オタニート 勧善寺藍 派遣労働者になる
「おい、勧善寺。お前何べん言やわかるんだよ!テープはきちんとぎりぎりまで使い切れつったろ!
マジふざけんなよ、てめえ!」
主任は今にも噛みつかんばかりの顔で俺を見る。
上司とはいえ、俺とはさほど年齢は変わらない。
安月給のくせに見え張って、セルシオに乗ってる、典型的な田舎のDQNだ。
もちろん、ここまで言われて黙ってる俺じゃない。
やおら帽子を床にたたきつけると、
「なんだ、やんのかよ、このクソ野郎が!!!」
と、怒鳴りつけた。
心の中で。
実際は、うつむきながら黙ってじっと耐えるしかなかった。
「全く、次やったら許さねーかんな!」
主任は舌打ちし、俺をにらみつけて離れていった。
仕方ない。生きて稼いでいくには、我慢も必要だ。
こうするしか、ないんだ。
俺は休憩室で、ぼんやりとテレビを眺めていた。
座ってるパイプ椅子は錆だらけで、いつ壊れてもおかしくない。
テレビでは、白い歯がまぶしい外国人が、腹筋を鍛える機械を紹介していた。
時刻は午前三時。この時間では、こんな通販番組しかやっていない。
食品工場のライン作業員になってから、はや二週間が過ぎた。
毎日午前零時から朝八時まで働く。完全な夜勤だ。
ここで俺は「流れてくる弁当のはじっこをテープで止める」という、
ちょっと頭のいいサルだったらなんなくこなせてしまう仕事に従事していた。
いや、作業の難しさは問題じゃない。
弁当がテープで止めてなかったら、えらいことになるじゃないか。
コンビニで、弁当買うとするでしょう?
持って帰るときに、ふたが外れたら大惨事だ。
俺の仕事は、そうならないために必要なんだ。
欠けてはいけないピースだ!・・・と、自分で存在価値を認めてあげる。
もともと夜型の人間だから、生活リズムは苦ではなかった。
問題は人付き合いだ。
こんなほぼ会話が必要でない職場ではあるが、どうしても話さないといけないときはある。
これが苦痛で仕方なかった。
目を見てなんかとても無理で、うつむきながら声を絞り出すのがやっとのありさまだった。
おかげで、職場で知り合いと呼べる人はいない。
休憩終了のチャイムが鳴る、皆は作業場へと戻っていく。
俺も飲み終わった紙コップを握りつぶし、ゴミ箱に捨てた。
これから朝八時まで、がんばらねば。
白衣とマスクと頭巾に身を包み、俺は定位置へとついた。
俺は流れてくる中華弁当を、しっかりとテープで止める。
余計なことは考えない、ただ、それだけに集中する。
作業自体は前述の通り、サルでも出来る。しかし、連続となると話は違ってくる。
このラインでは、十秒に一個弁当が流れてくる。
もたもたしてると、すぐに作業が追い付かなくなるわけだ。「あおられる」ってやつね、いわゆる。
加えて、テープの補充も行わなければならない。
もちろん、作業中に取りには行けないので、フリーで動いている主任にお願いして替えてもらうのだ。
ただ、きちんとギリギリまで使わないと、怒られるわけで・・・・
今回は気を付けないと・・・
「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに・・・」
どっかのアニメで観たセリフをつぶやく。
つぶやきながら、ふと思ってしまった。
「俺って、テープ止めるために産まれてきたのかなぁ」
とたんに、空しさがこみあげてきた。
パラレルワールドがあるなら、その世界の俺はどうしてるんだろう?
少なくとも、こんなことはしてねえよな。
一体、どこでこうなったんだ?
気づいたら、手が止まっていた。どんどんたまる弁当。
鬼の形相をした主任が、こちらに向かってきた。
朝のホームは、人でごったがえしていた。
満員電車の人混みを避けるため、俺は駅近くコーヒーショップに入る。
薄くて苦いだけの黒い液体を流し込みながら、時間が過ぎるのを待った。
あんな職場にも人付き合いの輪はあるらしく
仲の良いグループは仕事後にファミレスへと連れ立っていた。
もちろん、俺はその中には含まれない。
まあ、みんな底辺で友達ごっこしてたって仕方ない。
馴れ合いなんて、無意味だ。強がりじゃないぞ、けして。
家に着くころには、もう朝十時を回ろうとしていた。
家族はみんな出払っていて、誰もいない。
部屋に戻るなり、俺はベッドに倒れこんだ。
薄いカーテンのせいで、日差しが届いてくる。
だるい体には、暴力的だ。
しかし、ひと眠りしたら俺には使命が待っている。
そう、「撮り貯めた深夜アニメ」を消化するという使命が。
「起きたら見ないとなあ・・・・」
そんなことを考えながら、俺は眠りの底へ落ちていった。
あ、言い忘れたけどオチはないよ。
現実はそんなもんだよ。