改造人間
――男は獣を集めた。
世界に溢れる『死』の軍勢。
それらを狩るに足る十二の獣。
目には目を、歯には歯を。
そして、『死』には『死』で対抗しようとしたのだ。
集められたのはただの獣ではない。
世界各地の神話、伝承に名を残す強大な力持つ獣を男は集めた。
手始めに数体を世界に解き放ち、男は様子を見ることにする。
結果は、失敗。
獣達は本能の赴くまま好き勝手な行動を始め、世界に新たな驚異を増やしただけに終わる。
男はそれを教訓にし試行錯誤を繰り返した。
――全ては、世界を救うために。
何度目かの実験にて、男はようやく満足のいく成果を手にする。
禁忌に触れる悪しき所業と罵られるような実験の成果だ。
男は自身の行いを恥じたが、その研究が人類を救う救世の光になるはずと信じて疑わなかった。
事実、新たに運用されることになった獣は各地で大量の不死者を狩り殺し、男の思いが間違っていなかったと証明。
獣は次々に戦線投入され、一時はこのまま不死者の全てを根絶出来るかというところまでヒトの希望を積み上げた。
しかし、その希望はあっけなく崩れ去る。
希望が潰えたその日、黒き獣の慟哭が世界に響いた。
◆◆◆
「……真理、か?」
拓未は一瞥もせず来訪者の名を呼んだ。
「どうして、分かったんですか?」
名前を呼ばれたことに真理は驚く。
拓未がいる室内は先程まで真理のいた場所と違い照明となるものは小さなランタンが一つのみ。
僅かな光量のため、ランタンの周りだけが薄ぼんやりと照らされる程度。
そんな灯りでは真理の姿を視認出来ないはずだった。
それも背中を向けたまま、一瞥もせず言い当てるなど普通の人間には不可能だ。
「……匂いと音」
拓未は背を向けたまま、真理の来訪に気付いた理由を話す。
「あの姿になったあとは、しばらく感覚が鋭敏になる。エレベーターシャフトを出てきた辺りから、存在には気付いてた」
深部を行き来する方法は専用のエレベーターのみ。
しかし、それも地下施設崩壊による影響で使用不可。
真理は、拓未のいる階層までエレベーターシャフトを通ってやってきた。
もちろん自力では無理なので、カテナの使い魔によるサポート付きでだ。
「……どうして、ここに来た」
拓未はいまだ真理に顔を見せようとはしない。
「見たはずだろう。俺の正体を」
いや、敢えて見せなかった。
「……俺は、人間じゃない」
見せられるわけがなかった。
いままで、拓未は普通の人間であるかのように真理へと接してきた。
しかし、その正体を――黒妖犬の姿を見られたからには今まで通りには戻れない。
拓未は怖かった。
『バケモノ!』
『怪物!』
『嘘つき!』
過去に受けたトラウマが蘇り拓未の心を抉る。
互いに確かな友好を築いたはずだった人間たち。
彼等の口から放たれた心無い言葉は、どれ程の時が経っても拓未を苛んでいた。
全ては拓未が黒妖犬の姿を晒したことで生まれた悲劇。
些細なきっかけで晒すことになった黒き獣の異様。
その姿を見た人間は瞳に恐怖の色を宿し拓未を拒絶したのだ。
拓未はその恐怖に染まる瞳を二度と見たくはなかった。
だから、真理と顔を合わせようとはしない。
「……だったら、わたしも人間じゃないと思います」
真理はカテナから受け取った一冊の手帳を取り出す。
「……それは」
紙とインク、血と煙の独特な匂いから背後にいる真理が何を取り出したのか拓未は正確に把握した。
日下雅人の手帳であると。
「それを見たのか?」
「……はい」
真理は拓未の言葉に頷く。
「わたしの知りたがっていた全てが書いてありました。それと一緒に知りたくなかったこともたくさん……」
父である日下雅人が遺した手帳。
それを読んだ真理は自身の生い立ちと父親が行った所業を知った。
「紅瞳。そんな風に呼ばれてるわたしも、人間じゃありませんよ」
「違う!!」
拓未は叫んだ。
「真理、お前は人間だ」
紅瞳は紛れもない人間である。
