負けてないから
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「………」
奴隷競りの会場が喧騒に包まれている中、俺は自分の足下を見つめていた。
今はデュードさんは放っておこう。
……しかしやはりこういうことには何時まで経っても慣れないものがある。
元々村で育っていた俺にとって年が近い女の子なんてほとんど居なかったし、街に来てからアウラたちとも出会ったりしたが、如何せんああいう『お姉さん』風な人たちには苦手意識がある気がする。
「はいっ、じゃあ今日の奴隷競りもとうとう次で最後だぁーーっ!!」
そんなことを考えていると、ステージの方から奴隷商の大きな声が聞こえてきた。
どうやら次で終わってしまうらしいので、俺も早いところ会場にやってきた人たちの中に獣人がいないか確かめないといけない。
「…………?」
俺はそのとき、今まで聞こえていたはずの辺りのざわめきが聞こえなくなっていることに気がついた。
何かあったのかとふと心配になり、思わず周りを見回してみる。
しかし特に何かがあるわけでもなく俺は首をかしげるが、その時、周りの人たちの視線がある一点に向かっていることに気がついた。
その視線をたどって見てみると、そこにあるのは奴隷競りのステージ。
どうせ物凄い際どい服でも着たお姉さんとかが来たんだろうな……と思いながらも、俺は目を細めながら周りと同じようにステージに視線を向けたのだった。
「―――――え」
俺は、ステージを一瞥した瞬間、まるで何かに思い切り頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
俺の視線を向けた先、ステージに居たのは際どい服を着たお姉さんではなく、普通の、否、ちょっと質素さがにじみ出ている服を着ている女の子だ。
ただ一つだけ、たった一つだけ今までの奴隷達とは決定的に違うものがあった。
それは、その女の子に『獣耳』が生えている、ということだ。
ブロセルと同じ『獣耳』。
しかしそこには圧倒的で『絶対的』な、『越えられない壁』が確かにあった。
ただ、女の子が獣耳をつけているという、その事実が――――素晴らしい。
「では、競りを開始しますっ!」
俺が人知れずそんなことを考えていると、ついに競りが開始された。
いつもなら直ぐにでも金額を提示する人が大勢いるのだが、やはり『獣人』ということがあるからか、未だに一人も金額を提示していない。
…………これは、買うべきだろうか……?
俺は、一人思い悩む。
もちろん本心としては買いたいという気持ちが強い。
しかし、獣人は人間が嫌いだという。
どうしても、買ったところで……という気持ちが出てきてしまい、値段を提示することには、あと一歩きっかけが足りない。
「五十万エン」
ふとその時、誰かが値段を提示した。
声のした方に目をやると、そこには若干太り気味の貴族みたいな男が立っている。
「…………六十万エン」
気がつけば俺は、そう呟いていた。
奴隷商からも見えるように真上へと手を伸ばしながら。
やはり、どうしてもあの『女の子の獣耳』というものをもっと間近に体験してみたかったのだ。
そのためには初めに金額を提示した貴族の男に競り勝たなければいけない。
「百万」
案の定と言うべきか、貴族の男は値段を幾分か釣り上げつつ金額を提示してきた。
「百五十万」
俺も負けじと値段を釣り上げながら応戦する。
周りの人からの視線を感じつつも、俺は貴族の男との戦いを続けた。
「五百万」
気がつけば、俺と貴族の男の戦いは、以前回復魔法を使えるトルエを買ったときの値段にまでつり上がっていた。
今では俺たち二人のどちらかが金額を提示する毎に、周りにはどよめきが広がっていっている。
「っ五百五十万!」
どうやらさすがにここ辺りで貴族の男はきつくなってきたのか、少し顔を歪め始めだした。
……あとひと押し、か?
「六百万」
俺は、貴族の男に競り勝つことができそうだと、ホッと胸をなで下ろす。
俺の提示した金額に再び辺りが騒然となるが、特に気にしたりはしない。
「……ぐぅ……」
やはりここあたりが限界らしく、男は悔しそうに拳を握っている。
「い、い……」
その時、男が何やらをつぶやき始めた。
「一千万っっ!!」
かと思うといきなり、今までよりかなり釣り上げた金額を提示してくる。
男の形相から察するに、きっと必死なのだろう。
周りもその男の執念のようなものを感じたのか、それとも純粋に一千万という金額に驚いたのか、今日一番のどよめきが起こる。
「……はぁ」
俺は思わぬ出費に思わず溜息を吐く。
するとそれを見てきていた貴族の男が、こちらにニコッと笑いかけてくる。
「ま、まぁここまで金額が上がるとは思わなかったけど、いい体験が出来たよ。今度一緒に食事でも行ってみたいものだね……」
そしてそう話しかけながらこちらに近づいてくる。
きっと、大幅に金額を釣り上げたことで、自分が競り勝ったと思っているのだろう。
周りの人たちも、うんうん、と何やら頷いている。
だけど俺―――――――――まだ競り負けてないからな?
「一千五百万」
俺は少し笑みを浮かべ、はじめと同じように手を真上に伸ばしながら金額を提示した。
流石にこれ以上は貴族の男も諦めてくれるだろう、という少し大げさなほど金額を釣り上げてしまったきがするが、まぁいいだろう。
「……」
俺の目の前にまでやってきていた貴族の男は、ただ黙り込んでしまった。
よく見たら貴族の男だけでなく、他の皆も黙り込んでしまっている。
「で、では千五百万で決定ーーっ!!!」
少し経ってから、ようやく我にかえってくれたらしい奴隷商が、そう宣言する。
俺は、奴隷契約のための別室に移動することになり、その場から離れることになった。
別室に向かっている途中、俺は一人ずっとニヤニヤしていた。
ただ『女の子』の『獣耳』の触り心地を想像しながら―――。