無理をしてみよう。
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「あれ、一人ッスか?」
待ち合わせしていた場所に既にヴァイスはやって来ていた。
「あぁ、ちょっと色々あってな。もしかしたら後から来てくれるかもしれないけど、多分間に合わないだろうな」
一応、家から出るときに今から向かう場所を書いたメモを残しておいたが、それに気づくとも限らない。
「ヴァイスってオーガのこととかって知ってるか?」
「まぁ、一般レベルであればッスけど」
「じゃあ、ヴァイスがオーガについて教えてくれると助かる」
この際だし、俺より詳しければ誰でもいい。
もともとヴァイスも来る予定だったし、大丈夫なはずだ。
「了解ッス」
「じゃあ急いで向かうか」
俺たちは早速街をでて、オーガのいる方へと向かった。念の為に、既に黒マントは着用している。
「それ何ッスか?」
変なものでも見るかのようにヴァイスが聞いてくる。そういえばまだ『これ』について説明してなかったな。
「俺があまり皆に回復魔法のこととかを知られたくないのは前にいっただろ?それで顔バレ防止の時にこれ着てモンスターの群れとかと戦ったらいつの間にか『漆黒の救世主』とか呼ばれるようになっちゃっ
てな……」
「……だ、ダサくないッスか?」
「ダサくないわけ無いじゃんッ!?」
そんなことは俺も分かっている。街で偶然耳にしたそれを痛々しい名前だなぁとか思ってたら、実は俺のことでしたって分かったときなんてもう……ッ!!
しかし、今更それをどうすることができるわけでもない。
しかも何故か街の人達は『漆黒の救世主』という名前に違和感がないあまりか、あまつさえ格好良いなどと言っているのだから恐ろしい。
普通に考えればそれがどれだけ痛い名前なのか分かるはずなのに……。
オーガについての事前情報を聞いている内に、目的の場所へと着いた。
それによると驚くべきことに『オーガ』というものは人型であるらしい。もちろん空も飛ばない。
大きな蛾とは何にも関係ないことが分かったが、それならどういう理由で『オーガ』なんて名前が付いているんだろうか……
他に頭に入れておくべき情報と言ったら、オーガの圧倒的な筋力についてだろうか。
オーガは筋力だけならドラゴンをも凌駕するらしい。まともに受けてしまえばひとたまりもないということだ。
「はぁ、今更ながら緊張してきたぁ」
まだ、視界にはオーガらしきものは見えて来ないが、恐らくもうすぐそこまで迫っているのだろう。
ゴブリンは蓋を開けてしまえば大したことのない相手だったし、ドラゴンは怖かったが逃げることができた。
けど、今回は違う。
『強い』ということは既に分かっている。下手したら死んでしまうかもしれないということも分かる。
そしてこれが決して『逃げられない』戦いであるということも―――
「ヴァイスはもし誰かが来た時はよろしく頼む」
「了解ッス」
今、オーガが向かってきていることは街の人たちは知らない。
誰かが街の外に出て、俺たちが戦っているところに来てしまっては戦闘に集中できなくなってしまう。
ヴァイスには街の人がやってきたら、危険なモンスターがいるということを伝えて、さらに口止めをするようにも頼んでおく。
もし、「アウラ」という名前の女の子が来たら指示を仰ぐようにとも言っておいた。
視界の奥に、微かに動くような影が見えた気がした。
目を凝らし『それ』を見る。
影は間違いなく徐々に大きさを増していき、遠目にでもそれが巨大であることが理解できた。
「……あ、そういえば結局アウラたちを奴隷契約から解放してないわ」
「……?ネストっちって奴隷居たんですか?」
「あぁ、今回一緒に来る予定だったやつもその一人なんだけど、俺にもしものときがあった時のために奴隷から解放されたいんだろ?って言ったら、どっか行っちゃってだな……」
今も少し考えたりしているが、やっぱりどうして泣いたのか分からない。
「えっと、その子がアウラって子ですよね。そのアウラって子は本当に奴隷を解放されたかったんスかね?ネストっちたちの関係がどんなものかは知らないッスけど、ネストっちがそう言ってどっか行ったっていうなら、それはそういうことだと思うッス」
…………そんなことが果たして有り得るのだろうか。
奴隷が奴隷から解放されたくないなんてことが本当にあるんだろうか。
俺ならすぐにでも解放されたいと思うはずだ。
よっぽど主がいい人だったりするなら確かに分からない気がしなくもないが、アウラの主は俺だ。
俺はある程度遠慮しないようには言っていたが、実際はそのくらいしかしていなかった。
毎日、一緒に街をぶらぶらしたり、一緒に料理をしたり。
そんな主なのに、解放されたくないなんて有り得るのだろうか……。
こればっかりはアウラに直接聞かなければ分からない。
けど、俺としては奴隷から開放してあげたいと思っている。この前都に来た時の関所での一件からそう思うようになったのだ。
…………まぁ、アウラとちゃんと話すためにも、ひとまずは目の前のオーガを倒さないとな。
気がつけばオーガらしき影にしか見えなかったそれも今でははっきりとそれが『オーガ』であることが分かるようになっていた。
「じゃあそろそろヴァイスは離れててくれ」
「了解ッス。気をつけてくださいねッス」
「あぁ。頑張るよ」
今回は足止めを、ということで頼まれたが別のオーガがそんな早くにやられるとも思えない。
となると、やはり俺が止めまでをささないといけなくなるかもしれなくなってくる。
あまりアスハさんに心配をかけるわけにもいけないけど、今日くらいはちょっと、無理をしてみよう。
街を守るために―――
街の皆を守るために―――
そして、アウラとちゃんと話をするために―――
俺は目の前に迫ってきているオーガに目掛けて走り出した。