手放したくなんか、ない
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『あんたはリリィって娘のこと―――どうしたいんだい?』
おばちゃんが真剣な顔で、そう聞いてきた。
「……リリィを、リリィをてばなしたくない」
お酒のせいか舌がよくまわらない。
けれどその応えは、特に考えたわけでもなく、口から勝手に溢れてきた。
それは、魔王城を出るときに、メイドさんに言ったことと同じ、具体性を持たない、漠然とした応えだった。
「……それだけかい?」
だがしかし、おばちゃんはそれでは納得してくれていない。
その様子を見て、俺はメイドさんの時には思いつかなかった、何かを探してみる。
「……料理が、したい」
ふと耳に入ってきた、聞きなれた声。
俺が聞き間違えるはずもないその声は、どう聞いても、自分自身の声、だった。
もちろんそんなことを言おうとしていたわけじゃない。
今だってずっと考え続けているのだ。
「……買い物に、行きたい」
なのに、その声は止まらない。
「手をつなぎたい」
「頭を撫でてあげたい」
「皆で一緒に遊びたい」
「一緒に寝たい」
「抱きつかれたい」
まるでその声に自由意思があるかのように、どんどんと、とめどなく溢れ続けている。
「そして――」
そこでようやく、俺の言葉が一度だけ途切れた。
しかし俺は、すぐに自分の口がまた開いていくのを実感できた。
「―――手放したくなんか、ない」
最後に口からこぼれ落ちてきたのは、最初と同じ言葉。
そこまで言い終わると、俺の言葉は今までのことがウソだったかのように黙り込んでしまった。
「……」
恐る恐るおばちゃんの方を見ると、少しニヤリとしたように見えたのだが、次の瞬間には再び俺に向けてきたのは、真剣な目だった。
「そんなにたくさんあるなら、どうして魔王城なんかに置いてきたんだい?」
そしてその次には、俺を責めるかのような口調で言ってくる。
「本当はあんたにとってのその娘が大した意味を持っていなかったってことじゃないのかい?」
「ふッ――ッざけんなッッッ!!!!」
気がつけば俺は、おばちゃんがその言葉を言い終わるやいなや、おばちゃんに怒鳴りつけていた。
けどわざわざそれを止めようとも思わない。
言ったらいけないことを、言ったんだ。
「リリィは俺にとって、大事な、大事な家族だったんだッ!!」
周りからの視線が集まってくるが、そんなの知るもんか。
俺は今、苛ついているんだ。
「ならなんでそんな簡単に諦め切れるんだい?」
けどおばちゃんは、そんな俺の怒声に間髪いれずにそう言ってくる。
――やっぱりおばちゃんはわかってない。
「――だって、諦めるしかないじゃんかよッッ!!俺だってリリィを連れて帰りたかったよ!?でも、無理なんだッ!!リリィが、リリィ自身が!魔王城に帰ったんだから、仕方ないじゃんッ!?」
そうだ。
俺だってもっと頑張りたかったよッ!
でも、リリィ本人がそうしたいって言うなら、俺はどうしたらいいんだよ……っ!!
「それが――どうしたッ!!」
俺が再び悔しさに苛まれていると、今度はおばちゃんが俺に怒鳴りだした。
「男なら―――――無理やりにでも女を手に入れてみせなッッ!!」
「む、無理やりに……?」
俺はおばちゃんの言葉に今までの威勢を削ぎ落とされる。
「あぁっ!!男なら、駆け落ちまがいのことでもやってみせてからグダグダ言えっ!!」
「……」
でもそんなことをしたら、ここまで連れてきてくれたエスイックにも迷惑がかかってしまうかもしれない。
しかしどうやらおばちゃんの言葉をそこまででは無かったようで、また口を開いた。
「それにあんたはまだ魔王様とあっていないんだろう!?それなら一度は『お義父さん、娘さんを僕にくださいッ!!』ぐらい言ってみろ!!」
「ど、どうやって!?」
確かにそれならもしかしたら可能性があるかもしれない。
魔王様がどんな人かは分からないけれど、リリィを手放さなくて済むなら俺は、挑戦してみたい。
俺は思わず、どうしたらいいかおばちゃんに聞き返していた。
「――本気でやるんだね?」
おばちゃんは俺を試すかのように、聞いてくる。
「やる」
その質問に、俺はすぐに肯定の意を示した。
「じゃあどうやって魔王様に会うかだけど」
「はい」
俺たちは一度ちゃんと椅子に座り直して、転がっている酒瓶なんかをきちんと片付け、本題に入った。
「あんたが手伝ってほしい、っていうなら手伝ってやるけど、やっぱり誠意を示すためには一人で行った方がいいだろうけどねぇ……」
「一人、ですか……」
正直不安しか浮かんでこない。
「まぁでもさすがにそれは無理だろうとも思ってる」
おばちゃんは少しため息をつくと、何やら考え出した。
俺はその間、机にきちんと並べられた空きの酒瓶を眺めている。
『―――というのはどうだろうか?』
ふと、エスイックのそんな一言が頭によぎった。
「……うぅ……ん」
俺のまえで、一生懸命に俺が魔王様のところまでたどり着く方法を考えてくれているおばちゃんに顔を向ける。
「……俺、やっぱり一人で行くよ」
「なっ!?」
まさかそんなことを言い出すとは思わなかったのか、おばちゃんは驚いたような顔をこちらに向けるが、俺の顔を見たらどこか安心したように軽く笑った。
一体俺がどんな顔をしているのかは分からないが、人の顔を見て笑うとは失礼だな。
まぁそれも仕方ないのかもしれない。
だって俺は今、とんでもない悪巧みを思いついた顔をしているだろうから。
どこか、いつもならしないような気もするけど、まぁそれは気のせいか何かだろう。
「……何か秘策でもあるんだろう?」
おばちゃんがそんな俺に聞いてきた。
もちろんそんなの――
「―――あるに決まってるじゃないか」
それも、とびっきりの奴が。
そう、『漆黒の救世主』様が――――――。