ある男の記録
【○月×日】
私は『終末の日』を運良く生き延びることが出来た。
世界は怪物達が跳梁跋扈する地獄へと姿を変え、人間もまた怪物へと変貌していたというのに、本当に運が良かった。
身重の妻も、そのお腹にいる子供も無事。
親子三人が五体満足で生きていられた幸運に感謝したい。
私は、政府直轄だという組織の人間に保護された。
彼等は国中にいる科学者や研究者、学者などの人間を保護しているという。
現に我々が身を潜めている施設内には、高名な先生方の姿を何人か拝見出来た。
そんな方々と同じような場所に、私のような若輩が混ざっていていいのだろうかと、我ながら卑屈な考えが生まれる。
ただ、そう思うのも仕方ない。
我々が保護された理由はあまりに重大だ。
背負わされる重圧に胃がキリキリと痛む。
本当に私に出来るのであろうか。
『世界を救う』なんてことが。
【○月□日】
保護されてから数日。
我々は幾つかの班へと分けられた。
幸い家族と引き離されることはなく、専攻分野ごとに振り分けされたらしい。
どうやら、この振り分けられた班ごとに研究に取り組まねばならないという。
世界を救う研究に。
班にはそれぞれ研究棟が用意されてるようなので、明日には移動となる。
身重の妻にはツラいことだろうが、もうしばらくは辛抱して欲しい。
その研究棟にいけば、きっと落ち着けるだろうから。
それまで、二人で耐え抜こう。
【○月■日】
研究棟に移ってから早数日、ようやく落ち着くことが出来た。
ここは広すぎる。
広すぎて落ち着きやしない。
二十七階層もある巨大地下建造物に移り住むことになるなど、誰が予想出来ただろうか。
いいや、誰にも出来ない。
現に私には出来なかった。
ここは例の政府直轄という組織が用意した研究棟だ。
つまり、政府が秘密裏に造っていたことになる。
国民の血税の無駄遣いも甚だしい。
ここは有事の際に避難するシェルターではあるのだろうが、誰の為のシェルターだったかは一目瞭然だ。
二十七もの階層があるのに居住区と呼べるものが、二階層分しかないということで察しがついた。
その居住区も一部屋一部屋の質が異常に高い。
まるで高級ホテルのそれだった。
そんなものを見させられれば、私が愚痴を書き列ねてしまったのも許されることだろう。
地下施設は十一階層まで建設が完了しているようだった。
逆に言えば、その下の階層は未完成。
一階層から十一階層までは階段があるものの、十二階層からは専用のエレベーターを使わなければ下降出来ない。
と言っても、いまは行く必要もない。
十二階層より下は未完成であり、だだっ広いコンクリート製の空間が広がっているだけだからだ。
或いは、あれで完成しているのかもしれなかった。
一階層から十一階層までの造りと、十二階層より下の造りには差がありすぎた。
あれは明確な『区別』だったのかもしれない。
十一階層までしか階段が設けられていなかったのも、それなら頷ける。
エレベーターには使用するための認証カードが必要だ。
つまりは、そういうことなのだろう。
人間とは、やはり業が深い生き物だと痛感させられた。
【◇月×日】
感染者。
それが、私が所属する班が研究する対象だ。
あの『終末の日』には多くの不死者と呼ばれる怪物が世界を蹂躙した。
感染者もその一つだ。
他にも屍体、亡霊、共生者等、様々な不死者が世界を滅ぼす要因となった。
我々以外の班もそれぞれに異なる不死者を研究しているようだ。
近々、何体かのサンプルが捕獲され空いていた地下施設深部に移送されてくる。
それによる研究の飛躍があることを私は願おう。
【◆月○日】
感染者について、色々と解ってきた。
実働部隊により捉えられた男女の感染者。
彼等を観察した成果だ。
まず、彼等は原始的な欲求により行動していると解った。
つまり、喰らい、眠り、増えるということだ。
彼等は雑食で肉も魚も野菜も食べた。
とりわけ肉が好みらしい。
それも火を通していない生の肉が。
眠ることが確認されたのも大きな発見である。
ほとんどの不死者は生命体という枠組みを大きく逸脱しているせいか、眠ることがない。
それが、感染者には無いということが解り我々は多いに湧いた。
しかし、絶望も同時に得た。
男女の感染者を同じ室内に入れた結果、性交することが確認されたのだ。
その行為を我々は数度行わせ、経過を見て女の方の感染者を調べた。
結果は、見事に孕んでいた。
