お酒をください
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「さ、酒ですか……?」
俺は御者のおばちゃんの一言に、かなり驚かされていた。
いや、確かに酒を思いつかなかったわけではないけれど、それは冗談であって本気でそんなことを考えていたわけではない。
「酒だ……っ!」
おばちゃんはそう言い切ると同時に、その手を力強く机に振り下ろした。
「っ!?」
俺たちを含む、食堂にいた人たちが一体何事かとこちらを振り向くが、こういったことには慣れているのか、すぐに自分たちの談笑を再開させている。
「いいかい、ここの酒は最高なんだよ。これを飲まずして帰れるかってもんだ!」
そう力説するおばちゃんの頬は若干朱に染まっている。
どうやらやはり、お酒に酔ってしまっているようだ。
「ほら、あんたたちも飲みな!」
「いやいや、トルエはまだ子供なんでっ!」
俺はアウラたちにお酒を飲ませようと迫るおばちゃんをなんとか止め、アウラたちには先に部屋をとっておくように言い、その場から離れさせる。
二人が離れていく姿に、どこか残念そうな顔を浮かべるおばちゃん。
「なら、あんたは飲むよね?」
しかし、それもつかの間。
おばちゃんは今度は俺に狙いを定めてきて、酒をすすめてくる。
断ろうとも思ったけど、初めて飲むお酒というものに確かに興味がないわけでもなかったし、落ち込んでいる気分を紛らわせるのにもいいかな、と思い俺はそのすすめ通り、お酒を飲んでみることにした。
「……う……」
とは思ってみても、やはり目の前に置かれた大きな酒瓶を目の当たりにすると、やはり気後れしてしまうのは仕方ない。
おばちゃん曰く、これぐらいは子供でも飲める、ということらしいけど、本当だろうか。
匂いからするに結構きつそうで、量も半端ではない。
だがしかし、既に飲もうと決めた手前、俺はひと思いに酒瓶ごと酒をあおった。
「……うっ……」
一気に飲んだので、一体どれほどの量を飲んだのか分からないが、それでも口に含んだ瞬間、物凄い衝撃を受けた。
こ、これが、お酒……。
初めて飲むソレは、喉に絡みついて、それなのにどんどんと身体の中に染み渡っていってしまうような、そんな感じがした。
「……ぅぷ」
やはり少し一気飲みしすぎたのか、地味にきつい。
それでも俺は、お酒を飲むのをやめようとは思わなかった。
飲み続けたら、この心にひっかかっている何か、気持ちの悪いような、何か気分を落としてしまうようなソレを、忘れさせてくれると思ったから。
それからどれくらいお酒をのんでいたのだろうか。
飲んだ酒瓶の数を数えようと、机の上を見てみる。
「……あれ……?」
これは、何本なんだっけ?
四本……?
いや、五本……?
どういうわけか、酒瓶が何本か数えられない。
一体どうしたんだろうか。
酒瓶が自分から動くなんて、おもしろいことも起こるものなんだなぁ……。
「あんたも結構飲んだんだねぇ!」
「……うぅ、はい」
そんなことを考えていた俺に、おばちゃんが声を掛けてきた。
「美味しいだろこの酒」
「ひゃい、すごいおいしいです」
そこで俺は、もう一本の酒瓶を飲もうと手を伸ばすが、その酒瓶はおばちゃんに奪われてしまった。
「……なにするんですかぁ」
俺はおばちゃんに非難の目を向けながらそう呟く。
せっかく人が飲もうとしたお酒を奪うなんてひどいことをするものだ。
「まぁまぁちょっと話をするのもいいものだよ」
「……仕方ないでしゅね」
さっきからどうしてか、舌がよく回っていない気もするけど、まぁ今はいいや。
「それで、なんのはなしを?」
「ほらそんな急がせるもんじゃないよ」
おばちゃんは俺に諭すようにそう言ってくる。
「……じゃあお酒をください」
俺は早くお酒が飲みたいんだ。
こんなことに付き合っている暇なんかない。
「はぁ、しかたないねぇ……」
おばちゃんは軽くため息をつくと、俺の前の椅子に陣取り、こちらに顔を向けてきた。
「……あんた、リリィって娘のこと、どうするつもりなんだい?」
「……どうするっちぇ言われても……」
実際どうしようもないし……。
リリィだって俺に来られても迷惑だろうし……。
「……じゃあ、聞き方をかえようか」
「……?」
聞き方を、変える?
おばちゃんは何を言っているんだ?
というか、さっきからおばちゃんが三人に見えるけど何かしてるのかな。
まぁ今はそんなことよりも続きを聞かないと。
「あんたはリリィって娘のこと――」
「おれは?」
俺はおばちゃんの次の一言を待った。
一体何を聞かれるのだろう、と。
「―――どうしたいんだい?」
おばちゃんは、俺の顔を見つめながら、確かにそう聞いてきた。