黒マントを着ない
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「うわぁ、人多いなぁ……」
俺は目の前の、たくさんの人達に思わずそう呟く。
今日は、待ちに待った武闘大会がある日だ。
本来であれば、もう少し前に開催されていたはずだったのだが、獣人との戦争だったりで、少し延期されてしまっていたのだ。
そんな武闘大会だが、どうやらこれまでには無いほどの盛り上がりを見せているらしい。
それもそのはず。
今回の武闘大会では、優勝者を含む、成績優秀者には、獣人と魔族との親善試合に参加してもらうことが決まっている。
そんな種族の壁を超えた親善試合に出れるとなっては、周りからの評価もぐんと上がることだろう。
参加者の総数も、歴代の武闘大会で一位二位を争うほどのようだ。
「おぉ、人がゴミのようだ」
「おいやめろ」
俺はすぐ隣でとんでもない発言をするグリムの頭をはたく。
これまでずっと獣人たちと一緒に過ごしてきて、グリムとも少しは打ち解けた気がする。
もちろん今でも生意気なことには変わりないが、それでもことニアのことに関してのアドバイスをすると途端に大人しくなるから面白い。
それでも未だにニアにとってのグリムの第一印象が抜けないのか、様々なアプローチがことごとく失敗に終わっているのだが……。
「……よし、じゃあ俺たちも自分の席に戻るか」
今回俺は、治療員としては参加しない。
当初は、治療員として参加する予定だったが、今、回復魔法が使えない俺が治療員として参加したところで何の意味もない。
そして、獣人の護衛という立場ということもあって、今回はグリムたちと共に武闘大会を観戦することになっているという訳だ。
「私ここに座る」
「ん、ニア」
自分たちの席に、グリム、俺という順で座っていると、俺のもう片方の空いている隣の席に、ニアがすっとやって来る。
「…………」
「…………」
隣からの圧力が半端ないです。
確かに今、グリム、俺、ニアというおかしな順番で席に座っていて、グリムとしては不満なのだろう。
直ぐにでもグリムと場所を変わっては良いと思っているのだが、ニアが俺の手をがっしりと掴んでいて、離してくれなさそうにない。
どれだけグリムのことが苦手なのだろうか……。
そしてそんな俺の手を見たグリムがまたもや不機嫌になる。
とてつもない悪循環だ。
「…………はぁ」
試合が始まってくれたら、きっとそちらに注意が向いてくれるはずだ。
俺は、一刻も早く、武闘大会が始まってくれないか、と切に願った。
「……おぉ、今の人すごいなぁ……?」
「…………」
「…………」
結果、何も変わりませんでした。
武闘大会が始まってから、既に何試合も過ぎた。
それなのに、相変わらずグリムは不機嫌なままで、ニアも俺の手を握り締めたままだ。
とんでもなく気まずい。
「…………ん?」
誰かこの状態から助けてくれないかと途方にくれていたとき、そいつは現れた。
「…………は?」
試合の会場に現れたのは、漆黒のマント。
「…………」
会場が静寂に包まれる。
一体あれは、誰なんだろうか。
少なくとも、俺ではないことは確かだ。
「…………は?」
その時、漆黒のマントの試合相手であるもう一人が、会場にやって来る。
そいつも、漆黒のマントだった。
「…………あぁ、うん」
その瞬間、察した。
この人たち、馬鹿なんだろうな、って。
「…………少しトイレ行ってくる」
「ん?」
「え?」
二人が驚いたような顔を向けてくるが、俺は止まらない。
さすがに、これは、きつい。
まさかエスイックのように、漆黒の救世主を真似る人たちが出てくるとは、思わなかった。
「うぉぉぉぉおおおおおお」
そして観客たちは、突然に現れた頭のおかしい人たちに対して、大きな盛り上がりを見せている。
「…………」
逆に俺はすっかり冷め切ってしまって、一人で会場から少しだけ離れた。
「…………はぁ」
それにしても、もしかしてこの後も、あんな風に漆黒のマントが出てきたりするのだろうか。
今回の試合で偶然二人が重なっただけだということを、信じたい
「うぉぉぉぉぉおおおおお!」
「…………」
すぐ近くから、エスイックが叫んでいる声が聞こえてくる。
「…………はぁ」
もうちょっと威厳のある姿を見せなくていいのだろうか、と俺は小さくため息を吐いた。
「…………おい、これ何回目だ?」
ようやく俺も落ち着いて、自分の席へ戻っていた。
隣の二人は相変わらずのままだ。
「…………」
そして俺の質問に答える人は、誰もいない。
でも、俺はその答えを既に知っている。
九人目だ。
今日、武闘大会の中で漆黒のマントを羽織って出てきた選手の数だ。
「………………」
一体どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
まぁそれはもしかしなくても、獣人との戦争の時に、俺が漆黒の救世主として戦争を止めたからだろう。
「………………」
別に、そのことに関して何か後悔をしているわけではない。
ちゃんと戦争は止めることができて、喜ぶべきことなのだ。
でも、一つだけ言わせて欲しい。
これからしばらくは、黒マントは着ない、絶対に。
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短編投稿しました。