これにより、感染者は自然交配による繁殖が可能であると証明される。
……このままではマズイ。
感染者を野放しにしていては、確実にヒトの世界は滅んでしまう。
感染者は自らの血液をヒトに接触させるだけで、ヒトを自らの同族に変える。
それだけでも爆発的に数を増やすというのに、自然交配までするとなればヒトに未来など残されていない。
私は、未来を創らねばならない。
娘が生まれたのだ。
私は彼女が大人になった時に、笑って暮らせる未来を創らねばならない。
それが、父親となった私の責任なのだ。
私は、必ず未来を創る。
【*月□日】
紅瞳。
地上の世界では、そう呼ばれていると実働部隊の男から聞いた。
紅い瞳を生まれながらに持つ子供のことだという。
私の娘、真理も紅瞳だ。
生まれた時はその容姿にビックリしたが、精密な検査をしても身体に異常はなく、すくすくと成長してくれたので私達夫婦としては、容姿を含め何の問題もなく愛している。
そんな真理が私に一つの可能性を見せてくれた。
ようやく一人で歩けるようになった真理が、その日あろうことか感染者のケージがある部屋へと迷い込んだ。
そこで私は見たのだ、感染者の異常行動を。
ケージは強化ガラスで作成された長方体。
例え、銃火器を使用しても簡単には破れない強靭な代物。
そんなケージを感染者は内側から力の限り破ろうとしていた。
全力で拳や足、身体全体を打ち付けケージの破壊を試みていた。
自身の命が尽きるまで延々と。
感染者は真理を狙っていた。
感染者の虚ろな瞳には明確な殺意があり、真理だけを視界に捉えていた。
絶命の瞬間、ケージに頭を打ち付け続けていた時も、視線は真理だけを射ぬいていた。
こんなことは初めてだ。
私は、妻の反対を押しきり真理を別の感染者の前にも立たせてみた。
結果は同じ。
別の人間で試してみたが、感染者が異常行動を起こすのは真理の前でだけだった。
私は、その理由を一つしか思いつかなかった。
紅瞳。
彼等が生まれてくるのには何か理由がある。
【●月○日】
私は紅瞳を収集した。
実働部隊の話では紅瞳は地上では気味悪がられ、虐げられていると聞いていたので保護も容易いと思ったからだ。
予想通り、ほとんどの共同体では紅瞳を喜んで手放した。
ただ生まれてきた彼等には何の罪も無いというのに薄情な連中だと私は思う。
だが、中には断固として紅瞳を手放さないと抵抗する気概のある面白い男もいた。
私はその男を気に入り、何度か言葉を重ねて親交を深めた。
その男にも言ったが、私は別に人体実験をしようという訳じゃない。
ただ知りたかったのだ。彼等が何なのかを。
彼等――紅瞳は不死者に対抗するために生まれてきたのではないだろうか。
私はそう考える。
真理を調べた結果、彼女には感染者のみに作用する免疫細胞があることが確認出来た。
彼女はそれにより感染者に触れられても感染しない。
これは、研究を重ねていけば感染者を殺せる兵器すら開発出来る。
他の紅瞳の子供達も調べてみると、真理と同じように不死者に対抗する何かしらの特異性を有していた。
私が属する班は今やそれらの研究に大忙しだ。
ただ、その事実は子供たち本人には知らせていない。
もちろん真理にも伝えてはいない。
無用な混乱を避けたかったからだ。
真理ももう十四歳となり、伝えても良い年頃なのかもしれない。
ただ、いまはその時ではないと思っている。
伝えるのは、家族が揃った時だ。
そのために、私は真理の肉体にある種の調整を施した。
日々の生活の中、健康管理の一環として行われる薬品投与や採血を隠れ蓑に調整はもうじき完了する。
『感染者を殺せることが可能であるならば、感染者を治療することも出来るはずではないですかな?』
それはある男に言われた言葉だ。
胡散臭い男だったが、その言葉は間違っていない。
同士だって、大勢いる。
待っていてくれ真理。
私は必ず未来を創る。
【――――】
私は、間違ってしまった……
あの日、感染者に触れられたせいで、失うことになった妻を取り戻すために足掻いた。
そのために、真理の身体を調整した。
それは、間違いだった。
私と同じ、不幸な事故で感染者へと変貌してしまった家族を持つ皆。
彼等の協力もあり、治療薬は完成した。
だが、治療などしてはいけなかったのだ……
私は、間違ってしまった……
どうか、これを読む者がいれば覚えておいて欲しい。
感染者を治療してはならない。
絶対に、だ。
絶対に、




