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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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雨は止む気配なく

「……はぁ」


 降りしきる雨に拓未は苦い表情を浮かべた。

 六月下旬。まだまだ梅雨明けには程遠く、雨の勢いは依然として強く、いっこうに止む気配は無かった。

 朝早くから降りだした雨に拓未はとりあえずの待機を選択。

 止むか勢いが弱まったなら行軍を開始。

 そうでない場合は待機をし続けるつもりだった。


「止まない、か……」


 現在地は福島県との県境近く。

 元は商店か何かだったろう廃屋に拓未達はいた。

 昨夜のうちに、カテナによる周囲一帯の安全確認はされており、このまま居続けることに何の不都合もなかった。

 屋根や壁に目立った破損や穴は空いておらず、荒廃しているものの雨風を凌げるだけでも有り難いというものだ。

 雨中に無茶をするより、丸一日の休息をとり明日に備える。

 昼過ぎまで待ってみて、雨が止まないと判断した拓未はそうするつもりだったのだが、


「ねぇ〰、拓未ぃ〰。出発しようよ〰」


 鈴が意義を唱えた。

 朝からずっと鈴はこの調子で駄々をこね続けている。

 鈴からしてみれば、それも当然のことだった。

 目指していた福島県。それがもう目と鼻の先ほどの距離にあるのだ。

 県境まではだいたいの目算で徒歩一時間程度。

 たった一時間歩くだけで、師匠の出身地に足を踏み入れられる。

 正確な意味での故郷にはまだまだ遠いのも分かってはいたが、自分一人ではたどり着けなかったかもしれない場所はもうあと僅か。

 それが鈴の気持ちを(はや)らせた。


「いや、でもだな……」

「だったら、アタシと師匠だけで先行でもいいってば〰。師匠は足遅いから、そんなに距離稼げないし、明日には合流出来るよ〰」

「…………うーん」


 こればっかりは拓未も簡単には認められなかった。

 見る限り、雨の勢いは相当強く視界は数メートル先も見えはしない。

 こんな状況で放り出すのは忍びないし、なによりも危険だ。

 拓未は鈴との出会いを思い出す。

 鈴が言うには、不慮の事故で額のお札が取れてしまい、それによりキョンシーの師匠が暴走。

 そこを拓未に救われたのだ。

 この事実を考えると、いつまた不慮の事故とやらが起こるか分かったものではない。

 鈴を簡単に行かせる訳には行かなかった。


「ねぇ〰拓未〰」


 猫撫で声で拓未にすり寄る鈴。

 拓未は朝から何度も危険を説明し、鈴を止めているのだが聞き入れてくれる様子はなく、このままでは勝手に独断専行もしかねない。

 拓未は仕方なく、代案を提示することにした。


「あー、もう。だったら、こうしよう。とりあえず、俺が先に行く」


 拓未の代案とはこうだ。

 まずは、拓未が道中の安全と経路を確認するため県境まで行く。

 それが終わったら来た道を戻り、真理と鈴を連れて県境まで再度進む。

 往路、復路、往路と合計して三時間以上は掛かる大変に面倒な道のりである。


「えー、めんどくさくない?」


 説明を聞き終えた鈴は不満げな態度を隠そうともしない。


「嫌なら構わないぞ。それなら、このまま待機だ」


 拓未としても、こんな面倒なことはしたくなかった。

 だが、安全とは面倒なことを積み重ねなければ得られないと拓未は知っている。

 このまま雨の中を真理と鈴を連れて先に行ったとして、その先に問題が何もないとは限らない。

 平面の地図を見た限りでは何の問題も無かった。

 だが、行ってみれば道路が土砂で塞がっていたり、断絶していたり、なんてのは良くあること。

 それを未然に防ぐ為にも、大概の危険に対処可能な拓未が行かねばならないのだ。


「……わかったわよ。それでいい」


 渋々とした様子ながら、鈴は拓未の提案を了承する。

 このまま拓未に抗議を続けたところで、自身の望む答えが返ってこないだろうということは鈴にも分かっていた。

 それならば、二時間程度を我慢していたほうがマシという判断の結果だ。


「……良し。なら、そうしよう」


 拓未はやれやれという顔をしながら、準備に取り掛かる。

 偵察なので、装備品は必要最低限でいい。

 雨避けに外套を羽織り、腰に鉈を差すだけで準備は終わった。

 面倒なことはさっさと終わらせようと、拓未が廃屋を出ようとしたとき、


「あ、拓未。あの女は……連れてかないの?」


 鈴が拓未の出発を静止させた。

 鈴が言う、あの女とはカテナのことだ。

 最悪のかたちで初対面を迎えた二人の仲は決して良くない。

 カテナは鈴のことを羽虫程度にしか思っておらず無関心。

 しかし、鈴はカテナという存在を警戒し常に不安を覚えていた。

 拓未にもそれは分かっていたのだが、自分がいない間に何かあった場合のことを考えると、二人だけを残してカテナも連れてくのは躊躇われた。


「大丈夫だって、拓未! アタシってば、かなり強いんだからあの女に頼らなくても、自分と真理ちゃんのことく、い守れるからっ!」


 拓未の考えを察した鈴が、反論を封じるようにまくし立てる。


「…………わかった」


 仕方なく、拓未はカテナも連れていくことにする。

 重い棺桶という邪魔な代物が加わり、面倒が更に増えたことで溜め息が漏れた。

 鈴の実力はカテナとの戦闘で充分に承知している。

 大抵の不死者に遅れをとることはないはずだ。

 カテナによる昨夜の探知でこの廃屋周辺は安全である。

 それらの条件を鑑みたうえでの判断だ。


「……じゃあ、行ってくる」


 拓未は棺桶を伴い廃屋を出た。


「行ってらっしゃい、拓未」

「気を付けてくださいね。木場さん」


 二人の少女の見送りの言葉は激しい雨音と共に拓未へと届くのだった。

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