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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
31/83

黒妖犬

 そこは知らない場所だった。


 薄暗い室内は輪郭でしか物を捉えられず、ぼやけて見える風景に見覚えはない。


「……ここって」


 いまだ、はっきりとしない意識のなか真理は覚えている限りの記憶を呼び起こす。

 今日は地下施設で入手した書類の整理を朝早くからしていた。

 拓未も今日は地下施設を底まで見てくると出掛けてしまい、一人きりで黙々と作業をしていた。


「……そうだ」


 昼前に、アカリとアキラの双子が来たことを真理は思い出す。

 その手には差し入れだという飲み物を持っていて、数時間休みなく作業を続けていた真理は有り難くその飲み物を頂戴した。


「それ、で……」


 そこからの記憶は無かった。

 真理は飲み物を飲んだ後に急激な睡魔に襲われて意識を失っていたのだ。

 覚えていないのも無理はない。

 思考を開始したことで、段々と意識を回復させた真理。

 そこでようやく自身が椅子に座った状態で拘束されていることに気付く。


「なに、これっ」


 椅子に座らされたまま、両手両足がロープで固く縛りつけられていた。

 必死に身体を揺らして振りほどこうとするも、拘束はびくともしない。


「誰か、誰かいませんか!?」


 真理は叫んだ。

 唯一、残されていた声による抵抗でもって状況を打破するために。


「……良かった。起きてくれたか」


 暗がりのなかから声が返ってきた。


「オレ、馬鹿だからさ。どれくらいで効くか解んなくて多めに薬入れちまったけど、大丈夫だったみたいだな」


 暗がりからゆっくりとその男は姿を現した。


「君塚さん……」


 見知った人間の登場だったが、真理が安堵することはなかった。

 円治の口振りや現在の自身の状況を鑑みれば、真理の反応は当然のものだった。


「……あなたが、わたしをここに連れて来たんですか?」

「そうだ」


 真理の問いに、円治は躊躇いも見せず答えてみせた。


「ここは、オレ達の家から少し離れたとこにある場所だ」


 元は何かの商店の倉庫だった場所だ。

 室内には雑多に物が積まれ、埃っぽい空気が漂っている。


「……どうして、わたしをここに」


 真理は率直な疑問を口にした。


「安心していいぜ。別にオレは嬢ちゃんに手を出すつもりはないし、殺そうなんてつもりもない」


 円治は歩いて真理の背後へと移動する。


「……ただ、少し痛いかもな」

「んッ!」


 真理の左腕を鈍い熱感がなぞった。

 円治が刃物を使い、後ろ手に縛られていた真理の左腕を浅く切ったのだ。


「悪いな。少し我慢してくれ」


 痛みはなかった。

 円治に盛られた薬の影響がまだ残っているせいか、真理は鈍い熱感と腕を滴り落ちていく血液の感触を味わうだけで済んだ。

 円治は真理から流れ出る血液を小瓶へと採取していく。


「……どうして、こんなこと」


 痛みはないものの腕を伝う血液の感触に不快感を覚えながら真理は再び円治に問いかける。


「――オレの家族の為だ」


 ◆◆◆


「真理がいない!?」


 全速力でホームセンターへと駆け戻った拓未に知らされたのは最悪の報せだった。


「そ、そうなんス。昼メシに呼びにいったらどこにもいなかったっス」

「……そんな」


 拓未はその報せを受け、心臓が早鐘を打つのを感じる。

 いまホームセンター内にいる手の空いた人間が真理の捜索にあたってくれてるというが、そんなことでは拓未の心にかかる暗雲を晴らすことは出来なかった。


「クソっ!?」


 まだ息も整わない内に拓未はホームセンターを飛び出していく。

 捜索の手は壁の内側――ホームセンター内のみに絞られていたからだ。


「真理、どこにいる!」


 闇雲に探したところで見つからないのは分かっていた。

 叫んだところで見つからないのも分かっていた。


 ――何かが起こった。


 拓未はそう結論づける。

 そうでなければ、真理が忽然と姿を消すわけがないのだから。


「……いったい、どこにっ!」


 もしかしたら、自身がまごついている内に真理に危険が迫っているかもしれない。

 それを考えるだけで拓未の胸は締め付けられた。


「せめて、何か手懸かりさえあれば……」


 現状は勘を頼りに駆け回っているだけである。

 これでは、時間がいくらあっても足りなかった。

 まだ日没前とはいえ、日が暮れてからでは不測の事態が起きてしまうかもしれない。

 そのためにも、拓未は一刻も早く真理を保護しなくてはならなかった。


「ん、あれは……」


 そんな折、拓未は手懸かりを発見した。


 ◆◆◆


「これだけあれば、いいだろ」


 円治は小瓶いっぱいに溜まった真理の血液を眺め、納得するように頷いた。


「悪かったな、嬢ちゃん……」


 円治は真理の止血をしながら謝罪の言葉を口にした。

 血を止めるべく圧迫し布を巻いていく円治。

 その布がじわじわと赤く染まっていく様はかなり痛々しい。

 自身が実行した残酷な仕打ちは円治の心に暗い陰を落とした。


「……家族のためって、どういうことですか?」


 強引な方法で血を抜かれたせいか、まだ体内に薬が残っているせいなのか、気を抜けばいつ意識を失うともしれない状態ながら、真理は円治に言葉の意味を問う。


「……それは」

「わたしに、なにか関係、してるんですよね……」


 自身の置かれた状況から真理はそう推測した。

 円治は口ごもる。

 これだけのことをした自分に何かを語る資格は無いと思ったからだ。


「……教えてください。お願い、します」


 真理は懇願した。

 いま自身が陥った状況には昨日の地下施設の探索が関係していると思ったからだ。

 そうでなければ、円治が急にこんな行動に出た説明がつかない。

 あの雨の日や夜眠るとき、真理は一人でいた。

 襲う機会は何度もあったはずなのだ。

 それなのに今日まで何も無かったのは何故か。


 ――きっと昨日の地下施設で何かを知ったからだ。


 真理はそう考えた。

 だからこそ真理は懇願する。

 円治がこんな行動に出た理由を説明して欲しいと。


「……嬢ちゃん」


 真理の必死な懇願に円治の良心が痛んだ。


「嬢ちゃん、オレは――」


 ドゴォッ!!


