力が欲しくないか?
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「ったく、勝手に人の振りしやがって」
長い廊下で一人悪態を吐く。
武闘大会で負けてくれる分には俺には一向にかまわない。
しかしまさか勝ってしまうなんて……夢にも思わなかった。
武闘大会で勝ち残って成績優秀者になるような奴だ。
もしかしなくても相当な実力を兼ね備えていると思っていい。
もしかしたら俺よりも強いなんていう可能性だってあるくらいなのだ。
ただそれでも何時か、あいつは殴る。
俺は先ほどの黒マントのことを思い出しつつ、ぎゅっと拳を握りしめ心にそう誓った。
もちろん、殴るときは本気で、だ。
「そういえば獣人たちの代表って誰なんだ?」
今日も中庭で獣人たちと、特にグリムと二人で一緒に木陰に座っている。
因みに今日はニアはいない。
どうにもグリムとは出来る限り話したくないらしい。
これはグリムの恋も実りそうにないな……。
俺は哀れみの目でグリムに視線を向けつつ、聞きたいことがあったので聞いてみる。
それは代表者のことだ。
人間たちの代表は武闘大会を通して選ばれたが、獣人たちがどうなっているかまでは分からない。
「僕たちの代表は、あいつらだぞ?」
グリムが視線で示すのは、中庭でちょっとした訓練のようなものをしている獣人一行の皆だった。
「あぁ、なんだ。あの人たちが代表なのか」
確かによく考えてみれば、代表に選ばれたからこそこうやって、こんなところまでやってきているだろう。
獣王様とグリムはまだ仕方ないとして、他の人たちにはそれ以外についてくる理由がない。
「あいつらは強いぞ?」
別に自分が強いでもないのに、得意顔でそう言ってくるグリム。
そんなこと言われなくても分かってる。
代表としてここにやってくるくらいなのだから、かなりの実力者であることはまず間違いない。
「そういえばお前たちも代表者が決まったんだったか?」
「あぁ、武闘大会での成績優秀者たちが今日も集められてたよ」
俺は偽の『漆黒の救世主』のことを思い出す。
いやなことを思い出してしまったと思わず後悔するがもう遅い。
「確か黒マントを着た奴がいなかったか?」
「い、いるな」
その時グリムがそんなことを聞いてくる。
折角忘れようと頑張っているのに、水を差すんだ。
文句を言ってやろうと思ったが、お門違いだと反省する。
「いつかの戦争を止めたやつと姿が同じだったと聞くがそれは本当か?」
いつになく真剣な顔をしたグリムが俺に顔を近づけてくる。
「ら、らしいな」
「ふむ、一度会ってみたいな」
俺の答えにグリムは小さくそう呟く。
「グリムにしては珍しく熱心だな」
「失礼な。戦争を止めるだけの力に興味があっただけだ。力とはそれだけで尊ばれるものだからな」
「…………」
まさかここで、戦争を止めたのは自分ですなんて言うわけにもいかない。
ましてや成績優秀者として選ばれた代表者が偽物ですなんて言えるわけもない。
今の俺にはそれを証明する力はないし、それにしようとも思っていないのだ。
「グリムは力が好きなのか?」
「あぁ、好きだ。そして手に入れたいものだ」
「そっか」
あまりに素直な答えに思わずたじろぐ。
今までグリムは態度も悪くクソ生意気なやつだとほとんど思っていたが、こうして真っすぐに力を求める姿は素直に好感が持てなくもない。
「お前は力が欲しくないのか?」
今度は逆にそう尋ねられる。
「……うーん」
俺はグリムに見つめられながら考える。
力、か。
欲しいか欲しくないかと聞かれれば、もちろん一人の男として力が欲しい。
ただ今回、そうやって力を欲しがった結果がこれだ。
それを考えてみれば、素直な気持ちで力が欲しいか欲しくないかを選ぶことは出来ない。
今度力を願えば、もっとひどい代償が待っているんじゃないか。
そう考えると、恐ろしくてたまらない。
しかしこんな答えではグリムは納得してくれないだろう。
きっとまた雑魚だとか何だとか言われる未来が簡単に想像できる。
「グリムー、お前も練習するぞー」
その時、偶然にも簡単な訓練をこなしてた一人がグリムに声をかける。
「分かった」
グリムは特にこれと言って気にした様子もなく、呼ばれた方へと走り去っていってくれた。
「力、ねぇ」
結局のところ、俺はどうしたいのだろう。
回復魔法は使えるなら、もう一度使いたい。
でも、別に今使わなくちゃいけない時でもないのに、そんなことを軽々しく願ってもいいのだろうか。
現に今、一生懸命もう一度回復魔法を覚えようとしているのに、全くと言っていいほど成果が無い。
力が欲しい。
そう願うにはあまりにも平和すぎて、俺は思わず芝生に寝転がった。
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