存分に楽しもう
「ちょっと見る目変わったかも……」
その反応は、当然と言えば当然の反応だろう。
誰だって自分の目の前で自傷行為を行うような輩がいれば驚く。
だが、そんなフィアの発言に異を唱える者が一人。
「別に誰がどう練習しようと、その人の勝手でしょ」
隣に座るアウラの発言に、思わずぎょっと目を見開く。
しかもアウラはそれなりに怒っているらしく、初対面のはずのフィアさんのことを強く睨んでいる。
「そんなことはありません。ネストさんは私の知り合いですし、そんな危険なことをさせるわけにはいきません」
しかし俺が慌てて止めるよりも先に、アスハさんが反論する。
その語調は普段のアスハさんと比べても強く感じる。
「本人が納得してるかどうかが一番の問題じゃないの?」
だが対するアウラも負けじと反論する。
こんな時に言うのもあれだが、正直アウラがそんなことを言うとは思ってもみなかった。
これまでのことを考えれば、てっきりアウラも俺の回復魔法の練習に反対すると思っていたのだ。
しかし予想に反してアウラは、アスハさんの意見に真っ向から対立するつもりらしい。
もちろんアスハさんもアスハさんで、そんなアウラの言葉に簡単に頷いたりはしないのだが……。
「私はそうは思いません。例えばネストさんが自分にとって限りなく大事な存在だったとしても、アウラさんは彼の行為を容認することが出来るんですか?」
「そ、それは……っ」
だがさすがのアウラも、アスハさんのその言葉には、思わず次の言葉に詰まっている。
しかしそれも無理はない。
いくら例え話だからとは言え、その質問の答えようによっては俺からの印象に繋がるとアウラなら考えるだろう。
恐らくアスハさんもそこまで考慮してからの言葉だろうが、何というか攻め方がえげつない。
「ふ、二人とも落ち着いて」
だが、そんな二人を放置して傍観者のままでいるわけにはいかない。
なかなかに大きな声だったせいもあって、店内にいた他のお客さんからの視線が次第に集まり始めている。
このままでは店側に迷惑がかかってしまうかもしれない。
フィアさんと視線を合わせて、お互いに二人の仲裁に入る。
「…………」
そこでようやく周囲の視線に気付いたのか、お互いに矛を収める二人。
しかしそうは言っても未だに納得したわけではなく、今もお互いに静かににらみ合っている。
俺とフィアさんはそんな二人を何とか宥めながら、しばらく気まずい雰囲気を過ごした。
「お、おいアウラってば。そんなに急かすなよ」
あれからしばらく店にいた俺たちだったが、結局気まずさに耐えかねて早々に店を出ることになった。
アスハさんたちとは既に別れ、今は初めと同じくアウラと二人きりである。
だが、店を出てからというものアウラの機嫌がすこぶる悪い。
もしかしたら本人はまだアスハさんと一戦交える気だったのかもしれない。
しかし店の前でそんなことをやらせるわけにはいかないし、それ以前に二人には喧嘩などはしてほしくなかった。
「……い」
「な、何だって?」
すると急に立ち止まったアウラが何かを呟く。
「……別に、私だって大事な人に傷ついて欲しいわけじゃないけど、でも私はそれ以上にネストを応援したいから」
聞こえてきた言葉に、思わず俺も立ち止まった。
アウラの声が僅かに震えていたのである。
「これまでのネストの努力を否定するようなことはしたくない」
微かに瞳を潤ませながらも、強い意志のこもった瞳を向けてくるアウラ。
そんな唐突に聞かされたアウラの本心に、俺は目を見開いた。
アスハさんが俺のことを心配してくれたことは分かっているし、それを否定するつもりはない。
でも、俺がこれまで独学で必死に回復魔法を覚えるために積み重ねてきた努力が、少なからずそこにはあったのだ。
それをアウラは理解してくれていたことが、素直に嬉しかった。
少しだけ照れくさくなった俺は頬を掻く。
そしてアウラに近付くと、その頭を撫でる。
アウラは一瞬だけ驚いたように肩を跳ねさせるが、特に抵抗したりする気配は見えない。
「ほら、まだ全然明るい。せっかくの休みなんだから今日は存分に楽しもう」
「うんっ」
そう言って俺が手を差し伸べると、アウラはそれまでの表情などからは想像できないくらいに華やかな笑みを浮かべて頷いた。