだろう。


「鈴さん。これは――」


 それに触れようとする真理に直前まで気付けなかったのは、


「――真理ちゃんっ! 駄目!?」


 それは一見、何の変哲もない竹製の傘であった。

 見た目、竹で編まれ、紙を張られただけの傘である。

 しかし、真実は違う。

 それは歴とした法具であった。

 霊力を込めることにより真価を発揮するが、それだけに留まらない。

 傘には仕込みがされていて、その内部には――


「痛ッ!」


 傘の露先(つゆさき)を触ろうとした真理の指先が切り裂かれた。

 痛みによる反射で腕を引いたことで鮮血が飛び散る。

 傘には刃物が仕込まれていたのである。

 柄にある機構を作動させることにより全ての露先から刃が飛び出すというからくりだ。


「大丈夫! 真理ちゃん!」


 自身の不注意で真理に怪我をさせてしまった。

 その事実に鈴は動揺した。


「だ、大丈夫です……血はいっぱい出ちゃいましたけど、傷はそんなに」


 刃によって切り裂かれた傷は深くはないが、浅くもなかった。

 真理は傷口を抑えるものの血はいっこうに止まらない。


「早く手当てをしないと……」


 鈴もそれに気付き鞄から治療用の道具を取り出そうとした。

 そして、それを目にする。

 鈴の師匠――キョンシーを待機させておいた位置は廃屋の壁際であった。

 拓未も鈴も荷物はその壁際に集中させて置いていた。

 だから、自然と壁際のキョンシーにも視線が飛んだのだ。


 ――血を舐め取っていた。


 不慮の事故による真理の出血。

 反射的に腕を引いたことで広範囲に飛び散った血液は壁際にまで僅かながら届き、その血液はキョンシーの顔にも掛かっていた。

 そして、その血液は頬を伝い口へと届き舌先に絡め取られた。


「だ、駄目! 師匠っ!!」


 鈴はその行為を止めようと動く。

 だが、時既に遅し。

 動いたと同時、キョンシーの額のお札が燃え尽きる。

 封印が解かれた。


「くッ!」


 鈴の手には桃木剣も銭剣も無かった。

 無手でキョンシーに接近してしまった鈴。


「ガゥ!」


 無造作にキョンシーの両腕が振られる。

 回避の隙も与えられることなく鈴はその一撃を食らうことになった。


「鈴さんっ!!」


 木製の壁に叩き付けられ、そのまま壁を突き破り屋外に吹き飛ばされた鈴を見て真理から悲鳴にも似た叫びが漏れた。


「……ゥゥゥ」


 自身の愛弟子を吹き飛ばしたというのに何の感情も見せることなく、キョンシーはただ唸るだけであった。

 廃屋内にはキョンシーと真理の二人だけが残された。


「ど、どうしたら……」


 真理には何も出来なかった。

 キョンシーから距離を取ろうと離れたはいいが、手近に武器となるような物は何一つ無い。

 さっきまで床に並んでいた鈴の法具を一つくらい手に取って置けば良かったと後悔するが、後の祭りだ。

 真理には拓未や鈴やカテナのような戦闘能力は何もない。

 ただのか弱い少女でしかないのだ。

 そんな女の子がキョンシーと二人きりになってしまえば、辿る結末は一つしかない。

 もうキョンシーとの距離はほんの僅かだ。

 真理の脳裏に最悪の想像がよぎる。


「――息を止めてっ!」


 鈴が叫んだ。

 ヨロヨロとしながらも雨中に立ち上がった鈴が真理に叫んだのだ。

 真理は他に頼る術も持っていなかったので、鈴の指示に素直に従った。


「……スゥー、ん!」


 大きく息を吸い込み、呼吸を一時停止する真理。

 それとほぼ同時にキョンシーは真理と数十センチという距離に迫った。

 すると、先ほどまで真理を執拗に追っていたキョンシーがその動きを止める。


「ゥゥゥゥ……」


 キョンシーは真理を見失っていた。

 キョンシーは目が見えていない。

 ほとんどの五感は機能しておらず、人間の呼気――生者の息吹きを頼りに感知しているのだ。

 真理が呼吸を止めたことでその存在を認識出来なくなったのだ。

 だが、これで安全となった訳ではない。


(……い、息が……)


 至近距離にキョンシーが迫っている緊張状態で息を止め続けるなど至難の技だ。

 真理の心臓は早鐘を打ち、何かの拍子には息が漏れてしまいそうだった。


(は、早く、どこかに行って……)


 バクバクという自身の心臓の音が頭に響きながら、真理は必死に祈った。


「師匠っ!」


 その願いは鈴によって聞き届けられた。

 背後から鈴が桃木剣を手にキョンシーに切りかかった。


「ガァウ!」


 これにより、キョンシーの標的は鈴へと移動した。

 鈴はなるべく真理から距離を取ろうとキョンシーを連れ、雨中の外へと飛び出した。


「ぷはっ!」


 キョンシーが去ったことで真理は胸いっぱいに空気を吸うことを許される。

 鈴の復活によりこれで窮地は脱したと安堵する真理であったが、それは早々に早合点だったと思い知る。

 鈴がキョンシーに押されていた。

 先ほど壁に叩き付けられ吹き飛ばされた衝撃が癒えていなかったのだ。

 桃木剣で攻撃をいなしてはいるが、それが限界であり防戦一方だ。


「……こりゃ、ヤバイかな」


 その事実は当事者である鈴が一番承知していた。

 もう桃木剣を握るのすら辛く、攻撃をいなすたびに膝をつきそうになっていた。


「くっ!?」


 そして、終わりが来る。

 桃木剣が弾き飛ばされた。

 鈴の手元に武器はなく、もう抗えない。

 息も絶え絶えな鈴の両肩をキョンシーが無遠慮に掴み持ち上げた。

 その血を啜るために。

 キョンシーは本能的に生者の血を求める。

 符術により封印状態にあれば従順であるが、ひとたび血を啜れば凶悪な不死者に変貌を遂げる。

 先刻、たった一滴の真理の血を舐め取ったことで封印を解除したのとは訳が違う。

 幾万の血を啜り長い年月を経ることでキョンシーはカテナにすら比肩し得る怪物となるのだ。


「……こ、の、馬鹿師匠」


 ろくに身動きすら出来ない状態でも鈴は抵抗を止めなかった。

 悪態を吐くのが限界だったが諦めはしない。


「ゥゥゥゥ」


 そんな鈴の抵抗など意に介さず、キョンシーは血を啜ろうと口を開いた。

 後はその首筋に牙を突き立てるのみ。


「鈴さん!」


 その危機を真理が救った。


「……真理、ちゃん」


 真理が手にしていたのは八卦鏡。

 咄嗟に手にしただけであり、使い方も知らなかったが真理はそれをキョンシーに(かざ)した。


「グァゥゥウ!?」


 本来は陽光や金星の光の下で使うべき代物だったが、時刻は昼間であり僅かながらに在った陽の気を八卦鏡は束ねキョンシーに照射した。

 それにたまらずキョンシーは鈴を手放した。

 収束された陽の気を浴びたキョンシーの顔の半分は火傷したように爛れる。


「ゥゥゥ……」


 だが、それだけだ。


「真理、ちゃん……」


 ただ、それだけの結果をもたらしただけだ。

 キョンシーはいまだ健在であり、与えた損傷も軽微。

 変わったことといえば、その毒牙の標的を真理に変えただけである。


「……逃げ、て」


 キョンシーは真理に掴み掛かった。


「駄目……」


 鈴はいまだ動けなかった。


「ヤメテぇぇえ!!」


 毒牙が突き立てられた。

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