表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

act.もしかして……これってケミストリー?

あぁ…はい、お楽しみ頂けると幸いです。

 ―それは何の前触れもなく、触りもなく。

 当たり前だけど、鮮明な夢のお告げもなく、始まった―



 誰もいない教室、なんてことはない移動教室の時間だ。

 君は、なぜか、僕の方ばかりを見てきた。

 そんな視線は、やめてくれよ、僕だって君の事ばかりを見てたんだから。

 白色、教室セットの机と椅子が並ぶ教室。

 移動教室、この時間は確か、理科だったはずだ。

 理科は、僕にはイマイチよくわからない、化学記号とかよくわからない。

 でも、僕にとっては今の君の方がよくわからない。

 

 「ど、どうしたんですか…」


 とりあえず、(ホントに女性苦手なんです男子)的どもり方で声を掛ける。

 僕みたいな人間は、久しぶりの異性の視線はどうにも居心地が悪いんだ。

 ましてや、君みたいな純で埋められたみたいな黒髪を纏った深窓の令嬢なんて。

 居心地が悪い、なんてものじゃない、(自分の所在について検索を掛けたい)それくらいだ。

 なぜ、自分がここにいるのか、いていいのか。

 割と本気で、そう思ってしまっている、もう足なんか椅子から離れている。


 「どうした? え…別に…なんでもないけど?」


 尖った声が返ってくる、なのに表情はそれほど怒っているわけじゃない。

 それだけはわかる、だっていつも見ているから。

 あぁ、ダメだ、そんな風に心で思っちゃうと顔に出てしまう。

 僕のような、カバを放し飼いにしてしまってさらに汚れて帰ってきたみたいな

 不細工面を君に見せてはいけないのに、余計に淀んでしまう。

 あぁ、カバさん御免なさい、僕なんかと比べられてしまっては君は可哀そうな動物だ。

 

 「な、なんでもないなら、その……あんまり見ないでくれませんか」


 どことなく敬語テイストに無意識のうちになってしまった。

 しかも、ちょっとだけ(お前みたいな奴に見られたくねえんだよこの大根足が)

 みたいな語調になってしまったような気がする、大丈夫だろうか……。

 は…そんな事を考えている場合じゃあない…謝らないと。

 大根さん、ごめんなさい、貴方は決して太くありません、貴方はとても栄養価があるし

 何より、シルクより白い赤ん坊より白く美しい様相を呈しています。

 ホント、僕如きが、何を偉そうに…僕が何かを評価する? トンデモナァイ…。

 は…どうしよう、なんかちょっとふざけてる…。


 「は? 別にみてないんだけど? 自意識過剰じゃない? 早く行きなさいよ」


 鋭利な刃物のような言葉が僕を易々と貫いてゆく、きっと果物ナイフだろう、君だから。

 自意識過剰じゃない? と聞かれても、今の君は、どう考えても未だに、視線が僕を通っている。

 わざと横を向いてみた、すると君の表情も、自然に横へと傾いた。

 不思議だ…これは、アレだろうか、ケミストリーというものだろうか。

 理科の時間に丁度良いよねっ、さすが君だ。

 そんな風に、また適当な褒め言葉を君の頭上にずらりと並べていると。

 途端に、罪悪感が襲ってきた、いやいや、そもそも待って。

 僕が君を褒める? 有り得ない、其れは、有り得ない、そもそも。

 僕には褒められる部分がない、小学校の時のキャンプで何もクラスを手伝っていなかっただけなのに。

 通知表には『○○君は空気がとても読めて、落ち着きのある子供ですね』

 と書かれていたくらいだ、アレだって褒められているのかどうかわからない。

 僕はリーディングエアーなんぞになった覚えはない…。

 

 「そ、そう? ご、ごめんね…確かに自意識過剰だったよね」

 

 出来るだけ(話しかけた事自体を過去未来永劫有耶無耶にする)そのような口調

 (何もこの数分の間には起きていない)といった空気で、僕は君に返事する。

 返事しながら、そそくさと、理科の教材を机から出して、椅子に置いてから手に持って。

 それから、教材を両手に抱えて、教室から出ようとした。

 すると、又しても、何かが僕を貫いた。


 「ちょっと…何なのよ…置いていくわけ? 鍵は?」


 なぜか、君は、又しても怒っている、僕は君と同じ場所、時間(それも分単位)を共有したってだけ。

 それだけなのに、なんで君は僕が同じ場所から抜け出しただけなのに怒っているの?

 しかも、怒声を出しながら、素早く鍵を閉めて教室から出てくるし。

 教室から出てきた君は、何気なく僕の隣に来ている。

 え、いやいや……この状況は、理解できない、本当にわからない。

 そもそも、なぜ君はさっきから僕と居るのだろう、そこからわからない。

 君の様な全国民の煩悩を虜にするようなシルクの少女は、僕と居ていいはずがない。

 その声は、音楽教師さえ憧憬の眼差しで見つめ、その容貌は、美術教師が参考にする。

 そんな彼女が、僕の横にいる? この状況、きっと一瞬でも忘れない、主に脳内ハードディスクに。

 

