時間稼ぎ
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暗い廊下の中で、ネストがいなくなったアスハは冷や汗を流しながらヴァイスと対峙していた。
今、自分がするべきことは皆が安全なところへ隠れるまでの間の時間稼ぎだ。
きっとすぐにネストがやって来てくれる。
そうしたら二人で協力して、ヴァイスを倒せばいいだけの話だ。
しかしそうは言ってもアスハは一度、ヴァイスと戦って敗北を喫している。
しかも圧倒的な実力差を以てして、だ。
今はギルド職員として働くアスハではあるが、以前はそれなりに名の売れた冒険者だった。
そんなアスハが全盛期ではないとは言え一瞬で倒されてしまうというのは、それだけの実力がヴァイスにはあるということと同じだ。
そしてそんなヴァイスをネストが返ってくるまでの間、果たして本当に耐え続けることが出来るのか。
恐らくそれを達成出来る確率はかなり低いだろう。
しかしアスハはそれを分かった上でこの場に残っている。
あの場でまともに戦えるのはネストとアスハだけ。
アウラたちを守りながらでは、いくら二人がかりとは言え厳しいだろう。
かといって他の皆を逃がして、二人で戦うというわけにもいかない。
ルナを始めとするリリィやグリムなどといった十分に身分の高い三人を、まともな戦力のない状態にしておけば、もしヴァイス以外の敵と遭遇した時にどうすることも出来なくなってしまう。
今、国王や獣王、そして魔王が条約を結ぼうとしているこの時に、そんな事態になってしまえば、条約どころの話ではなくなってしまう。
それどころか国王の責任問題にもなってくるはずだ。
もし本当にそうなってしまえば、これまでの国王たちの努力が水の泡になってしまう。
つまりあの場では、ネストよりも実力的に劣るアスハが殿を務めることで、ネストが出来るだけ迅速に皆を安全な場所につれていくという選択をするしかなかったのである。
「良かったんすか? ネストっちを行かせちゃって」
ネストたちが消えていった廊下の先を見ながら、ヴァイスが呟く。
それは単にその場に残されるアスハを思っての発言だろう。
ヴァイスもアスハと以前戦ったことがあることは覚えている。
そのため自分と実力差のあるアスハが残ったことを意外に思っているのかもしれない。
「この状況じゃそれが最善手なんですから仕方ないでしょう」
ヴァイスの疑問にアスハが答える。
しかし最善手だとは言っても、アスハにとって危機的状況なのは変わらない。
「あなたたちはどうしてこんなことをするんですか?」
逆に今度はアスハがヴァイスに尋ねる。
それは純粋な疑問が半分、そして時間稼ぎとしての目的が半分だ。
さすがに真正面からぶつかってから勝てる相手ではないことはアスハも十分に理解しているからこその策だった。
そして上手くいけば相手の情報も聞き出すことが出来るかもしれない。
「うーん、さすがにそれは教えられないんすよねー」
だがいくら軽薄そうに見えるヴァイスも、自分の情報を易々と教えるほどではなかったらしい。
思わず舌打ちしそうになるアスハだが何とか堪える。
「……あ、でも今のところの目的は『復活』っすかね」
「復活……?」
アスハの我慢が功を奏したのかは分からないが、ヴァイスは思い出したように教えてくれる。
しかし何のことか全く分からないアスハは首を傾げる。
復活、と言われても一体何を復活するのか分からない。
だがヴァイスとその仲間が復活させたいというのだから、少なくとも良いものではないだろう。
出来れば何を復活させたいのかというのも聞き出したいが、さすがにそこまでは聞き出すことは出来ないだろうとアスハも諦める。
「よし、じゃあお喋りもこれくらいにして、そろそろ始めるっすか」
アスハの質問に答えたヴァイスはそこで話を切り上げると、腰の帯のナイフを構える。
両手に一本ずつ持っているその姿は、以前ネストと戦っている時のことを想起させる。
もしかしたら今回は出来るだけ時間をかけないように、最初から本気で来るのかもしれない。
そう考えると、アスハは思わず舌を巻いた。
ただでさえ実力差があるのに本気で来られたら、果たして何撃耐えられるか分からない。
下手したら初撃すら耐えられない可能性だって十分にある。
「出来れば、情けないとこは見せたくないんですが……」
アスハはヴァイスにも聞こえない程度の小さな声で呟きながら、自分もナイフを構える。
情けない姿を見せたくないというのは他の誰でもない、ネストにである。
せめてネストの前では気丈な姿を見せていたいと思ってしまうのは、仕方のないことだろう。
「じゃあ、行くっす」
「ッ!」
しかしそんなアスハの思惑を知るはずもないヴァイスは腰を低くした次の瞬間、アスハへと飛び込んでくる。
結構な距離を一瞬で詰められたことに驚きを隠せないアスハ。
迫りくるナイフに咄嗟に反応するが、勢いを殺すことまでは出来ず、そのまま突き飛ばされてしまう。
「……っ」
追撃を警戒して慌てて立ち上がるが、予想に反してヴァイスは突っ立ったままだ。
その表情は初撃を防がれたことに対する驚きだろうか。
アスハ自身、今どうして自分がヴァイスの攻撃を防げたのか良く分かっていない。
あの一瞬の防御が偶然にも会心の出来だったと言うしかない。
しかし次の攻撃も同じように防げるかと聞かれたら、厳しいところだ。
それでも時間稼ぎにはまだ足りない。
アスハは痺れる腕で何とか力を振り絞りながら、再び自らのナイフを構えた。