ここにいる必要はないっす
「……ん、ここは……って、えっ!?」
気付けば目の前に、アスハさんの顔があった。
さすがにすぐには状況を把握できず、思わず戸惑う。
「あ、ネストさん、気が付きましたか」
そんな俺の顔をアスハさんが心配そうにのぞき込んでくる。
どうやら俺は、どういうわけかアスハさんに膝枕をしてもらっているらしい。
「あ、あの一体何が……」
この状況に不満なんて一切ないが、一体どうしてこんな状況になってしまったのかは知っておかなければいけないだろう。
「覚えていないんですか……?」
「え……?」
アスハさんの言葉に、思わず辺りを見回す。
そこで初めて周りの惨状に気付く。
壁の一部は壊れ、窓はほとんど割れている。
「……そうだ、俺ここでヴァイスと」
思い出した。
これは俺とアスハさんがここでヴァイスと戦った時の爪痕だ。
俺は確かあの時――
◇ ◇
「ヒール」
傷だらけのアスハさんに回復魔法をかける。
いくつもの傷跡が一瞬で消えていく。
間違いない、これは俺の回復魔法だ。
これまでずっと使えなかった回復魔法が使えるようになったことに、胸の奥が熱くなる。
しかし今はそれよりもアスハさんを救うことが出来たことの方が、嬉しくて仕方がない。
そしてそれと同時に、俺の大事な人をこんなにしたヴァイスが許せない。
「……ヴァイス」
俺は目の前で不敵な笑みを浮かべるヴァイスを強く睨む。
未だに意識を取り戻さないアスハさんを優しく横たえ、ヴァイスと対峙する。
「もしかして回復魔法が使えるようになったんすか?」
「……そうだったらどうした。これでお前に勝ち目はないぞ」
俺はヴァイスと一度本気で戦ったことがあり、そして辛くも勝利した。
回復魔法を駆使する俺と互角に戦い、恐らく今でもその実力はよくて五分五分だろう。
だが負けるつもりは毛頭ない。
全力で、叩き潰す。
「……まあその回復魔法は確かにタイマンではかなり厄介っすからねぇ」
その言葉とは裏腹に、どこか楽しそうな表情を浮かべるヴァイス。
それはまるで俺が再び回復魔法を使えるようになることをずっと待っていたような。
しかし今はそんなこと考えるだけ無駄だ。
俺はヴァイスを見据えて、腰を低くする。
当然、その手にはナイフを持っている。
「……お?」
ヴァイスが意外そうな声をあげた瞬間、俺はヴァイスへ切りかかった。
「——ッ!」
だがさすがヴァイスと言うべきか、俺の突撃を紙一重で躱しきる。
「実力も前に比べて、かなり上がってるみたいっすね」
相変わらず、俺の成長をいちいち嬉しそうに口にするヴァイスが何を考えているのかは分からない。
だがヴァイスの言う通りだ。
俺が前回の死闘から何も成長していないと思ったら、それは大きな間違いだ。
これまでに数々の窮地を乗り越え、時には戦争のど真ん中に降り立ったりもした俺が、以前のような実力なわけがない。
もしそうだったら、いくら回復魔法があるとはいえ、きっとどこかで命を落としていただろう。
「これは俺も真面目にやらないといけないっすかね」
そう言うと、ヴァイスは目を細める。
まるで獲物を狙うような視線だが、そこで退いたりはしない。
「————ッ!」
俺が再びヴァイスに向けて突撃した瞬間、それに応えるようにしてヴァイスも地面を蹴る。
互いのナイフがぶつかり合い、特有の嫌な音が響く。
思わず顔を顰めるが、それでも力は緩めない。
「――ッ!」
だがその一瞬の攻防はヴァイスの方が一枚上手だった。
一瞬の隙に距離を取られたかと思えば、いつの間にか腕に一本の切り傷がついている。
ほとんど掠り傷とはいえ、やはりヴァイスの実力はかなりのものだ。
「……ヒール」
しかし命がけの戦いであるにも関わらず、俺は妙に落ち着いていた。
それは、俺の回復魔法の存在があるからだろう。
たとえ腕が切り落とされたとしても、この回復魔法さえあればどうとでもなる。
消耗戦になればなるだけ、不利になるのはヴァイスの方だ。
それが分かっている今、無駄に焦る必要はない。
「…………」
俺は目の前でナイフを構えるヴァイスの姿を見失わないように、じっと見つめる。
「……?」
しかしそんな俺を他所に、ヴァイスが突然構えを解く。
ナイフも鞘に戻し、すっかり戦う気がなくなったみたいだ。
だがヴァイスが何を考えているか分からない以上、迂闊に近づくことも出来ない。
「どうやら本当に回復魔法が復活したみたいっすね。それなら俺がこれ以上、ここにいる必要はないっす」
「は……? それはどういう――」
ヴァイスが訳の分からない発言をしたかと思った瞬間、どこに隠していたのかヴァイスは閃光弾を床に叩きつける。
あまりの眩しさに思わず顔を隠すが、その光が晴れた時は既にヴァイスの姿はなかった。
「っ、どこ行ったんだ……!?」
だがアスハさんを傷つけたヴァイスをそう簡単に逃がすわけにはいかない。
ヴァイスを追いかけるために一歩踏み出した瞬間、足元が揺らいだ。
そして俺は意識を手放した。
◇ ◇