出来ればもう二度と
「思い出しましたか……?」
「……そうだ。俺、ヴァイスと戦って逃げられたんだ」
心配そうに見下ろしてくるアスハさんに、俺は先ほどまでの戦いを思い出していた。
「くそっ……!」
もっと俺が注意していればヴァイスに逃げられることもなかったはずだ。
あそこでヴァイスを捕まえられていれば、色々と情報を聞きだせたかもしれないというのに。
俺は悔しさに拳を握りしめる。
「でもまだそう遠くには行っていないはず……」
だとすれば今から追いかければ、ヴァイスを見つけられるかもしれない。
「アスハさんありがとうございます。でも俺、ヴァイスを追いかけないと……っ」
アスハさんの膝枕は名残惜しいが、そんなことを言っている場合ではない。
俺はアスハさんにお礼を言い、ヴァイスを追いかけるべく立ち上がる。
しかしこれまで動いていなかったのに突然立ち上がったせいか、思わずふらつく。
「無理しないでください」
「だ、大丈夫ですから」
幸いアスハさんが支えてくれたお陰で転ぶことはなかった。
しかしこんなことでヴァイスの追跡を断念するわけにはいかない。
俺は支えてくれているアスハさんの手を解こうとして――――固まる。
「ア、アスハさん……!?」
俺を支えてくれていたアスハさんが突然、俺に抱きついてきたのだ。
そんなことをされる意味が分からない俺は、当然ながら慌てずにはいられない。
「行かせません」
俺の胸に顔を押し付けるアスハさんのくぐもった声が聞こえる。
そしてその言葉通り、抱き着く力が強くなる。
しかしそうは言われてもヴァイスを追いかけなければ、また同じような被害が出るかもしれない。
今回のようにアスハさんが怪我をするかもしれない。
「っ! そういえばアスハさん、怪我は!?」
そこで俺は初めてアスハさんが怪我をしていたことを思い出した。
抱き着くアスハさんの肩を掴み引き剥がす。
今まで気付かなかったが、ヴァイスに刺されていた胸の辺りは服もはだけており、その肌が露になっている。
「す、すみません!」
慌てて目を逸らす。
しかし一瞬の間だったとは言え、そこには傷の類は一切なかった。
「ってアスハさん!?」
そのことに安心していると、またアスハさんが身を寄せてくる。
慌てて飛び退こうとして、アスハさんの肩が震えていることに気が付いた。
「……やっぱり私は胸を刺されていたんですね」
「……っ」
思い出してみれば俺がここへやって来た時、アスハさんはすぐに意識を失っていた。
自分がどんな怪我をしたのか、記憶があやふやになっていたとしても何もおかしくはない。
しかし俺がアスハさんにとっては思い出したくないだろう記憶を思い出させてしまったのかもしれない。
「……ネストさんが治してくれたんですよね」
俺が自分の考えなしの行動を後悔していると、俺の胸に顔を押し付けてきていたアスハさんがゆっくりとその顔をあげてくる。
「薄っすらと覚えているんです。ネストさんが私なんかのために自分を一杯犠牲にしてくれているのを。そしてネストさんの回復魔法を何度も何度も唱える声が」
「……そ、それは」
確かに俺はアスハさんを助けるために、自分の身体をナイフで突き刺しまくった。
しかしまさかそれをアスハさんに知られているとは思ってもおらず、どう反応すればいいのか分からない。
「責めているわけじゃないんです。でも意識がはっきりしてそれを思い出した時、物凄く胸が痛みました。ナイフなんかよりもずっと痛かったんです」
「…………」
「出来ればもう二度と、あんなことはやらないでください」
震える声のアスハさんの言葉に俺はどうしても頷くことが出来なかった。
きっともし俺の大事な人が今回と同じようなことになれば、迷わずに今回と同じことをすると思ったからだ。
「……善処します」
でも涙を浮かべるアスハさんを安心させるために、俺はそう言ってあげずにはいられなかった。