今から会いにいく
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「……はぁ」
俺は今一人、暗闇の中をゆっくりと歩いていた。
おばちゃんと飲んでいる間に、いつの間にか夜になってしまっていたらしい。
俺は、宿屋でおばちゃんとの話が終わったあと、すぐに自分の荷物の中からエスイックにもらった黒マントを準備した。
不思議そうにそれを眺めるおばちゃんに一言二言だけを残して、今は魔王城へと向かっているのだ。
「……」
人がいる気配はなく、暗闇の中にいるのは俺ひとりだけである。
俺はそっと、自分が着ている黒マントを見下ろした。
「……いや、ありえない」
この黒マントが格好良く見えるなんて、きっとお酒に酔っているからだと信じたい。
因みに既に酔いを覚ますために回復魔法を使ったのだが、きっと珍しく効果がなかったんだと思う。
じゃなければ、この黒マントが格好いいなんて、思うはずもない。
「……まぁ確かに暗闇の中じゃ行動しやすいけど」
そこだけは認めてもいいと思う。
俺が以前使っていた黒マントは、質が悪かったのか暗いところでもどうしても少しだけ色が目立った。
けどエスイックからもらった奴は、やはり高級品。
端から端までが漆黒の一色で染められ、唯一の別の色といえば、名前のところにある刺繍ぐらいだろう。
これならば、この暗闇の中じゃ目立つことなく行動することができ、恥ずかしい思いもしなくていいはずだ。
俺はそのことをほくそ笑むと、再びゆっくりと歩き出したのだった。
「えっと、こっちだよな……?」
俺は道に迷わないようにしながら、ある一つのことを考えていた。
それは、どうやってリリィを城の外に連れ出すか、だ。
もちろん城の中に入るまでならば、俺だったら特に難しいことじゃないはず。
これは嘘でもなんでもなく、ただ俺の回復魔法のおかげだ。
それで、入ったまでは良いものの、そのあとをどうするかが問題なのだ。
さっきはお酒に酔っていたせいもあってか、特に考えることもなく、おばちゃんの手助けを断ったが、正直どうすればいいか分からない。
「……うーん」
いい案が浮かばずに、思わずうなってしまう。
だけど、そんなことをしても良い案が浮かぶわけでもない。
もちろん最終手段としてならば、おばちゃんが言っていた通り、無理やりにでも連れて行くというのが必要になってくるのかもしれないが、それだとほかの人に迷惑がかかってしまうかもしれない。
もし、リリィを連れ出したのが俺だとバレたら、その被害はエスイックだけにとどまらず、きっと魔族と人間の関係にも影響が出てしまう可能性が高い。
おばちゃんはあんなことを言っていたけど、それはきっと俺と同じでお酒に酔っていたんだろう。
「やっぱり、一回戻っておばちゃんに手伝ってもらうか……?」
けど、一度手助けはいらないと行ってしまった手前、やはり少し恥ずかしいモノがある。
『魔王様が帰られるのが、二日後となってしまいました』
あれこれと考えている内に、そういえばメイドさんがこんなことを言っていたことを思い出した。
確か、これを言われたのが今日の二日前。
それなら、もしかしたら既に魔王様はこちらへと帰ってきているかもしれない。
そして、おばちゃん曰くこういうときは言うことが決まっているらしい。
もし魔王様が寛容なひとで、リリィを連れて行くことを許してくれたなら、皆にも迷惑をかけずに済みそうだ。
俺はその可能性にかけ、ふたたび魔王城へと歩き出した。
視界の奥の方に、だんだんと魔王城が近づいてきているのが窺うことができた。
出て行く時は落胆の雰囲気に呑まれ、澱んでしまっていたソレも、今の微かに流れ出す希望に、幾分かマシになったように思える。
「……はぁ」
俺は、どんどんと近づいてくる魔王城を前に、軽く息を吐く。
どこか緊張しているような自分を少しでも落ち着けるために。
「……まぁ、厳しいよな」
いきなりそんなことをやってみて上手くいく訳もなく、やはりどこか緊張してしまっている。
そんな俺とは真逆に、辺りには誰もおらず、ただ肌寒い夜風だけが、枯れ木の枝を揺らしていた。
「あ、これは必要ない、よな……?」
俺は黒マントの中から、普段愛用しているナイフを取り出す。
今から会いにいくのは、魔王様で、そしてリリィのお父さんだ。
少しでも誠意を見せるためには、武器なんて持っていったらダメだ。
それだけじゃなくて、魔王城を警備している人も傷つけたら印象が悪くなってしまう。
つまり、俺がしないといけないことは、武器を持たず、警備を傷つけることなく、リリィのお父さんのところまで到達する。この三つだ。
「…………」
俺がそこらにいる一般人であるならば、今からやろうとしていることは、無謀というほかない所業だろう。
けど、俺にはほかの人にはない特別なモノがある。
どんなに深い傷を受けても、すぐに癒してしまう、そんな回復魔法が――。
だからリリィのお父さんがいるところまでは、ただ走り続ければいいだけ、というわけである。
「……」
いつの間にか玄関の前にまでやってきていた俺は、そんなことを考える。
因みにどういうわけか、門番などはおらず、特に苦労することもなく玄関の前にまでやってこれた。
「……大丈夫だ。だって俺は今から『アネスト』じゃないんだから」
俺は小声でそう呟く。
続きはあえて、口には出さない。
そのほうが俺の中に残ってくれるような、そんな気がしたから。
だから、心の中で呟く。
今から俺は―――
―――『漆黒の救世主』だ、と。