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「珍しいな……」
そんな感想が口から漏れた。
この近辺で最後に【屍者】を見たのはいつだったろうか?
記憶を辿って巡って思い返そうとしてみるが、一向に思い出せない。
まぁ、つまりはそれくらい久しぶりに見るということになる。
――【屍体】文字どおり、朽ちた屍の体で動き回るバケモノだ。
そして、ヒトの世界が終わった原因の一つでもある。
奴等に噛まれることでヒトの肉体は緩慢な死へと向かっていく。
個人差はあれど体調不良に始まり、風邪のような症状から酷い熱病に似た病状に変化。あとは徐々に肉体と精神が衰弱し、やがては心肺停止。
ヒトとしては死亡となる。
だが、その後に人の肉を求め貪るバケモノと成り果てる。
一九九九年の当時、奴等はそこかしこで見受けられた。
動き自体は鈍重でノロノロとしているため、一対一であれば撃退も遁走もそう難しくはなかった。
問題は数だ。
奴等は群れる。群れるといっても明確な意志あってのものではない。
人の肉を喰らう。
その本能のみで行動しているため人を見つけると自然に群がってくるというわけだ。
角砂糖に群がる蟻の大群、餌を啄む鳥の群れ。似たような光景を思い起こすが凄惨さは段違いだ。
質が悪いのは、奴等に知能と呼べるものがないので自然に散ることがないというところ。
一度群れれば人を見つけるとその群れごと襲いかかる。
一対一では大した脅威でないはずが、群体として機能したときその暴威は計り知れなかった。
このまま人類は奴等だけに滅ぼされるのかとも思ったが、そうはならなかった。
【屍者】への対抗策が次々に持ち上がったからだ。
知能が低く鈍重だったので、遠距離あるいは高所など知覚できない場所から処理すれば事足りたわけである。
遠距離からの狙撃。
高所からのセメント責め。
方法は様々だが、駆逐は容易に済んだ。
そのうえ、動くとはいえ相手は死体だ。
流れる時間が自然に解決もしてくれた。
【屍者】は新陳代謝をしない。死んでいるのだから当然だ。時間の経過と共に腐敗が進んでいく。その数は見る見るうちに減少していったわけだ。
「……それほど、腐敗は進んでないな」
道路を歩く【屍者】の群れ。
その数は四体。どれもまだ服装は乱れておらず、顔も死人のそれだが腐敗による欠損なども見当たらなかった。
つまりは、つい最近【屍者】になったことになる。
「……待った。歩いているのか?」
ふと、疑問がよぎった。
【屍者】それは明確な意志を持っている存在ではない。
行動のすべては食欲という原始的な本能に起因している。
そして、奴等の食い物は生きたヒトの肉のみ。
同種での共食いは決してしない。
「追いかけているのか?」
そうとしか考えられなかった。
食欲という唯一の本能が働かない限り【屍者】は彫像のように不動でいるはず。
それが歩いている。となれば、“獲物”がどこかにいるはず。
急いでプレハブ小屋へと引き返す。
相変わらず、物が散乱していて掃除と整理整頓を怠った過去の自分を殴りたくなる。
少しの苦戦を経て、目当ての物を発見できま。
それをひっつかんでプレハブ小屋を出る。
外に置いてあった木箱を踏み台にプレハブ小屋の屋根へと登る。
「えーと、どこだぁ?」
プレハブ小屋内で見つけた双眼鏡を使って、屍体が目指す方向を重点的に確認していく。
「…………見つけた」
覗いた双眼鏡の先には、物陰に隠れる少女の姿が映し出されていた。