旅の準備
朝、真理が目を覚ますと拓未の姿が見当たらなかった。
「……あれ、木場さん?」
プレハブ小屋の中。
やはり、雑然としている空間に木場拓未の姿はない。
カテナが入っていると思しき黒い棺桶は部屋の隅にあった。
昨夜。真理の暮らしていた施設を目指すという方針を無理矢理に固めた拓未。
その方針に、気まぐれであるのかカテナも賛同の意を示し同行を承諾。
三人揃っての行軍が決定。
それが決まったのが、おおよそ夜八時近く。
まだまだ宵の口といって良い時間だった。
しかし、起きていたとしても出来ることは少ない。
互いに話して交友を深めても良かったのだろうが、それは合理的ではない。
喋って無駄な体力を使うよりも、寝て回復させるべきという判断のもと、拓未と真理はプレハブ小屋のなかで就寝することに。
真理は拓未の布団を使い眠り、拓未は適当な衣服をまとめ枕とし眠った。
カテナは昼夜逆転している吸血鬼。そのうえ、警戒網を張っているので一人で寝ずの番。
不満はあったのだろうが、同行するという意思を見せた手前、そこは我慢した様子。
それに、色々とやることもあったので文句は口に出さなかった。
「外にいるのかな?」
プレハブ小屋を出て、屋上へと出てみる。
天気は晴れ。昨日と違い晴天とはいかず少し雲があった。
真理は拓未の姿を探す。
「……いない」
拓未の姿は屋上にも無かった。
「あれ?」
そこで、真理は昨日と違う差異に気付いた。
「これって、網?」
昨日まで屋上の縁には、真理の胸元くらいまである鉄柵があった。
転落防止のための安全策として設置されていたものだ。
しかし、昨日までとは様子が違う。
鉄柵から鉄柵へと、細かい網目の網が畑を覆うように張り巡らされていた。
「お、起きたか?」
階下にいた拓未がちょうど屋上へと階段を登ってきた。
手には何やら大量の荷物を持っている。
「あ、おはようございます。木場さん、これっていったい?」
真理は拓未の姿を見つけ少しホッとする。
拓未をなかなか見つけられず不安だったからだ。
その不安も取り払われ、気になっていた目の前の網を指差して拓未に質問する。
「これは鳥避け用の網。昨日、話した通り俺達は施設に向かう。それが往復で何日になるか正直検討がつかない。その間、畑の面倒は見れないから放置するしかない。だから、それ用に張ったんだよ」
はっきり言って気休めの対策でしかない。
確かに、張り巡らされた網で鳥獣被害は防げる。
しかし、それだけ。
六月に入ったことで、日本列島はまもなく梅雨に入る。
そうなれば、不安定な天候が続くことになってしまう。
もしも雨が降り続けるようなことがあれば、畑は終わり。
逆に雨がまったく降らなくとも、終わりだろう。
拓未による改良が施されている屋上菜園。
普通のビルの屋上よりも整っているとはいえ、所詮はビルの屋上。
作物を育てるのに適した環境ではない。
常に拓未という管理者が、手を加え続けることでようやく成立していた菜園だ。
「……ま、あとはお天道さまに任せるしかないな」
今年の夏の収穫を半ば諦め、拓未は天に祈りを捧げるのだった。
「というか、木場さん。こんな作業してたってことは、凄く早起きで大変だったんじゃないですか!?」
真理の脳裏に、自分が寝てる間にせっせと網を張る拓未の姿が想像された。
「今度は言ってください! わたしも手伝いますから!」
両手を力強く握ってみせ、やる気をアピールする真理。
「わかったわかった。今度は頼むから……」
そんな言葉を吐いてみるも、そんな気は更々ない拓未である。
前日、拓未はまだ夜も明けきってない深夜から準備を開始していた。
理由は太陽が昇る前ならばカテナが目覚めていて、不測の事態にも対処ができること。
それとカテナに処理を頼みたい事柄もあったからだ。
おかげで準備のほとんどは終わらせられたが、睡眠不足になってしまった。
未成年者に同じ苦労はまだ早い。
そんな思いもあって、拓未は真理に手伝わせる気を持ち合わせてはいなかった。
「手伝いは今度頼むとして、ホレ」
拓未は手に持っている大量の荷物のなかから、リュックサックを一つ真理へと投げる。
「わぷっ!」
拓未は取りやすいように軽く投げたはずだったが、真理の運動神経ではキャッチも回避も叶わず、顔に衝突してしまった。
中身は入っていないため、怪我はない。
「あの、これって?」
「これから長い移動になるからな。そのための準備の一環だ」
そうして、拓未は荷物のなかから幾つも物を取り出していく。
リュックサックに始まって、衣服、靴、護身用の武器と様々な品を見繕っては真理のサイズに合ったものを渡していった。
「わわ、なんでこんなにいっぱい」
「まぁ、こんなご時世だし機会があればいろんな所から物資を拝借してんだよ。いつか役に立つだろうって集めてたんだが、本当に役に立つなんて思わなかったけどな」
世界の崩壊により、ヒトの居住出来る環境は限られてしまった。
特に都心部は人口も多かった分、その被害も甚大で街自体が巨大な廃墟と化してしまう場合が多い。
拓未は機会を見つけては廃墟を探索し、残された物品を収集していた。
その種類は女性物の衣服や、子供用の玩具、スポーツ用品など多岐に渡り、現状では不要品とされる物も含まれる。
そんな物品の数々は雑居ビルの一フロアに不良在庫のように埃を被っていたが、ようやく日の目を浴びることになったというわけだ。
「ま、なにはともあれだ……」
そして、そんな不良在庫とは違う貴重品の中からも拓未は一つの品を引っ張り出してきていた。
「まずは、腹ごしらえからだな」
その手には、太陽に照らされ光輝く手鍋が握られていた。
拓未は心の中でその銘を『弐号』とし、朝から腕を振るうのだった。




