現実が充実していない野郎ども
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「……はぁ、昨日は大変だったなぁ……」
俺はベッドから天井を見上げながらそう呟く。
あのあと、お風呂場にあった虫が、実は俺の仕業であるということが発覚し、色々とやり返された。
まぁ確かに俺の方が明らかに悪いのだが……。
「……今日はギルド行こう、かな」
結局昨日はギルドには行かなかったので、もしかしたら治療する人がたくさんいるかもしれない。
俺は、そう思うとベッドから立ち上がり、着替え始めた。
「……あれ、アウラは?」
着替え終わった俺が、いつもご飯を食べる部屋まで行くと、そこには料理を作っているリリィ、それと大人しく座っているトルエの二人だけがいた。
不思議に思い、座っているトルエに聞いてみる。
「えっと、ギルドに行ったよ……?」
すると、どこか目をそらしながらもトルエはそう教えてくれた。
「ふーん」
どうしてそんな余所余所しい態度なのかは分からないが、まぁ今はそんなことはいいだろう。
アウラの方もきっと早目にギルドに行って、治療をする準備でもしてくれているのかもしれない。
俺はそう一人納得すると椅子に座り、リリィの朝食ができるのを今か今かと待ち続けた。
「じゃあ俺は先行ってるから」
リリィ特製の朝食も食べ終わった俺は玄関から、まだ家の中に残っているリリィとトルエにそう伝える。
子供二人を残して先にいってしまう、というのもアレかもしれないが、トルエもいるし大丈夫だろう。
俺はそう思い、玄関の扉を開け、一人街へと向かった。
「あ、ネストちゃんじゃない。今日もがんばってねぇ」
「あ、ありがとうございますー」
街を歩いていると、途中で顔なじみのおばちゃんから声をかけられた。
適当に返事をしながら、俺は再びギルドへと歩き出す。
「……」
その、俺が歩きだそうとした瞬間、おばちゃんがいきなり近づいてきたかと思うと、まるで俺の足に自分の脚をかけるように、その脚を突き出してきた。
「―――え?」
当然俺が反応できる訳もなく、そのまま足に引っかかると「ブギャッ」という変な声をあげつつ、前に転んでしまう。
「ひ、ひーる……」
顔を地面にくっつけながら、俺はそう呟く。
「……」
俺は、ゆっくりと地面から立ち上がり、どうしてこんなことをしたのかおばちゃんに聞くべく、後ろを振り返る。
「……」
しかし、そこには当たり前というべきか、おばちゃんは既におらず、ただ冷たい風だけが吹いているだけだった。
「……うわっ、と……」
また、転んだ。
一体これで何回目だろうか。
もうすぐギルドに着きそうなのだが、ここに来るまでに恐らく十回以上脚をかけられているのだ。
もちろん俺だってそこまでやられたら、避けらそうなものだが、相手はなんと一人ではなく大人数できたりもするから困る。
さっきなんて五人同時にやってきて、三回も転ばされてしまった。
文句を言おうともしているのだが、皆はその瞬間に土煙を残したりしながら去っていくのだ。
「……はぁ」
一体全体どうして皆こんなことをしてくるのだろうか。
俺は少し憂鬱になりながら、だんだんと近づいてきたギルドへと目を向ける。
「……」
なんか今日治療をするのが嫌になってきた。
なぜなら先程から脚をかけたりしてくるのは、みんな一度以上は治療したことのある冒険者がほとんどだったからだ。
「……まぁ、良いか……」
しかし今日治療して欲しい人もいるだろうから、と思い、俺は目の前のギルドの扉をゆっくりと開けた。
「よし、今日も終わったぁ……」
ギルドでも何度か転ばされたりすることもあったが、無事にみんなを治療し終えることができた。
正直もう転ばせてくるのは諦めている。
これ以上周りに気を配ったりしたら、余計に疲れてしまうし、どうせ痛みも感じたりするわけでもないしな。
けど唯一気になるところと言えば、どうしていきなり皆がこんなことをしてくるようになったのか、である。
何か理由がなければ、こんなことにはならないだろう。
「……うーん」
そんな時、ふと依頼の紙が貼られているところが目に入った。
「……?」
その中で一つだけ、何やら目立つように貼られてある依頼書がある。
なんだろうと思い、その紙の目の前までやってくる。
『俺を転ばせて見やがれっ!現実が充実していない野郎どもっ! 依頼者――アネスト』
「……」
俺は、無言でその紙を破りとった。
……依頼者なんだから、いいよな?
因みに報酬など書かれていなかったということは、無料なのだろう。
「……はぁ、帰ろ」
俺は来たときと同じように、ゆっくりとギルドの扉を開け、来た時とは違って、その扉から外に出たのだった。
「……ここなら大丈夫、だよな?」
俺は今、帰り道の途中なのだが、今日は見晴らしのいい広場を通って帰ることにしている。
確かに少し遠回りになってしまうが、転ばされるよりは幾分かマシだと思い、この道を選んだのだ。
確かにあの誰か貼ったのか分からない依頼書は破っておいたが、その前に見ていた人、つまり現実が充実していない人たちが俺に脚をかけてくるかもしれない。
何をもってして、現実が充実しているのか判断するのかは分からないが、まぁ、こうしてくるということは、そういうことなのだろう。
しかしそんな相手でも、この見通しの良いところであれば、さすがの俺でも避けられる。
「……ん」
一度周りを見回すが、今のところは誰も居なさそうだ。
「―――ぇ?」
そんなことを思った瞬間、なんと俺は、転んでしまった。
しかし今見回した限りでは、誰もいなかったはず。
「っ!?」
治療することも忘れて、慌てて後ろを振り返る。
しかしそこには、誰もいない。
きっと物凄い足が早い人が居たんだな、と思い少し腹が立つ。
わざわざそこまでしなくてもいいだろ、と。
「……はぁ」
しかし、誰かにその怒りを伝えることもできず、下に顔をやりながら溜息を零す。
「…………あ」
俺はそこで、見てしまった。
地面に転がっている少しだけ大きい―――――石を。
そこは、今しがた俺が転んだ、ちょうどその場所だった。