一冊の手帳
「ここで、最後か……」
拓未は地下施設、その十一階層へと降り立った。
今日の探索は拓未一人。
真理も円治もいない。
昨日、ホームセンターに帰ると円治は体調不良を理由に自室に籠ってしまった。
拓未はカテナがいないこともあり、夜が明けるまで寝ずに警備を担当。
真理は早々《はやばや》と就寝し、夜明けと共に起きて昨日入手した書類の詳細な整理を始めた。
仮眠を取り終えた拓未は、本日の予定をどうするかと悩んだ。
円治は未だ体調不良らしく、姿を見た者はいないという。
今日はこのまま真理の手伝いをして、少しでも情報を洗い出すのが良い選択かと思うも拓未は考え直す。
そして、改めて導き出した選択は地下施設の探索。
それも最下層までの踏破を目標としていた。
斯くして、拓未は一人地下施設へと向かったのだったが、
「ここは、発電区画か?」
その探索は拓未が望む結果を与えてはくれなかった。
拓未が求めたのは新たな情報。
四階層の研究室よりも下の階層は真理も知らない未踏領域。
そこでなら、いままでにはない情報を得られると予想していた拓未。
しかし、得られたのは新たな謎のみだ。
「いったい、どうなってる……」
四階層より下を拓未は入念に調べた。
五階層は四階層で研究をしていたであろう人間達の居住区。
六階層はまたも研究室。四階層よりも本格的な設備が整っており、生化学寄りな雰囲気を醸し出していた。
七と八階層は農業区画。人の手を煩わせず機械による管理栽培をしていた様子だ。
九階層は食糧庫。栽培した野菜類を加工し保存していた模様。かなりの量が備蓄されていた。
十階層は資材庫。日用品から銃火器に至るまで、豊富な物品があった。
そして、最下層である十一層は発電区画。
「奴等はいったいどこにいたんだ?」
奴等――それは、真理が言っていた『見知らぬ顔』のことだ。
ここまでの道中、拓未は注意深く観察してきた。
全ての階層は荒れ果て焼け焦げていて、人がたくさん死んでいた。
「……数が、合わない」
そう、たくさん死んでいたのだ。
居住区の数は子供たちと研究員が暮らしていた二階層分しかない。
だが、施設内に転がる死体はその二階層分には決して収用出来ない数があった。
死体の数と、居住区の数が合わないのである。
「――どうやら、楽しんでいるようだな駄犬?」
その声は、背後から突如として響いた。
「……カテナ」
拓未は一日振りにカテナの姿を目にした。
「遅かったではないか駄犬。待ちくたびれたぞ」
「待ってるなんて知るわけないだろ」
好きにさせてもらう。その一言でカテナはいなくなった。
拓未の言う通り、待っていたなど知る由もない。
「黙れ、駄犬。主人の意向くらい察してみせろ」
「…………」
とんでもない女王様理論に拓未は言葉も出なかった。
「……それで、待っていたってどういうことなんだ?」
「いやな、ここは存外に面白かった。特に下は久方ぶりに楽しめたが、それも早々に飽いてしまってな。貴様を待っていたというわけだ」
「……待て。いま何て言った?」
カテナがした動作と言葉を拓未は見逃さなかった。
カテナはある言葉を発したとき、人差し指で真下を指差したのだ。
「下って言ったのか?」
「あぁ、中々に楽しめたぞ駄犬」
カテナは使い魔で地下施設の探査をした際に、拓未に嘘を吐いていた。
地下施設の階層数は十一ではなかったのだ。
本当の階層数は、二十七。
「カテナ、お前っ!!」
拓未はそれを知るや、カテナに殴りかかる。
衝動的な行動で止めることなど出来なかった。
「……ふん」
カテナは拓未の攻撃を気に留める素振りすら見せず、軽く受け流してみせた。
「……どうした、駄犬? また、私と闘いたくなったのか。それなら、私も受けてたつぞ?」
「…………ッ!」
拓未は歯を食い縛った。
カテナの取った行動は許せるものではないが、それでも闘うなんて選択肢は取れない。
拓未ではカテナを倒せないからだ。
拓未の実力では、カテナという不死の怪物を殺し尽くすことは出来ない。
拓未は矛を納める選択を選んだ。
「……どうして、嘘を吐いた」
「なんだ、闘わないのか。つまらん負け犬だな」
「ッ! ……いいから、答えろよ」
「……ふん。面白いモノがいたからな」
「面白いモノ?」
カテナが地下施設の探査をした夜。
カテナの使い魔が、ある階層で消し飛ばされた。
地下施設の深部にあった階層。
そこをカテナが調べると、そこには――
「……強力な化物がいたと」
「あぁ、私にはかなり劣るが各地の神話や伝承に語られる化物共が鎖に繋がれていたのだ。アレは私の獲物だ。だから情報を一部だが秘したのだ」
「……つまり、情報を隠した理由は」
「貴様らに横取りされたくなかったからだ」
「…………」
女王様から一転、凄まじいお子ちゃま理論に拓未は言葉を失う。
カテナの言い分は、おやつを取られたくなかったから隠した。
そんな子供の言い分と変わらない。
ただ、隠したのは神話や伝承に語られる化物だ。
良く考えて欲しい。誰がそんな物騒なモノを欲しがるかと。
拓未は言葉に出そうとするも、頑張って飲み下すのだった。
「しかし、化物か……」
また解くべき謎が増えてしまい拓未は首を掻いた。
「楽しそうだな、駄犬」
「……そう見えるんなら、良うござんしたね」
「拗ねるな。そんな貴様に朗報があるから、私は待っていたんだぞ」
カテナは一冊の手帳を取り出した。
「最下層にある部屋で息絶えていた男が持っていた物だ。暇潰しに読んでみたが、今の貴様には必要かと思ってな」
カテナはその手帳を拓未に手渡した。
「これは……」
手帳の裏面に名前が書かれていた。
「……日下雅人」
◆◆◆
昨日入手したノートを円治はようやく読み終えた。
体調不良というのは真っ赤な嘘。
ただ、ノートを読み進めたいがために吐いたにすぎない。
円治は一睡もせずに、ノートを読みきった。
その内容は、円治が求めていたものであり涙を浮かべ喜んだ。
同時に一つの覚悟を円治に決めさせる。
「……悪いな。木場の旦那」
子供たちを救ってくれた恩人の名を円治は口にした。
そして、円治は動き出す。
自身の目的の為に。
円治を突き動かす理由となったノート。
それには、持ち主の名が記されていた。
日下雅人と言う名が。