特異な見た目と体質を持っているだけで差別されているが歴とした人間だ。
「俺とは、違う」
拓未は真理に自身が何者であるかを語る。
「……改造人間。俺は人間が造り出した正真正銘の怪物なんだよ」
拓未は自身の言葉に苦笑を浮かべた。
「ある男が、滅びへ向かう世界を救うために何匹かの獣を集めた。獣は単体での制御が難しく男は苦心しながらも、一つの画期的な方法を思いついた」
遠い過去を思い出しながら円治は語る。
「……人間との融合だ。男はヒトの身体に獣の存在を重ね合わせ、ヒトの意思持つ獣の戦士を造り上げることにした」
故に、改造人間。
ヒトの身に獣の牙と爪を植え付けられた禁忌の怪物。
ヒトの業が生んだ存在。
「獣化改造体第四号。それが、俺なんだ……」
拓未と融合した獣こそ、黒妖犬。
英国より捕獲されてきた墓守りの犬。
『死』に抗う力持つ十二の獣の一角だ。
「だから、俺はもう人間じゃないんだ……」
拓未は語るべき事を語った。
(……これが、木場さんの過去)
真理は拓未の向き合わねばならない過去を知り、かける言葉を見つけられないでいた。
いまならカテナの言った言葉の意味を真理も理解できる。
真理はカテナに言われ、自身の過去と対峙してみせた。
真理の父である日下雅人は治療薬を開発しようと真理の肉体を調整。
詳細は不明だが、その結果地下施設は崩壊。
多くの人間が死亡した。
(……かなりショックだったけど、知れて良かったと思う)
『知る』ということが、真理の救いとなったのだ。
結果として、日下雅人は地下施設を崩壊させた。
その結果を招いてしまった原因は愛。
感染者である妻を救おうとしたのも愛ゆえの行動。
崩壊寸前の地下施設から真理を逃がしたのも愛ゆえの行動だった。
(もし、それが知れていなかったらわたしは……)
きっと真理は心に闇を抱え暗い生き方を強いられたはずだ。
(……きっと、木場さんは誰にも知ってもらえなかったんだ)
真理の想像通り、拓未が黒妖犬の姿を晒したものたちは拓未の言葉を聞きもせずに拒絶した。
隠したかった異形の姿を拓未が晒したのは、そこにいた人間たちを守るためだったというのに。
(……カテナさんは、木場さんの過去をわたしに知って貰いたかったのかな?)
とあるお節介な吸血鬼のイタズラが暴かれそうになるも、真理は自身がいますべきことを決定し実行に移す。
「えいっ!」
真理は俯く拓未の背中に抱きついた。
「っ、!?」
突然の柔らかな衝撃に拓未は狼狽するも、真理の手が首にまわされているので身動きが取れなかった。
「……木場さんは人間ですよ」
それは拓未が誰にも言って貰えなかった言葉。
「俺の話を聞いてなかったのか? 言っただろ、俺は改造人間だって」
「……か・い・ぞ・う『人間』って、名前にも付いてますね。やっぱり、木場さんは人間です」
「……真理、俺は真面目に」
「わたしだって、真面目です」
真剣な真理の声音に拓未は息を飲んだ。
「木場さんは、見ず知らずのわたしのことを助けてくれました」
そのおかげで真理は自身と父親に関する全てを知れた。
「黒い木場さんも、わたしのことを助けてくれました」
ヒトではない黒い獣の姿をしていたが、その背中は真理が初めて目にしたあの時と変わらなかった。
「木場さんは、誰よりも人間です!!」
滅びに向かう世界のなか、ヒトは獣に変わっていく。
他者を蹴落とし私腹を満たし、我欲のみを優先する獣に。
そんな世界であって、木場拓未の有り様は変わっていない。
内に獣を宿していようとも、屍体に教われていた見ず知らずの少女を助け救うほどのお人好しだ。
「……木場さんは、人間ですよ」
それは拓未が誰かに言って貰いたかった言葉。
「わかったよ。しつこいな……」
拓未の首へとまわした腕に熱いものが滴り落ちるのを真理は感じる。
「……はい。すみません」
真理は拓未の背中に顔をうずめ、ただただそれを受け止めるのだった。




