体験させてあげたい。
ブクマ評価感謝です。
「国王様、こちらが街の商店街になります。街に住んでいる者がここで買い物をしたりします」
やはり街の見所といったらここだ。まぁ都ほどじゃないにしろ人通りが多く、それでいて治安も良い。
「……」
…………それにしても、本当に国王様の反応は薄いわね。
もしかして気付かないうちになにかマズイことでも言っちゃったりした?
「……あの、国王様。どうかなされましたか?」
「その、『国王様』というのはよせ。これはお忍びなのだから、普通に接してくれたら良い」
「し、しかしそういうわけには……」
「エスイックだ」
「え?」
「私の名前だ。これからはできれば呼び捨てでエスイックと頼む。それに敬語も不要だからな」
……いやいや、奴隷の私が国王様を呼び捨てとか、それこそ私が案内する意味ないじゃないッ!!
けど、ここで断ってしまえば機嫌を損ねてしまうのは必須だろう。
んぅー。どうしたものか……
「――実は私は本当は王族なんかではなく、何の権力も持たない唯の人としてこの世に生まれてきたかった。権力を持つ者というのは、『国のために』『民のために』働くことが当たり前だと思われている。
それだけでなく、自分の行動でさえも制限されることが多々あるのだ。国王である私なんかがその良い例だな。……まぁ今回は少しばかり強引に来たが。お主の以前の話もギルドで聞いたが、王族だったお主には分かるであろう?」
……それは、王族だった私にも確かに通ずるところがある。
昔はお城を出ることすら特別な時にしか許可してもらえなかった。それにその時も何人もの護衛を連れて、だ。
奴隷にはなってしまった。けど、リリィという妹ができた。街の皆にも仲良くしてもらえた。そしてなにより、ネストというご主人様に出会えた。
――それはきっと、王族だったら手に入らなかったモノだ。
今、王族として国王様が同じことを思っているのなら、『今日』くらいは、もし今日がダメならせめて『今』だけでも、それを体験させてあげたい。
「分かったわ、エスイックね。けど後からいきなり不敬罪とかいうのは無しだからね?」
「ああ、それくらいは分かっている」
「……それにしても、もし何の権力も持たない唯の一般人として生まれてきてたら、エスイックは何をしたかったの?」
「…………『漆黒の救世主』だな。いや、それが無理だということは分かっているぞ?だからここは無難に冒険者だな。男であるならば一度くらいは冒険をしてみたい、皆思うものだ」
「へ、へぇ、私のご主人様も今クエストに行ってるのよね。た、たしかゴブリンキング、だったかしら……」
ちょ、エスイック今『黒の救世主』とか言ってたけど、それネストのことじゃないわよね……?
「ほう、ゴブリンキングとな、お主のご主人様とやらもどうやら『黒の救世主』様に憧れているようだな」
「そ、そうなのかしらね」
それ絶対ネストォォォォオオオオッッ!!!し、しかもどさくさに紛れて様付けしてたわよね!?
クエストから帰って来たらくれぐれも王様の前では正体バレないように言わないといけないわね…………
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「そういえば、ネストっちってギルドの人とも仲良かったんスね」
街を荷馬車で出発してからヴァイスがそんなことを言ってきた。
「確かに仲良さげに話してましたねぇ」
「あぁ、俺たちがいたギルドじゃ見送りなんてモンはもちろん、話すことさえ稀だったな」
荷馬車の御者をしてもらっているサイアン兄弟も後ろを振り返り会話に参加してくる。
「うーん。仲が良いっていうか、色々ギルドにはお世話になってるから、その関係で良くしてもらってるだけじゃないか?」
なにせアスハさんは美人が多いギルドの受付の人たちの中でご多分に漏れず美人。
さらに冒険者たちへの対応も丁寧である、ということから数多くの男たちからのアピールを受けているのをよく見る。
それでも未だに誰とも付き合っているという話などは全く耳にしたことがない。そのせいか既に意中の男がいるのではないか、実は女のほうが好きなのではないか、などの様々な憶測が飛び交っているほどだ。
「へぇ、そんなもんスかね。てっきりそういう関係なのかと期待してたんスけど残念っス」
「まぁ確かに美人だし、付き合える人は羨ましいと思うけどなぁ。俺も一回弁当を作ってもらえたんだけど、すごい美味かったぞ」
あれは本当に美味かった……
次の機会があれば良いけど、自分から言うのも図々しい。
「…………いや、それどう考えてもそういうことっスよね……」
「そういうこと?」
「「「……」」」
何故黙る。そういうことっていうのは何なのか教えて欲しいんだが……
「そ、そういえば、ネストとヴァイスは夜の番を頼みたいから今のうちに寝といてくれよ」
「り、了解っス」
結局そのまま無視されたけど、サイアンが言ったことも本当だ。
忠告に従い、俺とヴァイスは揺れる荷馬車の中で横になった。
……うん。まぁ、荷馬車の中って寝にくいよな。分かってたけど
道中、といっても俺たちが寝ていた間なのだが、特に問題などなくゴブリンキングが目撃された場所の近くまでやってくることができた。
ゲイル曰く、あまりにもモンスターの数が少なすぎるらしいのだが、居ないに越したことはないだろう。
空が暗くなり始め、野営の準備に入り俺はヴァイスと二人、焚き火のための薪を探していた。
…………どれくらいの間、探していたんだろうか。気がつけば持ってきたカゴ一杯の薪が入っていた。
「じゃあこのくらいで帰るか」
「そうっすね」
ちょうど目に入った棒を最後にしようと、手に取った。
『グルルルル…………』
―――――――微かに聞こえた『ソレ』の唸り声。
ゴブリンやゴブリンキングなんかじゃ決して発することが出来ないような、低く、それでいて重い声。
下げた視線の先で微かに見える『ソレ』の影。
俺の身体と同じくらいの鉤爪を持つ『ソレ』の巨大な足。
恐る恐る視線を上げた先に居たのは――――――――――――――――
――――――――――――――――『ドラゴン』