06.下界の宿
「ジェシカ、すまない。巻き込んでしまって・・・。」
宿のベッドに横たわりながらメリルは自分の副官に頭を下げた。
「なにを謝っているのかわかりませんが、とにかく薬を塗りたいので背中を向けて下さい。」
ジェシカの言葉にメリルは体を俯せにすると彼女に背中をさらした。
ジェシカはメリル服の紐を解くと背中をあらわにする。
そこには無残に引きちぎられた翼の根元がギザギザの傷口となって深く抉れていた。
思わず目に涙が滲み出したが慌てて気を引き締めた。
「メ・・・メリル様、今から薬を塗りますので痛かったら言って下さい。」
「ああ頼む。」
ジェシカはそっと薬瓶の蓋を開けるとメリルの引きちぎられた翼の根元にそれを塗っていった。
時々痛みからかメリルの背中がビクンと跳ねた。
一旦塗り終わって薬が浸透したのを見届けるとジェシカは震える指で服の紐を元通りに締めた。
「メリル様、終わりました。」
「ありがとう。悪いが少し休む。」
うつ伏せのままジェシカに一声かけた。
「分かりました。何かあれば呼んで下さい。」
ジェシカは部屋の中に袋に入っていた魔法石で結界を張ると扉を閉めた。
ドアを閉めて通路に出ると張っていた気が緩んで涙がこぼれた。
こんな状態のメリル様を薄汚れた宿で治療らしい事も出来ずにいるなんて・・・。
「クリス。お願いだから早く私の所に来て頂戴。じゃないとあなたをキライになるから・・・。」
恋人に聞こえないはずの呟きがジェシカの口からこぼれていた。
そこに階段からガタガタと足音を立てながらこの宿のおかみさんが上がってきた。
ジェシカは涙を服の袖で拭うと階段を見た。
「どうだい?お連れさんの具合は?」
おかみさんは湯気が上がったスープとパンを持ってきてくれた。
「今は少し眠っています。」
「そうかい大変だったね。これは店の残りだけど何か食べたほうがいいからね。」
おかみさんはそう言うとジェシカにお盆を渡すとすぐに階段をガタガタと鳴らしながら降りていった。
ジェシカは宿のおかみさんが下に降りたのを確認してから部屋の中に戻った。
何もないテーブルに持ってきてくれたお盆を置く。
見ると横向きになってベッドに眠るメリルの姿があった。
ジェシカは二人分の食事をそれぞれ半分ほど毒見を兼ねて食べた。
味は素朴ながら空の城で食べた高級料理より、こちらの温かいスープの方が美味しく感じた。
しばらくするとメリルの目が覚めた。
ジェシカはベッドから起き上がったメリルの為に魔法石の結界を解除すると先程、宿のおかみさんが持って来てくれた食事をメリルに渡した。
メリルは黙って受け取ると黙々と食べ始めた。
全部完食するとそのまままたベッドに横になって眠り始めた。
ジェシカはお盆をテーブルに戻すともう一度魔法石の結界を展開して、今度は自分も深い眠りについた。