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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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長い一日の終わり

 ――わたしのせいだ。


 そう確信したのは、夕焼けのオレンジ色よりも夜の黒色のほうが多くなったとき。

 木場さんが、『感染者』と言っていた人達がわたしたちの前に姿を見せた時だ。

 最初は、どんどんと増えていく彼等がわたしたちを襲おうとしてると思った。

 怖くなって木場さんにすがりつき何度も名前を呼んだ。

 でも、途中で気付いてしまった。


 彼等の瞳は、わたしだけを捉えているって。


 隣にいる木場さんのことなんて、それこそ眼中になくて、血に濡れたような瞳のすべてが、わたしを視ていた。

 それはあの人が現れても変わらなかった。

 黒いドレスを着ていて、金色の長い髪にわたしと似た赤い眼をした女の人。

 木場さんは、カテナって呼んでた。


 その人を見た瞬間に全身が硬直した。

 息をするのも躊躇ためらった。

 目に見えない圧力のようなものを感じ、体の内側から本能がそうさせたんだと思う。

 たまらず、わたしは木場さんに彼女が何者か尋ねた。

 返ってきた答えは要領を得ないもので、疑問は解消されないまま。

 それでも、カテナと呼ばれていた彼女が規格外の存在ということだけは理解できた。

 冷気を伴い、なにかをしようとしたカテナさん。

 それに気付いて動き出した感染者たち。

 わたしは、カテナさんを狙っているのだと思った。 

 でも、違った。


 すべての瞳は、いまだにわたしだけを射ぬいていた。


 最後は氷漬けになって落ちていったけど、彼等はなにがあろうと、わたしだけを狙っていたんだ。



「――だから、わたしのせいなんですよね?」


 わたしは、二人にそう告げる。

 自分が体験した感覚を二人にすべて話した。


「いや、それは……」


 木場さんは、なにか言おうとして言葉を詰まらせる。


「……だから、貴様は駄犬だというんだ。濁すな。躊躇うな。女が振り絞った言葉に、沈黙という答えで返すなど男のすることではない」


 木場さんが吹っ飛んでいった。

 ただのデコピンだったはずなのに。

 わたしも子供たち相手に、したりされたりしていたがあんなに凶悪なものじゃなかったはず。

 屋上に造られた畑の端、小高く積まれた土の山に突っ込んだおかげで大きな怪我はなさそうだけど。


「あの駄犬には灸を据えておいた。そして、貴様が問うた質問。あの意気地無しの馬鹿が答えないというなら、私が答えてやるさ。……あぁ、あの失敗作どもが狙っていたのは貴様一人だ。アレがこの場に現れたのも貴様が原因だ。満足のゆく明確な答えであろう?」


 少し楽しそうに、とても意地悪な顔でカテナさんは答えてくれた。


「お前! そんな言い方はっ!!」


 木場さんが声を荒げて戻ってきた。

 身体中、土まみれでドロドロだ。


「黙れ、馬鹿犬」


 再びのデコピン炸裂。

 木場さんがまた吹っ飛んでいった。


「小娘、貴様が聞きたいのはあの駄犬の甘く優しい言葉などではあるまい? 子供だから、弱者だから、そんな理由でただただ庇護してもらう。貴様はそんなこと望んでいないのだろう?」


 カテナさんの言う通りだ。

 わたしは木場さんと知り合って、まだ数時間も経ってはいない。

 どんな人で、なにが好きで、なにが嫌いか。

 お互いのことをなにも知らない。


 それでも木場さんが優しいことだけはわかる。


 見ず知らずのわたしを助けてくれた。話を聞いてくれて、ご飯を分けてくれて、守ろうともしてくれた。

 そうやって、優しくされる度にわたしは思い出す。


『私は、間違ってしまった……』


 お父さん、なにが間違っていたの?

 わたしは、お父さんが何をしていたのか知らない。

 いつも白衣を着て、仕事場に向かって、帰ってくると薬の匂いがしていた。

 いつもわたしに優しくしてくれた。

 最後、あの時もわたしを逃がすため、赤く染まっていく施設に自分だけ残った。


 わたしは、今も昔も守られてばかりで何も知らなすぎて、


「……嫌なんです」


 もう嫌だ。


「自分だけが何も知らずに生き続けるなんて……」


 カテナさんは、感染者たちが狙っていたのはわたしだと肯定した。

 つまり、それは……


「わたしが、お父さん達を殺したかもしれない」


 あの日の記憶は曖昧だ。

 気付くと、施設は大変なことになっていて、誰の姿も見つからなかった。

 しばらくしたら、お父さんが来てくれて、わたしを逃がしてくれた。


 わたしのいた施設は感染者に襲われたのかもしれない。


 記憶がないから断定は出来ない。

 でも、カテナさんはわたしだけを狙っていたと断言した。

 だったら、お父さんも皆もわたしのせいで……


「……全部、わたしがいたから」


 木場さん達にも迷惑をかけてしまった。

 きっと、あの感染者たちはわたしを追ってきたのだから。


「だから、わたし行きますね」


 ここにいたら、また迷惑をかけてしまうから。


「本当に短い間でしたけど、ありがとうございました」


 カテナさんのおかげでスッキリした。

 わたしは誰かに言って貰いたかったんだと思う。


 お前がすべて悪いんだ。って。


 突然ひとりきりになって、寂しくて、悲しくて、悔しくて、心細かった。

 考えるのはいつも決まって、どうしてこうなってしまったんだろう?

