一時撤退ッスね
結構間が空いてしまって申し訳ないです。
次の更新も出来るだけ早く出来るように頑張ります……!
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「うーん、風が気持ちいいなぁ」
俺は今、少し久しぶりに都の外へやって来ていた。
何故かというと回復魔法使いの練習のためだ。
城の中ですればいいのではないかと思うかもしれないが、それじゃだめなのである。
なぜならルナがいるからだ。
自分で傷をつけて治療の練習をしようとするとルナに怒られてしまう。
しかも結構ガチで。
それはちょっと遠慮したいところなので、こうやってわざわざ都の外へやってきているのである。
「まぁ最初は肩慣らしにゴブリンとかでも倒そうかな」
ここまで来たのも久しぶりだし、ちょうどいい。
最近やってなかった戦いの訓練もしたらいいだろう。
幸い、都の外に出てからちらちらとゴブリンも見かけている。
探すのに困ることもないはずだ。
俺は近くに落ちていた棒を一本拾い、辺りを見渡す。
ちょうど良いところにゴブリンが一匹。
俺は腰を軽く落とす。
そして勢いよく立ち上がり、駆け出す。
「――――ッ!?」
ゴブリンまであと少しのとき、俺は突然飛んできた何かにほとんど無意識で身体を逸らす。
「……!?」
慌てて、避けたところを見てみると、そこには一本のナイフが地面に突き刺さっている。
急に投げられてきたナイフは、もし避けていなかったら俺の身体に当たっていたのはほぼ間違いないだろう。
今俺は回復魔法が使えない。
もしその状況でそんなことになってしまえば、一体どうなっていたことか、考えるだけで恐ろしい。
「誰がこんなことを」
俺は誰に言うでもなく、ただ呟く。
しかしその問の答えはすぐに分かった。
「……」
そこにいたのは、漆黒の黒マントを羽織った『漆黒の救世主』だった。
別に確証があるわけじゃないが、それがなんとなく武闘大会を勝ち残った『漆黒の救世主』であることが分かった。
妙に落ち着いた立ち振る舞い、さっきのナイフの投擲の正確さ。
他のどこをとっても、とても素人とは思えない。
「お前が噂の、漆黒の救世主なのか……?」
俺は、顔の見えない相手を見ながらそう聞く。
偽の漆黒の救世主に、一度は聞いてみたかったやつだ。
一体どういう気持ちでそんなことをしているのか、純粋に憧れなのか、知りたかった。
『漆黒の救世主は、お前だろ?』
「ッ!?」
俺は、目の前の漆黒の救世主の発した言葉に目を見開いた。
一体どうしてこいつはこのことを知っているのか、全くわからない。
それを知っているのはごく限られた人数だけなはずなのに、目の前の漆黒の救世主を演じている奴は、いったい誰なんだ。
「……ッ」
その瞬間、漆黒の救世主がこちらへ駆けてくる。
物凄いスピードだ。
俺はほとんど条件反射で身体を横に逸らし、持っていた棒を振りかぶる。
「くっ……!」
しかしどうやら相手が隠し持っていたらしいナイフが横腹を掠り、痛みがやってくる。
多くはないが、服が確かに血で染まりだす。
けれど、何も出来なかったわけじゃない。
何とかすれ違った瞬間に、相手の顔を露わにすることが出来た。
「なっ…お前…!?」
すれ違い振り返った先、そこには思いもよらない人物が立っていた。
そこにいたのは、以前一度剣を交わしたことのあるヴァイスだった。
今までどこにいたのか、何をしていたのかも全くわからない。
本当に、何の前触れもなかった。
「あちゃー、まさかバレるとは思わなかったッス。今回は一時撤退ッスね」
ヴァイスは特にそれ以上何か言うでもなく、ただ淡々と背を向ける。
「ち、ちょっと……くっ!?」
こんなところで出会ってそう簡単に逃がすかと思い、何とかヴァイスを止めようと試みるが、足に痛みが走る。
何かと思い見てみると、いつの間にやられていたのか太もものあたりに短剣が刺さっていた。
痛みに気を取られたその一瞬、視線を戻した先にはもうヴァイスはいなかった。
「……」
思わず拳を握りしめる。
もっと上手くやっていれば、ヴァイスを捕まえることが出来たかもしれないのに。
でも、恐らくヴァイスはまた俺の前にやってくるだろう。
漆黒の救世主として。
きっと何か目的があるから、わざわざ武闘大会にも参加したのだろうし。
もし武闘大会を勝ち残った漆黒の救世主がヴァイスだったなら、またやってくるのは、ほぼ間違いない。
捕まえるのは、またその時で良いだろう。
俺は血が流れないよう、刺されたところを手で押さえながら城へ帰り始めた。
城へ帰り着いたらまず、怪我の治療をしなくてはならない。
俺は怪我したところをもう一度確かめ、顔をしかめる。
横腹のところは大したことはない。
ただ、太ももの怪我が短剣を刺されただけあって、結構深い。
そして凄く痛い。
これはまずいことになってしまった。
もしの場合でも小さな怪我くらいしかしないと思っていたので、トルエにお願いすればいいと思っていたのだが、ここまで大きい怪我となるとトルエの回復魔法では治療しきれないだろう。
止血は出来たとしても、完全に怪我が治るまで痛みは伴うはずだ。
これはもう、諦めるしかない。
俺は大人しくルナに怒られにいくのだった。
これも全部、ヴァイスのせいだ。
絶対許さねぇ……!