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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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銭剣

「ふんふーん、ふふーん」


 鼻歌混じりに先を行く拓未を鈴はなんとも言えない表情で眺めていた。


「……そんなに喜ぶもんかなあ?」


 鈴としては拓未がどうしてこうも嬉々とした表情を浮かべて上機嫌になるのかが理解出来ない。

 食糧が無いというから、自身の手持ちを分けると言った鈴。

 だが、それを見せてからこうも喜ぶ拓未に鈴は怪訝な表情を隠せない。


「だって、米だぞ! 日本人なら、誰だって喜ぶ!」

「へぇー、そんなもんなの?」


 拓未の熱の籠った言葉を聞いた鈴だったが、やはり理解出来ない。


「……あぁ、何年ぶりだろ」


 一方、拓未は感慨に耽り続けている。

 二人の感覚の違いは致し方ない。

 生まれた時代が違いすぎるのだ。

 片や、二十世紀生まれで、ある一時までを一般的な日本人として生きてきた木場拓未。

 片や、二十一世紀生まれで、地獄と化した世界で日々を生き抜くにも苦労した鈴。

 その二人の価値観が違うのは仕方ない。

 拓未は日本人として、米を常食してきた過去がありある日を境にそれが途絶えた。

 放棄された保存食や自身で育てた作物で腹を満たしてはきたが、米への郷愁が無かった訳がない。

 自力で育ててみようとはしたが、野生化した稲穂を捜索しても見つかることは少なく、見つけても栽培には失敗した。

 そんな無念を味わってきた拓未の手に焦がれに焦がれた米があるのだ。

 拓未が歓喜するのも当然だ。


「……贅沢を言えば、普通米が良かったけど」


 ここで少し拓未のテンションが下がる。

 鈴が供出してくれたのはもち米だったのだ。

 普通米より丸みをおびていて色も乳白色である。

 しかし、それくらいしか違いはなく拓未も鈴が「もち米」という単語を出すまで気づかなかった。

 それを知ったとき、どうして普通米じゃないんだと拓未は毒づきそうになったが、なんとか不満を飲み込んだ。

 なんでも、鈴の師匠が儀式用に栽培していたらしく、もうここにあるだけで終わりらしい。

 つまり、これが米にありつく最後の機会かも知れないのだ。


「あ、言っとくけど全部食べちゃダメだからね!」


 鈴は拓未の様子に危機感を覚えて釘を刺しておく。

 供出はしたが、全て食べていいわけじゃない。

 もち米は鈴にとっても必要とする用途がある貴重な代物だ。

 油断すれば、全てを食べかねない拓未にキッと鋭い眼光が浴びせられる。


「わ、分かってるって……」


 拓未が鈴の眼光に怯んだ。

 その時、


「――ッ!? 伏せてっ!」

「へ?」


 拓未に飛ばした視線の先、闇夜の奥から飛来したソレに気づいた鈴が叫び行動に出る。

 鈴は拓未に飛び付くと無理矢理に地面へ組み敷いた。

 突然の鈴の暴挙に抗議しようとする拓未。

 しかし、抗議を口にする間もなく、先ほどまで自身が立っていた位置を金色の軌跡が撫で、その場に轟音と土塊の雨が降った。


「……な、なんなの?」


 土煙が立ち込める着弾地点を見つめながら、鈴は油断なく構えた。

 次第に土煙が晴れていく、そこには妖艶な黒いドレスを身に纏い、長い金色の髪を夜風に靡かせる女――カテナがいた。


「……なんだ、カテナか」


 拓未は見慣れた吸血鬼の登場に迷惑そうな表情を浮かべる。

 恐らく、ここまで飛翔してきたのだろうが着地する場所と減速するくらいの心遣いは無かったのかと頭を抱える。

 あれではただの爆撃だ。と、拓未は内心で愚痴を吐く。

 口にすれば理不尽な仕置きがあるので、内心に留めている。

 見れば、カテナが着弾――もとい、着地した地面は大きく抉れ酷い有り様だ。

 拓未はやれやれという表情で呆れるが、鈴は違った。

 全身にギトギトとした脂汗が湧き出て、呼吸が酷く乱れる。

 普段の呼吸の仕方も忘れ、ハッ、ハッ、と短く何度も何度も空気を求めて息を吸った。


「なによ、アレ……」


 肉体が、魂が、生物としての本能が全力で逃げろと叫んでいた。

 だが、同時に決して逃れることは出来ないとも自然に理解してしまう。


「……た、ただの不死者じゃない……アレは、もっと別の……」


 鈴とて、地獄と化した世界で生き抜いてきた人間だ。

 不死者の類いとは何度も遭遇してきた経験がある。

 だが、目の前に突如として現れたカテナの存在はいままで戦ってきたどの不死者よりも強大で絶望的な気配を放っていた。

 そのため、


「ゥアァァァァッ!?」


 鈴が桃木剣を手にカテナに向かっていったのは無理からぬことだった。

 逃げることが出来ないなら戦うしかない。

 そう選択した上での行動だ。

 クレーターのように抉れた大地に立つカテナに向かって上方より桃木剣が振るわれる。