 その答えがやっと出た。

 全てはわたしが悪かったんだ。


「勝手に終わらせんなよ」

「木場さん……」


 木場さんが戻ってきていた。

 やはり、姿はボロボロだ。


「これから、どこに行くつもりだ?」

「……わかりません」

「どうやって、生きていくつもりだ?」

「……わかりません」

「感染者に襲われたら、どうするつもりだ?」

「……わかりません」

「……生きていたくはないのか?」

「…………わかりません」


 ……わからないですよ。そんなの。


「なんにも、分からないか……」


 木場さんが夜空を仰ぎながら、長く息を吐いた。


「だったら、全てを分かるようにしよう」

「へ?」


 木場さんは、なにを言ってるんだろう?


「真理、お前はいま迷子なんだよ。いきなり一人きりになって、右も左も分からない。あげくに自分のことも分かってない」

「迷子ですか?」

「あぁ。真理、なんでお前にだけ感染者は襲い掛かる?」

「……わかりません」

「お前が住んでた施設、お父さんが何か仕事をしてたって言うけど何をしてたんだ?」

「……わかりません」

「だから、そこから分かるようにしよう」

「どういうことですか?」


 分かるように、なんてどうするのだろう。

 だって、あそこはもう。


「お前の家にもう一度帰ろう」

「……え?」

「そこに戻れば何かが分かるはずだ」

「でも、あそこは……」


 きっと酷い状況だろう。

 燃え尽きている可能性が高いし、もしかしたら感染者がたくさんいるかもしれない。


「……帰りたくないのか?」


 その言葉はズルいです。


「帰りたいに決まってます……」


 生まれ育った家だ。

 どんな形でどんな状況だろうと帰りたくないわけがない。


「でも、また迷惑をかける。なんて思ってるんだろ?」


 正解だ。

 だって、木場さんとは出会ってから一日も経っていない。

 そんな相手にそこまでしてもらうなんて、絶対におかしい。

 それに、わたしはもう誰かに助けてもらうなんて……



「だから、取引だ」

「へ?」

「聞いた感じだとその施設。なかなか広そうで、そのうえ電気が通ってたんだよな」

「は、はい」


 あまり詳しく話してはいないが、施設は何階層かに分かれていて、エレベーターで行き来ができた。


「……ほう、それはなかなか興味深いではないか」


 いままで黙っていたカテナさんが急に話に入ってきた。


「そこで取引だ。そこまでの規模の施設となれば、まだどこか有効利用出来る場所、それか物資が残っているかもしれない。俺はそれを拝借したい」

「えっと、つまり?」

「これは、完全な私欲だって話だ。別に慈善活動でお前を連れて施設に戻るんじゃない。施設への案内人としてお前が必要だから連れてくだけ。俺達は施設に残された物資なりを貰えてハッピー。お前は自分のことをより深く知る機会を得られてハッピーって訳だよ」


 ……それは、無理がありますよ木場さん。

 さっきまで親身に話してくれてたのに、いきなり取引だーなんて唐突すぎます。

 そのうえ、その話が出てからずっと悪い顔をしようとしてますけど全然似合ってない。


「ふん、まぁ嫌ならいいがな……」


 悪ぶってるのに全然悪ぶれてないのが段々面白くなってきちゃう。


「……はぁ、お前はつくづく甘いな駄犬。なんだ犬の警官か貴様は? 迷子の仔猫を送るだけにどれ程の言葉を尽くす気だ?」

「うるさい、いまいいとこなんだよ!」


 木場さんはカテナさんの言葉に憤慨してる。

 自分では悪い雰囲気を醸し出してるつもりみたい。

 それをカテナさんのせいで台無しにされたと思ったのかな。


「……木場さん、その取引お願いします」


 木場さんはやっぱり優しい。

 わたしが気を使わないように言葉を尽くして、また助けようとしてくれた。

 きっと施設にはなんにも残ってはいない。

 木場さんの得になるようなことはないはず。


 だったら、それはわたしがつくる。


 自分のことを知って、強くなって木場さんの役に立つ。

 いまは木場さんの優しさに甘えるかたちになってしまっけど、いつか必ず恩返ししてみせる。

 きっと断っても木場さんはまた別の手を尽くすはずだから。


「フフフ、契約は成立だ」


 悪ぶる木場さんが握手を求めてきた。


「はい。よろしくお願いします木場さん」


 わたしはその手を強く握った。


「ところで、木場さん」

「どうした?」

「さっき、カテナさんが言ってた犬の警官と迷子の仔猫って何のことですか?」


「「んなっ!?」」


 木場さんとカテナさんの声が綺麗に重なった。


「「……ジェネレーションギャップ」」


 二人は何故だかとてもショックを受けてるみたいだった。

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