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2015年/短編まとめ

学生の本分は勉強であり、テストは力試しで、確認のためのものなのです

作者: 文崎 美生

カッコッ、机をシャーペンで叩く。

そんなことをしていても、目の前のプリントの空白が埋まるわけもなく、私は深い溜息を吐き出す。

途中までダラダラと書いていた公式は、答えが出されないままに投げ出されている。

――投げ出したのは、私だが。


「おいおーい!手が止まってますよー」


コンコン、と丸めた教科書で机を叩かれて、私は視線をそちらに向ける。

そこには無駄に整った顔があって、眉を下げながら私を見て笑っていた。

そういう彼の手元の参考書も、殆ど手を付けられることなく止まっている。


私は数学。

彼は現代文。

それぞれテスト前ということで、お互いの苦手分野を勉強しているのだが、正直に言って全く進む気配を見せない。


「お前さぁ……何でその公式使って、その途中式になるわけ?おかしくね?」


「……じゃあ、何で本文読んでその答えになるわけ?おかしいよね?」


私のプリントを覗き込みながら、間違いを指摘してくる彼に対して、私も同じように参考書を覗き込んで間違いを指摘する。

私の苦手教科は数学だし、彼の苦手教科は現代文。

そして、私の得意教科は現代文で、彼の得意教科は数学だ。

お互いにお互いの欠点を補うために、この勉強会が存在する。


私達はお互いの指摘に対して、顔を見合わせてから苦笑を漏らす。

それから消しゴム片手に、指摘された場所を何もなかったかのように消し去る。

別に赤点ってわけじゃないけれど、少しは点数を上げていきたいものだ。


「数学、嫌い」


「俺も現文、嫌い」


溜息が二つ重なる。

ガッシガッシと消しゴムをかけて、そのカスを指先で机の空きスペースへと飛ばす。


私は完全なる文系だし、彼もまた完全なる理数系だ。

私は、数学にXとかYとか出てくる意味が分からないし、彼は、物語の主人公の気持ちなんて理解も出来ない。

先入観を持っているから、と言われてしまえばそれまでだろうけれど。


数学にしても現代文にしても、将来的に社会に出た時に絶対に全て使うかと問われれば否だ。

数学の小面倒な計算なんて、今ではパソコンで出来てしまう時代になっているし、そもそもシグマとかいつ使うんだ。

現代文にしても、普通に登場人物の気持ちが分かっても営業先の人間の心を、瞬時に理解出来るわけじゃない。


――つまりは、そういうことなのだ。

社会に出て使う、というよりも、視野を広げたり選択肢を広げたりするためにあるのだと思う。

中学校までは義務教育だったけれど、高校生にもなれば自分の進みたい方向を見据えてやれよ、って話だったり。


「何で現文なんて好きなの?」


「逆に何で数学なんて好きなの?」


お互いに手が上手く動かない。

手というよりは、頭が働いていないのかも知れないけれど。

ほぼ、目の前の問題を解くということを諦めている。


先にシャーペンを放り投げたのは私で、シャーペンを持っていた手で麦茶が注がれたガラスのコップを持つ。

水滴が付いていたそれが、手の平を冷やす。

それを見て、今度は彼がシャーペンを手放した。


「言葉は綺麗だよ。人も殺せる、簡単で手軽で軽々しく扱っちゃいけないもの。だから魅力的」


カラン、と麦茶の中の氷が崩れる。

氷の溶け始めた麦茶は少し水っぽくなっていた。

それでも残すのは勿体ないので、全て飲んでから新しいものを入れよう。


「明確な答えなんてなくて、濁せて偽らる。それでいてそんな言葉で描かれる物語は、現実世界とは隔離された綺麗でちゃんと枠組みが作られてる」


だから、好き、変に掠れた声でそう告げれば、彼は目を細めて私を見た。

何を考えているのは分からない目で、ふぅん、と二、三回頷く。


私はコップを傾けて、彼が数学が好きな理由を問い掛けた。

あー、と軽く唸る彼は、隙間を埋めるように茶菓子に手を伸ばす。

甘い物が苦手なくせに、掴んだ茶菓子はいちご大福。

ペリペリと包装を剥がしながら、何でもないように数学が好きな理由を教えてくれる。


「お前と逆だよ。明確な答えが絶対に出る。不変的なそれが、絶対だから分かるんだよ。絶対的な答えがないやつほど、分かりにくくて面倒だ」


本当に逆だったので、これでよく話が噛み合って、お互いに好き合って付き合ってるもんだと、自分達のことながら感心してしまう。

彼もそう思っているのか、私の顔を見て笑う。

いや、それこそ逆に、真逆だから好き合っているのかも知れないけれど。


人間っていうのは、どうにも貪欲な生き物だから、自分にないものを求める。

次から次へと手を伸ばすのだ。

だから、ないものを持っているお互いを眩しく感じて、惹かれ合っても不思議ではないのだろう。


冷静に自己分析をしていると、彼が私の頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。

おい待て、お前のその手、いちご大福持っていた手だろう。

白い粉絶対付いてんだろ。

そんな抗議の思いを込めて、私は彼を睨み上げる。


「そんな顔しないで、食っていいよ」


半分くらい食べられたいちご大福が、私の目の前に差し出される。

ほぼ強制で手渡されたそれを見下ろしながら、甘い物苦手なら食うなよ、という言葉を飲み込む。

それでも出てきそうになるので、残りのいちご大福と一緒に飲み込んだ。


そんな私を見て、一瞬だけ目を丸めた彼だったけれど、クスリ、と笑って自分の分の麦茶に手を伸ばす。

愛おしそうに目を細めて笑う彼は、計算が得意だから、何度かこれも計算なんじゃないか、と思ったこともある。

それでも、出来る限り相手の気持ちを理解出来るように、観察したり言葉の意味を色々考えてみたり。

まぁ、無駄だったけど。


学校で教わる勉強って、割と役に立たない。

結局のところ自分で身に付けようとしないと、経験値として加算されないわけだし。

人間関係に至っては、教科書なんてないし。

学校という閉鎖空間で勝手に学ぶものだったりする。


「テスト、だるいなぁ」


「そうだね。まぁ、授業もなくて早く帰れるのは、凄く楽だけど」


ごくん、と喉を鳴らしていちご大福を飲み込む私の言葉に、彼は確かになぁ、と頷く。

空っぽになったコップ片手に、立ち上がって彼の空いたコップを受け取る。


「まぁ、学生の間だけだし。も少し、頑張るか……」


新しい麦茶を入れに行こうとした時に、呟かれた彼の言葉に、私ももう少し頑張ろうかな、と思った。

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