俺は――回復魔法使い
「ヒール」
一体いつからこの回復魔法の呪文を唱えてきたのだろう。
初めは必死だった。
憧れの回復魔法を使うために、がむしゃらに練習した。
それこそ、自分の身体を傷つけるという狂気とも思えるようなことまで繰り返して。
でもその時は、それが回復魔法を覚えるための唯一の手段だと思っていたのだ。
そしてその結果、辛くも俺は「ヒール」を会得できた。
初めは切り傷を治す程度だったそれが、いつしか切り落とした手足を新しく再生させるようになって。
今思えば、その時に気付くべきだったのだろう。
自分の回復魔法がどれだけ異常で、普通とはかけ離れているのか。
でも俺は、まさか自分の回復魔法がそんなことになっているとは露知らず、それでも回復魔法を磨き続けた。
そんな俺が自分の回復魔法の異常さに気付いたのはいつだったか。
そう、あれは忘れもしない、聖女を初めて見た時だ。
当代で一番優秀な回復魔法使いであるはずの聖女が、回復魔法を数回使っただけで息切れしている姿を見た時は、さすがに驚いた。
そして自分の回復魔法の異常さに、ようやく気付いたのだ。
いや、というよりも気付かされたというべきか。
それでも自分の回復魔法の異常さを理解してからは、むやみやたらに自分の力を振るわなくなったし、一般的な回復魔法使いとして行動するようになった。
とはいえ、それからも無茶なことは何度もやってきた。
モンスターの大軍に突っ込んだ時なんかは、正直死ぬかと思っていたけれど、思ってもみない自分の力が分かり、九死に一生を得た。
その後も、王城に忍び込み、病に臥すルナとその母を治療したり。
まさか女装をする羽目になるとはさすがに思わなかったけれど……。
更には魔王様と一戦交えたり。
その魔王様に貰った丸薬を飲み、戦争を止めたりもした。
そして今、俺は、回復魔法が、ヒールが使えなくなっている。
それは自分の力では成し得ないことを望んだ代償だ。
これまで何千回、何万回と使ってきた回復魔法が、嘘みたいに使えない。
目の前で、自分の大事な人が血を流しているのに。
俺には、何もすることが出来ない。
ナンダ、ソレ。
ソンナノ、ガマンデキナイ。
「ヒール、ヒール」
魔法が使えないのがなんだ。
「ヒール、ヒール」
そんなの初めからそうだったじゃないか。
「ヒール、ヒール」
使えないのなら使えるようにすればいい、それだけのことだ。
「ヒール、ヒール」
そのための方法は、もう知っているんだから。
「……ヒールッ!」
そして俺は、ナイフを自分の掌に突き刺した。
「……ッ! ヒール……ッ!」
灼けるような痛みが襲ってくる。
「ヒール……」
————けど、それがどうした。
「……ヒールッ」
そんなの今は、この上なくどうでもいいことだ。
「ヒール……」
目の前で、自分の大切な人が倒れていることに比べれば。
「……ヒール」
それなのに自分が何も出来ないことの無力さに比べれば。
「ヒール……ッ」
痛みなんて、くそくらえだ。
「ヒール、ヒール」
治らない傷に、今度は足にナイフを突き立てる。
「……ッ、ヒール」
思わず膝をつくが、別に立てなくたって関係ない。
「ヒール……」
未だに治らない傷に、今度は腕に、肩に、ナイフを突き立てる。
「……ヒールッ」
どうせ使わないんだ、いくらだってくれてやる。
「ヒール……ヒール」
突き刺すためのナイフが振れさえすれば、それ以外のところなんていらない。
「ヒール……」
それでも治らない傷に、俺はもう一度、自分の身体にナイフを突き立てる。
「ヒール、ヒール……」
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、何度も何度も、何度も。
「……ヒール、ヒール」
治らないなら、何度だって刺してやる。
「ヒール……」
何度でも、何度でも、何度でも、傷が治るまで。
「……ヒール」
今、何が必要か。
「ヒール、ヒール」
今、何を欲しているか。
「…………ヒール」
そんなの、とうに分かりきっている。
「ヒール…………」
今、目の前の大事な人を守るために必要で、俺が欲しているのは――。
「————ヒール」
俺は、回復魔法を唱える。
もう一度、あの、回復魔法を。
「…………」
痛みが引いていくのが、感覚的に分かった。
それは懐かしい回復魔法の味。
俺が使っていた、異常な回復魔法のそれだ。
「ヒール」
二度目の回復魔法は、大事な人のために。
二度目の奇跡は、守るべき人のために。
なぜなら俺は――――回復魔法使いなのだから。