「……チッ」


 舌打ちが一つ。


「…………興醒めだ。養殖・・ものだったか」


 カテナの視線はクレーターの外縁部に立つ鈴の師匠――キョンシーへと注がれていた。


「そんな……」


 一方、鈴は戸惑いの声を上げる。

 指一本。

 ピンと立った人差し指の一本のみで鈴の桃木剣による一撃は防がれてしまっていた。

 しかも、カテナは鈴に一瞥もすることなく文字通りの片手間に鈴の全力を指の先であしらってしまったのだ。


「くっ!」


 それでも鈴は諦めない。

 桃木剣を握り直し何度も攻撃を試みる。

 だが、その攻撃はことごとく指一本で防がれた。


「ならっ!」


 鈴は桃木剣を投げ捨て、懐に手を伸ばす。

 取り出されたのは奇っ怪な剣。

 清められた古銭(こせん)を赤い紐で束ね、小刀程度の大きさで剣の形にした代物。

 銭剣である。


「ハッ!」


 鈴は銭剣をカテナに向かい投擲する。

 銭剣はカテナの頭部を狙い打とうと宙を走ったが、それは叶わずやはり指一本に弾かれる。

 弾かれた銭剣はそのまま地面へと落ちていくが、


「シッ!」


 重力を無視し速度を増して下方から急速に跳ね上がった。

 銭剣は再びカテナに迎い宙を走った。

 銭剣操術。道士である鈴が修める道術の一つである。

 自身の霊力を銭剣に込めて自在に操るその術は鈴が会得した術のなかでも得意な部類に入る。


「ハッ! ヤァッ!」


 自在に宙を走る銭剣はまるで生き物のようにカテナの周囲を動き回り攻撃を加えた。


「……道術か、これまた懐かしいな」


 しかし、それもすぐに終わりを迎えた。

 カテナの視線が鈴へと移ったのだ。


「おもしろい。養殖ものの僵屍よりは楽しめそうだ。相手をしてやろう道士」


 相手をしてやる。

 それは片手間に降りかかる火の粉を振り払っていた先ほどとは違うことを明確に表す言葉。

 カテナはそう宣言すると高速で飛翔していた銭剣を容易くつまんだ。


「さぁ、私を楽しませてもらおうか」


 カテナは銭剣を破壊する。

 繋ぎ止められていた古銭がバラバラと周囲に散らばった。


「……なら、お望み通りにッ!!」


 鈴は霊力を注いだ。


「ム?」


 破壊された銭剣。それを束ねていた赤い紐がカテナの身体に巻き付きその動きを拘束した。


「楽しめっ!」


 カテナの周囲に散らばった古銭が全て宙に浮く。

 その数、実に数十枚。

 それらは鈴により操られ強い霊力を帯びており、霊体である亡霊(ゴースト)にすらダメージを与えられる。

 鈴はそれをカテナに向かい射出した。

 さながら、それは複数の銃器による一斉総射を思わせた。

 カテナの周囲を取り巻いていた古銭の全てが超高速の弾丸となり、一切の死角無くカテナを襲った。


「ど、どうよ……アタシの銭剣操術は」


 息も絶え絶えになりながら、鈴は自身の勝利を宣言する。

 これまでの旅の疲労と先刻あった師匠からの逃亡劇と戦闘により疲弊していた鈴。

 そこにカテナとの戦闘まで加わり、もう霊力も体力もすっからかんだった。

 銭剣による攻撃はいまの鈴が使える最大級の技である。


「……いや、なかなか面白かったぞ」


 だというのに、


「ウソ、でしょ……」


 無傷のカテナがそこにはいた。


「桃木剣に銭剣とは大変に懐かしい。次はなんだ? 符術か? 霊旗か? 招雷でもしてみせるのか?」


 カテナは上機嫌になりながら、鈴を急かした。

 それはまるで、子供が手品師に次のネタは何だとせっつくような反応で無邪気というほかない。

 しかも、いまだ見せてもいない自身の手の内を語られたことで鈴の心は挫かれた。

 もう鈴に戦う気力は残っていなかった。


「……なんだ、これで終いか」


 それを悟るとカテナは途端に不機嫌となった。

 これまた子供のような反応だ。

 興味を無くしたオモチャに対する子供の反応とは冷酷なもの。

 鈴は自身の結末を予感し、目に涙を溜めた。

 そして、


「――お前ら、なにやってんだー!?」


 いままで傍観者となっていた拓未が大きな声を上げる。


「なんだ、駄犬か。キャンキャン吠えるな。やかましいぞ」


 カテナもその声にようやく、拓未の存在を認識しいつものように罵った。


「やかましくないっつの! そっちこそ何してんだ。初対面の女の子に襲いかかって!」

「手を出して来たのはあの小娘からだ。私は僵屍の反応を感じて来ただけだ。だから、私は悪くない」

「私は悪くない。じゃねえ!! 突然、お前みたいのが現れたら誰だってなぁ――」


 以降、拓未とカテナによる喧嘩が開幕。

 結果はいつも通り、カテナによる物理的な勝利に終わるのだが、鈴はその光景に開いた口が塞がらなかった。


「……拓未、アンタって何者なの?」


 鈴の疑問は二人の喧騒により掻き消されたのであった。

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