「なっ!?」


 突然の轟音に円治は驚く。

 振り返ると倉庫入り口の扉が吹き飛ばされ、茜色の光が差し込んできていた。


「いったい、何が……」


 もうもうと立ち込める土煙を見据え円治は身構えた。


「「パパぁー!!」」


 身構えた円治に向かって土煙の中から二つの小さな影が大きな声を伴って突撃してきた。

 円治はそれらを手慣れた様子で抱き止める。


「お前ら、なんで?」


 それは真理の確保のために悪いと思いつつも利用し、家に残っていろと言ったはずのアカリとアキラだった。


「パパ、こわいかおしてたから、しんぱいだったの」

「……うん。しんぱいだった」


 アカリとアキラは円治のお願い通りに真理に飲み物を渡した。

 その後は、どこかで遊んでいろと円治は促したものの、二人はそれを無視。

 真理をさらい、この倉庫に連れてくるまでの一部始終は双子に目撃されていたのだ。


「お前ら……」


 見られていたのは誤算だったが、それよりも可愛い子供たちに心配をさせてしまったことを円治は悔いた。


「ごめんなお前ら。でも、どうやって倉庫に入ってき――」


 その理由はすぐにわかった。

 立ち込める土煙のなかにはもう一つ影があった。


「……木場の、旦那」


 円治は晴れていく土煙のなかにいた男の名を呟いた。


「円治、これはどういうことだ……」


 拓未の視界に入るのは二人の人間の姿。

 一人は赤い小瓶を手にし子供たちと共にいる円治。

 もう一人は、青ざめた表情で椅子に縛りつけられた女の子。


「……木場、さん?」


 日下真理の姿だった。


「ッ! 円治ぃ!?」


 拓未は円治へと殴りかかった。


「グぁっ!!」


 拓未の拳をまともに受けて円治が吹き飛ばされる。


「「パパっ!?」」


 円治は拓未に殴られる寸前、子供たちを自分から遠ざけていた。

 突然、父親が吹き飛ばされるという自体に双子たちは狼狽してしまう。


「……どういうことだ円治」


 目に入った状況だけを見て殴ってしまった拓未だったが、それを反省する気など更々無い。

 状況証拠のみで反論の余地などないほど、円治の罪は確定的だったからだ。


「旦那、スミマセン……」

「……その言葉は聞き飽きた」


 出会ってから何度目になるか分からない円治の同じ言葉に拓未は苛立ちを隠そうともせず応えた。


「仕方なかったんですよ……」

「何が仕方なかったんだ。それが、真理をあんな目に合わせたことと関係あるのか」


 椅子に縛りつけられた痛々しい真理の姿を拓未は指差す。


「しょうがなかったんすよ……」


 円治は拓未の指差す方向には一切顔を向けず、俯きながら言葉を発した。


「あの子の血がなきゃ、オレの家族は救われないんだよ!!」


 円治は赤い小瓶を掲げて見せる。


「これがあればアカリとアキラの母親を――オレの妻を救えるんだ!」

「「……ママ?」」


 円治の言葉に双子が反応した。


「そうだ。これがあればママに会えるんだ。そしたら、家族四人幸せになれる!!」

「ママにあえるの!?」

「……うん! ママにあいたい!」


 円治たち親子三人は勝手に盛り上がってしまい、拓未はおいてけぼりを喰らってしまう。


「待て、円治。お前は何を言ってる! 真理の血がお前の妻を救えるだと?」

「……旦那、オレは昨日見つけたんですよ」


 円治は一冊のノートを懐から取り出してみせた。

 それは昨日、円治が密かに発見し存在を隠していたノート。


「ここに書いてあったんだよ! 自分の娘の身体を調整して、身体に流れる血の全て(・・・・)を治療薬にしたってさ!!」

「それは、まさか!?」


 日下雅人が書いたノートに間違いなかった。

 それも拓未が持つものより詳細な研究データを記録していたであろうノート。

 拓未の入手した手帳には真理の血液が治療薬であるという記述はなかった。

 それが記されているとなれば、かなり貴重な資料である。


「……だから、オレは決めたんだよ。これで家族を救うって!」

「待て、円治!」


 血を持って逃げようとする円治を拓未は止める。


「離せよ! 嬢ちゃんには悪いことをしたと思ってる! 旦那、あんたにも後で謝るつもりだったんだよ!!」


 円治は必死に抵抗し拓未から逃れようとした。


「待て! 円治、それは!」


 対する拓未も食い下がる。

 それは真理にしたことを咎めるつもりの行動ではない。

 円治にあることを伝えるための行動だった。

