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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
19/83

瀬田

 瀬田のおっさんが屍体に噛まれたのは、マジに残念なことだった。

 いろいろ知ってて、オレ等んなかじゃ一番の古株。

 亡くすにゃ惜しい存在だった。

 なにかっつーと、オレ等はおっさんに頼ってたし、おっさんも頼られて悪い気はしてなかったんだろう。

 ニヤケながら「嫌々ながら手助けしてやってるんだよ。バーカ」とか言ってたが面倒見は誰より良かった。

 物心がつき始めた頃から知ってる仲だったし、かなり動揺もしちまった。


 それに、瀬田のおっさんが噛まれたのはオレのせいだ。


 オレがおっさんに秘密(・・)を打ち明けちまったばっかりに、おっさんは屍体に噛まれた。

 何人かの年長者を連れて、壁の外に出掛けていったあの日のことは忘れられねえ。

 帰ってきたとき、瀬田のおっさんを含めた五人全員が屍体に噛まれていた。

 調べようとしていた場所の近くに、だいぶ腐敗した屍体があったらしい。

 もう動けないだろうと油断していたせいで、五人全員が噛みつかれた。

 屍体はぶっ殺したらしいけど、噛まれた以上はもう助からない。

 瀬田のおっさんは自分で決めたルールに従って、壁の外にある隔離小屋にいった。

 鉄材なんかで補強した小屋は内側からじゃ、絶対出られない。

 五人はみんなそこに入ってった。

 死ぬまで出らんなくて、死んだ後にどうなるのかもわかっててだ。

 情けなくてオレはあの時、赤ん坊みてえに大泣きした。

 おっさん達に泣きながら謝って、謝って、謝りまくった。

 おっさん達はそんなオレを責めることも、殴ってくることもなく「気にすんなクソガキ」なんて言葉で逆に慰めてくる始末。

 普段、ガキだと言われたらソッコーでキレてる。

 こっちはもう二十歳はたちで、二人の子供の親だって。

 けど、その時ばかりはボロ泣きした。

 なんにもできねえクソガキのために、身体を張ってくれた大人に会わせる顔がなかったから。

 オレは、泣きながら鍵を閉めた。

 隔離部屋の鉄格子に掛かる鍵を何個も何個も。

 最後の南京錠に手を掛けたとき、瀬田のおっさんが言った。


『忘れろ。お前にゃ、アカリとアキラがいるんだ。くしたもんは忘れて、いまを生きろ』


 オレは、おっさんの言葉に何も返せなかった。

 何も返せず最後の鍵を閉じようとした。


『……扉は開いちゃいなかった。それだけ覚えとけ、クソガキ』


 それが、瀬田のおっさんの最後の言葉だった。


「簡単に忘れられっかよ……」


 オレは瀬田のおっさんの後を継いだ。


 おっさんがやってたように、自分より若い奴等や弱い奴等を助けてやってる。

 これがなかなか休めねえわ、面倒くせえわで、おっさんの凄さを思い知らされた。

 壁の内側だけじゃなく、外側にも目を光らせなきゃならないのも重労働極まる。

 一日何時間も、壁際の見張り台で座ってるのは楽だと思ってただけにここでも感服だ。

 腰は痛えし、目も疲れるしで半端ねえ。

 そんな生活に追い討ちを掛けてくる悩みの種がある。


 オレの子供である双子のアカリとアキラだ。


 アイツ等は、目を離すと壁の外に出ていきやがる。

 外は危険がいっぱいだと教え込んでるのにだ。

 しかも、何事もなく帰ってくるので余計に始末が悪い。


 危険な目にあって欲しいってわけじゃないが、一度も危険を知らないってのは逆にヤバイ。

 外が危険だと体感できてないから、言いつけを破って外に出続けるわけだ。

 オレの拳骨じゃ、抑止力になりもしない。

 一度、なんで危険な目に逢わないのかと聞いたが、子供の言うことはちんぷんかんぷんだ。


 外にいるふわふわの人達がたくさん教えて助けてくれる。


 そんな答えじゃ分かるわけもない。

 この壁の外に普通の人間なんて、絶対にいるわけがないんだから。

 ふわふわのって表現を良く聞いたら、霧や湯気みたいに不定形のなにからしい。


 亡霊ゴースト


 その言葉が浮かんだ。

 噂でしか知らない不可視のオバケ。

 もしかしたら、それかもとアカリとアキラに確認するが、オレも良く知らないから正体は掴めなかった。

 ただ、コイツらには亡霊が見えるんだろうなって、漠然と理解した。


 そんなとき、アカリとアキラがいなくなった。

 気付いたのは昼過ぎだ。

 昼飯の時間になっても、アイツ等の姿が見えなかった。

 腹が減ったら出てくるだろうと、その時はたかをくくる。

 だが、いっこうに姿が見当たらねえ。

 いろいろと探し回ったが、どこにもいねえ。


「まさか、アイツ等……」


 壁の外に出た。


 そう気付いた時には日没も近く、オレは焦った。

 アイツ等を探すために見張り台に座ってた仲間にも頼み込み、壁の外に探しにいくことを懇願した。

 普段なら、朝飯後に脱け出し昼飯前には帰ってきてるはず。

 それが、日没間近まで帰ってこないなんて、何かあったに違いないんだ。

 だから、オレは仲間に頼み込んだ。

 助けてくれ、と。


 もう二度と大切な人間を喪いたくない。


 オレは無様に這いつくばって、アホほど叫んだ。

 その言葉が届いたのか、何人か着いてきてくれることに。

 オレは急いで支度を整え、壁の外に出る。

 間に合ってくれと、願いながら走り出そうとしたとき、


 アカリとアキラがそこにいた。


 オレと仲間が見張り台を離れてる間に、到着してたようだ。

 オレの心配はなんだったんだか。

 そんな心境も知らずに、走ってくる双子ども。


 そりゃあ、怒りの拳骨を喰らわせるに決まってる。


「うぅ、パパいたいよお!」

「……うん。いたい」


 頭を押さえながら、涙ぐむアカリとアキラ。


「……はあ、泣きたいのはこっちだっての。悪ガキどもめ」


 こっちがどれほど気を揉んだと思ってんだか。


「お前ら、あとでもっとキツイお仕置きだからな。覚悟しと……は?」


 悪ガキ共に、お灸を据えてやる宣言をしてて気付いた。

 アカリとアキラの後ろに、見知らぬ二人の人間がいる。


 黒髪黒眼の男と、白い長髪で紅い瞳の少女。


「……まさか」


 ごくりと、オレは唾を飲み込んだ。


「亡霊?」

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