第七話
「切れちゃった……と言うより、切られちゃった、わね」
成美は何度か画面を更新して、亜衣が再び現れるのを待ったが、とうとう諦めた。
「うーむううう」
美沙は両手で抱えた頭を床に押し付けて唸っている。
「何なんだよ一体、全然わけわかんねえ」
幸秀はただでさえ狭い部屋の中で、憚ることなく大の字に体を投げ出した。
蓮は、ただ口を半開きにして呆けていた。
しばらくして成美が立ち上がり、コンロで湯を沸かしはじめた。何も言わず、ただじっと立ったまま、ヤカンを見つめている。湯が湧くと、カップを揃えてインスタントコーヒーを四つ淹れ、ちゃぶ台にそっと置いた。
「一服しましょう。少し休憩して、気分を落ちつけて、それから今後のことを相談しましょう」
四人はちゃぶ台を囲って座り、各々コーヒーの入ったカップを手にした。
ふうふうと息を吹きかける音、ずるずるとコーヒーをすする音が部屋中に充満する。空気が重い。
沈黙に耐えかねたのか、幸秀はいち早くコーヒーを飲み終えると勢いよく立ちあがった。
「ちょっと外の空気吸ってくるわ。ついでに何か買い出ししようかと思うけど、リクエストあるか?」
「雪見大福う。それと、チョコ類ならなんでも」
美沙の注文に了解、と短く応えると、幸秀は出て行った。ドアを開けた瞬間、冷え切った外気が狭い部屋に流れ込み、体内に蓄積された疲労感を刺激する。
「寒うう。ここにいるとわからないけど、外はかなり冷え込んでるっすね。小さいわりに断熱効果がしっかりしてるこのアパートに、ちょっと感動っす」
「美沙ちゃんは元気ねえ。食欲もあるみたいだし」
成美が感心したように少し笑った。
「うぃっす。まだまだこれからひと勝負もふた勝負もあるすから、血の巡りを良くするために、糖分補給は欠かせないっす」
「そうね、くよくよしてても仕方ないわね。前を向かないと」
「出鼻をくじくようで申し訳ないすけど、ちょっと後ろを向いてもいいっすか?」
「あらら」
「どうも腑に落ちないんすよ。亜衣さんいきなり落ちちゃって」
「そうよね。上手くいきそうな雰囲気だなって、私思ってたもの」
「最後に言葉を交わしたカレシさん、その辺りどういう感想を――って、いいかげんしゃきっとしてほしいっす」
美沙の軽いチョップが蓮の頭を直撃した。
「あ、ごめん。もう大丈夫だから」呆け続けていた蓮はようやく我に返った。
「で、カレシさんは、亜衣さんの言葉、どう思いましたか?」
「『ごめんなさい、どうか、桃子を助けてあげてね』って言われた……その時、僕は何を言われているかまったく理解できないって気分だったけど、今思い出すと、やっぱり言葉通りの意味に取るしかないのかと」
「言葉通りと言うと、力になれなくて『ごめんなさい』、『どうか』蓮くんが頑張って『桃子を助けてあげてね』みたいな意味?」
成美の問いに、蓮は黙って頷いた。
「それって、やっぱり『もうこれでお終い。あとはそっちで勝手にやって』ってことなのかしら……」
「うーむ。確かにそういう意味にとれるっすね。でも実はじぶん、その直前のセリフの方が気になってるっす」
美沙に言われて、蓮は記憶を探ってみた。
「えっと……『君はホントにどうしようもないね』だったかな。なんだか自分で言ってて落ち込みそうだけど」
「そうそう、それっす。それを聞いて、じぶん、亜衣さん攻略成功! と、一瞬ぬかよろこびしたっす」
「どういうこと?」
成美が首を傾げた。
「亜衣さんの構成要素って、クールでマイペースが二割、知識欲が五割、面倒見の良さが三割くらいだと思うんす。面倒見が良くなければ、センパイやじぶんたちに、根気よくオーディション情報をくれたりしなかったはずっす。あんな手間がかかるだけで、何の得にもならないこと、普通は続かないす」
「まあ、それはそうね」
「カレシさんはテンションが上がると『桃子さんが好きだー。でも僕は無力だー』って、猛烈にアピールする恥ずかしいキャラですから、上手くいけば亜衣さんのそういう、オロオロした人を見ると放っておけない面倒見の良い性分を、ピンポイントで刺激してくれるんじゃないかなーと期待してたわけっす。だから『どうしようもないね』と亜衣さんが言った時は、やった、ハートをがっちり掴んだ、と思ったんすけど……その後の展開は予想外でした」
ぷっと、成美が軽く吹き出した。
美沙の深読みには感心するばかりだが、冷静に振り返られるとさすがに顔から火が出そうになる。そんな蓮の様子を見て、美沙は面白がっているのか、調子に乗ってさらに続けた。
「じぶんの目論見では、そのまま接続が継続して、いろいろ含むところはあるのかもしれないけど、少なくとも〝蓮くん〟にだけは心を開いて、色々と情報やら作戦やらを教えてくれるはずだったっす。で、軌道に乗ったところで、〝蓮くん〟にはちょいとひと働きしてしてもらおうと思ってたっす」
「ひと働き?」
「これっす」
美沙はジャージのポケットから携帯を取り出して、高々と掲げた。
「亜衣さんの携帯番号を聞き出すの計、っす。これさえ入手すれば、もう高額チャットともサヨナラで、今頃はこの携帯でじっくりと連絡を――ありゃ?」
美沙が訝しげに、手の中の携帯を見つめた。
着信を知らせる細かな振動音と、ディスプレイの点滅。
「うーむ、知らない番号からっす」
美沙は少し迷った挙句、通話ボタンを押した。
「もしもーし」
そのまま少し黙る美沙。そしてもう一度繰り返した。
「もしもーし」
やがて、のっぺらぼうのようだった美沙の顔が、少しずつ緩み、赤みを帯びてきた。
「もしかして、亜衣さん、っすか? ですよね、亜衣さんですよね?」
美沙が蓮に向かって大きく頷くいた。途端に成美が飛び跳ねるように小躍りした。
「よかったね、よかったね」と何度も成美に揺すられながら、蓮は思わず呟いた。
「美沙ちゃんって、やっぱり女神さまだ」
(「三 パピヨンの憂鬱」終了。次回から「四」なんですが、タイトルが決まりません)
お読みいただきありがとうございます。
次回から蓮編の第四章なのですが、投稿は少し時間がかかると思います。
のんびりですみませんが、それでもそろそろ終わりに近くなってきております。
今後もよろしくお願いいたします。




