実は、初めてです
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「ふーんふふーん」
俺は今、鼻歌をかなでながら朝食を用意している。
昨日の悲劇を繰り返さないためにも、今朝はトルエにかわって俺が料理担当だ。
「お、おはようございます」
「ん?」
綺麗で透き通る声が聞こえたので後ろを振り返ってみると、どうやら目が覚めたらしい聖女様が立っていた。
「あ、おはよう聖女様」
いきなり現れた聖女様に驚きつつも、挨拶はきちんと返すのが礼儀だ。
「あの、私前から思ってたんですけど、私が聖女っていうのを隠すために敬語やめたんですよね……?」
「え、まぁそうだけど……?」
「なら私のことを『聖女様』って呼んでたら元も子もなくないですか?」
「……あ」
言われてみれば、確かにそうだ。っていうか逆に俺は何をやりたかったんだろうか。
「えっとじゃあ、ルナ……?」
昨日教えてもらったはずの聖女様の本名を、記憶の底から必死に呼び起こす。
「はい、それでお願いしますっ」
そこで自分の自己紹介もそういえばまだしていなかったことに気付き、慌ててすることにした。
「お、俺の名前はアネスト。親しい人、っていうか最近はほとんどの人にネストって呼ばれてる」
「分かりました。よろしくお願いしますね、ネストさんっ」
「あ、あぁよろしく……」
俺の名前を楽しそうに呼んでくるが、やはり今まで見てきた人たちの中でも一位二位を争うほどの美人なので、思わず目をそらしながら返してしまった。
「あの、それでネストさんは今何を?」
互いの名前の呼び方なども確認できたことだし、そのままここから離れていくと思っていたのだが、当のルナ本人はというと俺の料理している姿をとても不思議そうな顔で見ている。
「……何をっていうか、普通に料理してるんだけど」
まさか分からなかったのか?という意味もこめてそう返す。
「っ……そ、それくらい分かっていましたし、私にだってできますっ!」
俺のその言葉に込められた意味にあざとく気づいたのか、ルナは先程までの楽しそうな雰囲気から一変して俺を睨みつけてきた。
「へぇ、じゃあやってみる?」
是非とも聖女であるルナが作った料理というのを食べてみたい。
俺は早速今作りかけていたものを片付けると、ルナに料理する場所を譲った。
「……」
そして、ルナが無言のまま料理を開始した。
……これは今何を作っているんだろうか。
ルナの料理しているところを後ろから見ていたのだが、何を作りたいのか一向に分からない。
何か見た目で分かるようなモノもない、それでいて何か匂いで分かるようなモノでもないのだ。
これ以上見ていたら、料理が出てきた時に食べられなくなってしまうかもしれないと思い、俺は静かに椅子に座り机に突っ伏した。
「…………トさん、……ストさん、ネストさんっ」
「……んぅ……っ……?」
目を開けると、眩しい光が視界に入り込んできた。
どうやら料理が出来上がるのを待つ間に寝てしまっていたらしい。
「で、できました」
そう言って、ルナが料理を盛り付けたのだろう皿を机に置いてきた。
……これは何なんだろう。
作っている時に何か分からなかったものが、出来上がった今でも何を作ったのかが分からない。
「じ、じゃあ一口」
緊張しながらも、ゆっくりとルナが作った料理を口にする。
「ど、どうですか……?」
ルナが俺に感想を求めてくるが、これは……、マズイ……。
しかもトルエのやつと違って食えない程ではないのがまたキツイ。
「……ルナ、今までに料理したことは……?」
「ご、ごめんなさい。実は、初めてです…」
この料理を見るからに、実はも何も、料理が初めてなことくらいは直ぐに分かる。
「はぁ、それなら最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「だ、だって」
ルナはしゅんとしながら、自らも恐る恐る自分の料理を口に運ぶ。
「う、本当に美味しくないですこれ……」
そして、一口食べただけで、それからは一向に口に運ぼうとしなくなってしまった。
しかし、よほど自分の料理の結果が悔しかったのか、料理を見つめながら、今にも泣き出してしまいそうな雰囲気で顔を下に向けている。
「はぁ、ルナ」
俺はため息をつきながら、椅子から重い腰をあげてルナを呼ぶ。
「……なんですか?」
ようやく自分の料理から目を離し、今度はその泣きそうな顔を俺に向けてくる。
「あー、簡単なものでいいなら、俺が料理教えられると思うけど、やる?」
落ち込んでるルナには、多分これが今できる精一杯の慰めだろう。やるかやらないかはルナが決めればいい。
「ホントですかっ!?」
途端、料理をできるようになるかもしれない、という期待に顔を輝かせながら俺を見てくるあたり、どうやら成功のようだ。
「まぁ教えるにしても、まずは片付けからだな」
「ぁ……」
「で、できました……っ!!」
それは俺がルナに料理を教え始めてから何回目かのとき。
俺たちの目の前の机には、不格好ながらもきちんと料理として通用するモノが置かれていた。
鼻から入ってくるその匂いも、香ばしい。
「じ、じゃあ、食べてみようか」
そして、俺たちは二人で同時にそれを口に入れた。
舌の上でしっかりと味わいながら最後は飲み込む。
「…………ふつう、だな」
「……ふつう、ですね」
「ということは……?」
「…………成功、ですっ!!」
正直、味は平凡かそれ以下だろう。
しかし、それでも今日まで料理をしたことがなかったルナがそこまで成長したのだ。
俺たちは互いにその喜びを噛み締めながら、残りも全て食べきった。
「はぁ、よかったな、料理ができるようになって」
「はいっ!!本当に良かったですっ!!」
今までで一番の笑顔を向けながらルナがうなずく。今度は俺も顔をそらすことなくしっかりと笑い返すことができた。
「じゃあ、他の二人の分もルナに任せて大丈夫かな」
「はいっ、任せてくださいっ!!」
料理をルナに任せた俺は、未だに起きてこない国王様とトルエを起こしに部屋まで向かおうと席を立ち上がったが、気づいたら既にトルエが俺の後ろに立っていた。
「……」
トルエは無言で立ち続けている。
「おっ、トルエじゃないか。ちょうど今起こしに行こうとしてたから驚いたよ」
「……」
俺の声は聞こえているはずなのに、トルエは無言で下を向いている。
「えっと、トルエ……?」
いつもと違うトルエに恐る恐る声をかける。
「…………僕が今まで出来なかったことは、やっぱり普通はできるんだね…………」
「……」
トルエの話を聞いて、ようやくトルエの様子がおかしいことの理由が分かった。
今までずっと練習してきているはずのトルエを、ルナがあっさり抜いてしまったことに落ち込んでいるのだ。
恐らく俺たちが気づかなかっただけで、トルエはもっと前から俺たちの様子を見ていたのかもしれない。
……さ、さて、これはどう慰めたらいいのだろうか……
下手なことを言ってしまえば逆効果になってしまうかもしれない。
…………………………。
「ト、トルエ」
今、言うべきだろう言葉を見つけた俺は、優しくトルエの肩を掴む。
「……ご主人様……」
トルエも俺の顔をじっと見つめ返してくる。
今、俺が言うべき言葉は―――
「誰にだって、向き不向きってのがあるから仕方ない」
トルエがしばらく部屋に引き篭りました。