 「え、え、え、? 鍵? ん? オイテイク? ん? バルサミコソース?」


 おっと…声が全くどもっていない、尚且つオーケストラ奏者が聞けば

 さぞかしコーラスにと手放しに招待してくれる程の滑舌で、意味不明の単語をリピート

 ちなみにサラダに入れるとすれば、バルサミコソース、語呂がいいから。

 君は、僕の言葉を聞きながら、は? イミワカンナイとギャルが言いそうなセリフナンバーワンに

 入りそうなセリフを吐きながら、僕に荷物を押し付けてくる…ま、まぁいいけどね、

 君の為に無駄に鍛えたこの筋肉がようやく能力を発揮するという物だ…。

 て、君の事しか頭にないのか僕は、気味が悪いな……白身派だからいいか……。

 そういう問題じゃ、ないヨネ!? 自分に自分をツッコミながら、君の荷物を持つ為に

 一度床に置いて、もう一度両手教材スペース(自称)に再装填し直す。


 「ばるさ…何それ…。はぁ……何それ…ま、いいけど」


 持ち直してる間に、君は、足早に一人で理科教室へ行くか…⁉ と思ったら。

 なぜか立ち止まっている、僕を待っている…? なぜだろう。

 ま、いいけど。まぁいいならいいじゃないか、さっさと行けばいいのに。

 て、可笑しい…なぜ僕が君に悪態を吐いているのだろう、この僕が…。

 僕なんか(動物園のナマケモノに似てるよね―って言われながら石ころぶつけられて餓死すればいい)

 存在だというのに……。

 普段より二倍重い荷物を持ちながら頭をもやもやさせている僕を尻目に。

 僕が持ち直したことを確認したとわかる視線を送ってから、君は僕の歩幅に合わせて

 二人で理科教室へ進む、RPGの様に。

 いや、RPGならば僕は多分(後ろで寂寥と哀愁を漂わせている棺桶)だろう…?

 なぜ、生きて動いているのか…わからない、教会までは遠いというのに。

 どこか僕の風景が君と歩くことによって色づいている気がした。

 教室と教室の間に置かれている机に置かれている鉛筆削りと黒板消しクリーナーにも。

 廊下中を覆い包みこんでいる窓ガラスにも。

 何より、君の澄みに澄み切っている冴えに冴え切っている、この世の

 黒と白の境界線さえ易々と越えてしまう程に見惚れてしまう黒髪が余計に、

 艶やかに見えた、艶やかに。

 

 「何見てんのよ、何見てる訳? 前歩きなさいよ、前さえ見えないワケ?」


 はっ!!! つ、つい君の存在が幻の様に視えてしまって君の存在が横に在る事を

 忘れてしまって、いつもの調子で遠い遠い万華鏡を見つめる様に、君の事を見てしまった。

 気持ち悪いと責められる、死ねばいいのにと罵られる。

 過多する放送コードアウトの言葉……違う方面では需要がありそうな言葉責め……。

 ど、どうしよう…君に言われる事を想像すると。

 果てない妄想が、僕に煩悩を訴えてくる……目の前に君がいるっていうのに。

 近くに居ても、やっぱり僕の中で君は夢の中のお姫様の様な存在だ。

 手を伸ばしても…とどか・・・とどか・・・く⁉⁉


 「え……? 熱? え? 熱?」


 よくわからない高熱が発せられるなぁ、熱い…常夏だ…と思い

 教材を持っているはずの両手が一方、離れている事に気付く。

 横へ視線を外すと、君と僕とが手を繋いでいた。

 君と僕とが手を繋いでいた? ん? 多分、此れは夢を見ているんだ。

 きっとそうだ、僕は今、現実と夢と妄想の中で蠢いている不確かな存在なんだ。

 そんな小説を読んだ事がある…とここまでを思ったけど。

 やっぱり僕は君と手を繋いでいた。

 しかも、半分君は僕の荷物を持ってくれていた、いやまぁ。

 半分だから、君は君の荷物を持っただけなんだろうけど。

 

 「熱? あぁ…握ってよかった?」


 何でもない事よ。

 そんな風な感じで、少しだけ頬を染めながら、君は僕の手を引いてゆく。

 正直、嬉しかった、なんで僕に君がこんなことをしてくれるのって思った。

 小学生並の感想が、頭を埋めていく。

 だって、本当に、いっぱいいっぱいだったんだ。

 君が隣にいるっていうだけで幻の様で夢、みたいだったから。

 道程は、もう終わる、理科教室は案外近いんだ。

 僕は君に、何も返事を返せずにいた。

 何も言えなかった、何か言うと、君の手が離れてしまいそうで……。

 留めておきたかったんだ、この時間を、永遠じゃないこの時間を。

 気持ち悪いね、気味が悪いね、本当にそう思うよ。

 君と熱を交換している間、僕は色んなことを思ってた。

 君に伝えたい事がいっぱいあるんだ、君から聞きたい事がいっぱいあるんだ。

 どれもどれも、パッと思いつきそうなことばかりで。

 取り留める必要もないものだらけで。

 でも、そんな小学生みたいな想いが今想える精一杯の事。

 頭を占めるは、こんな状況においても、どうせ幻だよと囁き掛けるもう一人の僕。

 幻でも、いいや。

 そうとさえ、思えた。

 目線の先に理科教室を示す教室プレートが目に入って。

 何も言えないままに君の手が、僕から離れようとしていた。

 

 「うん……」


 拙く遅れに遅れた返事を返して、僕らは理科教室に入って。

 手を離した。

 そっけない君は、いつも通りの君で、なんだか安心した。

 多分、ほんの少しの夢だろう、ほんの少しの幻想だろう。

 そう思って僕は一人で大机の一端に陣とって筆記用具の入ったポーチを開いた。

 すると、一通の簡素な紙が入っていた。

 その紙には、【。】を含めたたったの四文字が書かれていた。


 〈またね。〉


 この、またね。を信じて、僕はこれからの人生を生きていくのかな。

 そんな事を思って、僕は科学を紐解いた。

お楽しみ頂けたなら幸せです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