 円治の持つノートと拓未の持つ手帳。

 それらには似通った内容が記述されていたが、一つだけ手帳にのみ書かれていたことがあった。

 その記述は、日下雅人が己の起こした失敗を元に書き起こしたものだ。

 それは死の直前にあった日下雅人だからこそ書けた記述。

 円治が持つ研究データとして残していたノートには書かれていないであろう記述だった。

 それを伝えるため、拓未は必死に食い下がる。


 だが、


「「パパをいじめるな!」」


 綺麗に重なる言葉と、身体を襲った衝撃に拓未の行動は阻まれる。


「……なん、だ?」


 横っ面に衝撃を叩き込まれたことで、地面を転がってしまった拓未。

 体勢を立て直して再び円治に向き直る。

 そこで拓未は目にする。


「嘘だろ……」


 双子が円治を守るように立ちはだかっていた。


「「……パパをいじめちゃダメ」」


 紅い瞳には燐光が宿っており、怪しい煌めきを放っていた。

 そして、拓未は自身を襲ってきた衝撃の正体を知る。


「お前ら、これ……」


 円治もそれに気付いた。


 ――亡霊ゴーストだ。


 本来は不可視の存在であるはずの亡霊が、双子の周囲を漂っていた。

 白いもやで輪郭のみを形取り、双子と円治を守るように漂っている。

 亡霊はどこからともなく現れ出で、どんどんと数を増やしていく。


「……紅瞳レッドアイズ能力ちからか」


 円治は小さく言葉を漏らした。

 真理が感染者に対する抗体を持っていたように、紅瞳には不死者アンデッドに対抗する能力があると日下雅人は考察していた。

 それが、この現状であると予想したのだ。

 アカリとアキラは、亡霊を見るだけの能力ではなかった。

 恐らく、使役することまで可能なのだと拓未は予想する。


「……木場、さん」

「真理っ!?」


 真理のか細い呼び掛けに拓未は即座に反応する。

 見れば、数体の亡霊が真理の身体に触れていた。


「ッ!」


 拓未はすぐさま大きく腕を振りまわして亡霊を追い払う。

 真理は先程よりもぐったりとしていて、身体に触れてみると酷く冷たかった。


「……生命力を吸われてるのか?」


 同じような状況を拓未は知っていた。

 カテナによる吸血行為だ。

 実際にはアレは血液ではなく、身体に流れる生命力を吸っている。

 血液を介した方が吸い出しやすいということで、血液を流しているだけで、カテナは血液を欲している訳ではない。

 そのカテナの吸血行為。それを受けたあとは酷く身体が冷え、倦怠感に襲われるのを拓未は思い出していた。

 真理の様子はその時の自身と酷似していたのだ。


「……真理」


 まだ真理の意識はあった。

 しかし、それもいつまで保っていられるか。

 双子たちは紅い瞳を輝かせ、亡霊を呼び続けている。

 数は増え続け、倉庫の天井付近には白い靄が雲のように滞留してしまっていた。

 きっと、自分達でもコントロールが出来ていないため止めることも出来ないのだろう。

 このまま放っておけば亡霊は止めどなく集まり続け、集まった亡霊によって真理も円治も呼び出している双子自身も生命力を奪われ死んでしまうことになる。


「やるしかない、か……」


 拓未は覚悟を決めた。


「木場、さん?」


 真理は椅子に縛られた状態で、拓未の背中を見送ることになる。

 その背中はとても大きく、どことなく寂しげだった。

 いまや倉庫の中心部を埋め尽くすほどになった白い靄。

 そのなかに拓未は消えていった。


「……旦那、なにを」


 そんな拓未の姿は、白い靄を挟んで対角線上に位置していた円治にも見えていた。

 所詮、靄は靄なので人影が透けて見えていたのだ。


「……ふぅ」


 拓未は白い靄の中心で息を長く吐き、それ以上に大きく吸った。

 ある言葉を、口にするために。


「――変身ヘンシン!」


 短く、だが力強くその言葉が放たれる。


 白い靄が一瞬にして晴れた。


 倉庫の中心部にあった白い靄は跡形もなく吹き飛ばされる。

 そして、その靄が晴れた中心部には黒い異形の影が在った。


 二本の足で大地を踏みしめる黒い獣。


「――アォォォォォン!!」


 黒き獣が雄々しく吠えた。


 ◆◆◆


「…………吠えたか、黒妖犬ブラックドッグ


 その咆哮は地下深くにいる不死者の王の耳にも確かに届いていたのだった。

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