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犬の肉球ブログ  作者: おのゆーき
【蓮編】 三 パピヨンの憂鬱
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第六話・その一

【お久しぶりです。もちろん覚えてますよ。

 春から東京なんですね。びっくりです。

 そうですね、機会があれば、是非お会いしましょう。アイも誘ったら喜ぶかもしれ  ません。また連絡くださいね。TOKO】



「……フレンドリーなお返事すね」

「そうだな、フレンドリーだ」

「僕もフレンドリーだと思う」

「当たり障りのない社交辞令でお茶を濁しているように見えなくもないけど、フレンドリーではあるわね」


 四人の見解が一致し、どうやらこのコメントを書いたブログの主は偽者くさい、という結論に至った。

 美沙の推測が当たったということになるが、喜ぶものでもない。未だに桃子の所在も行方も一切不明のままであって、加えて誰かが桃子に成り済まし、勝手にブログを更新しているのならば、いよいよもって事態の深刻さというものが現実味を帯びてきた。


 蓮はパソコンのディスプレイに映る〝偽桃子〟のコメントを何度も読み返した。

 これを書いているのは何者なのか、桃子は何処にいるのか。いくら読んでもこの短く、これといって特徴のない文章からは何一つ手掛かりになるものは見つからない。それでも、蓮はディスプレイから目を離すことができずにいた。


「カレシさん、落ち着くっす」美沙がなだめるように言いつつ、パソコンを手元に引き寄せて、蓮の視界から奪い去った。

「このブログのセンパイが偽者だと断定するのは早いのかも知れないすけど、とりあえすはそれ前提で、亜衣さんに報告&ラブコールっすね。とても残念至極すが、まだセンパイの居場所を探す手がかりも見つかってない以上、今やれることは、それくらいかと。というわけで、なるネェメールよろしくっす」

 成美は言われるままに、亜衣ことパピヨン宛てにメールを送信した。


「これで、あとは亜衣ちゃんからのリアクション待ち、ということになるのかしら」

「じぶんとしてはそう思ってるっす。亜衣さんもこのブログ主が偽者だと納得すれば、協力してくれるかもしれないっす」

「でもよ、みっさー、亜衣さんが協力してくれれば、それで万事解決、桃子さんも見つかるってことになるのか?」

 幸秀がいま一つ腑に落ちないというか、物足りないと言いたげな顔つきで尋ねた。

「そこまで安直には考えてないっす。それでも亜衣さんが動いてくれれば、強力な助っ人になってくれること請け合いっす」

「そりゃそうかもしれんけど、どうもじっと待っているだけ、というのは性に合わないんだよな。この時間を使って他にやっておくべきことはないのか?」

 幸秀は凝りを解すように、肩と首をぐりぐりと回し始めた。どうやら少々退屈気味ということらしい。

「やることがあれば、提案するなり即実行するなりご自由にどうぞ」

 美沙が突き放したように言う。幸秀は虚をつかれたように動きを止め、それから苦笑交じりに頭を掻いて黙った。


 蓮も己を恥じた。桃子を見つけなければと、必死になっているという自覚はありながらも、何一つ手だてが思いつかない。それどころか、美沙を頼り、美沙があてにしている亜衣に期待し、ひたすら指示待ちに終始していることに、いつの間にか慣れてしまっている、無力で愚かな自分自身。


 悔しさのあまり握りしめた拳に、そっと手を重ねてきたのは美沙だった。

「気負わないで、カレシさん。今は力を抜いて待つっす。さっきも言ったすが、もうすぐ出番がきっとあるっす」

「美沙ちゃん……」

「みっさー、でいいっす。というわけで、リラックスのために、ヒデにぃとなるネェが熱いコーヒー淹れてくれるそうですから、それ飲んで今は待機っす」

 成美は眉を八の字にして微笑みながら、幸秀は「やれやれ、インスタントしかないぞ」と呟きながら、やはり笑ってキッチンに立った。


     *


 亜衣からのリアクションは存外早かった。

 成美がチャットサイトにあるメールサービスを使って、彼女のハンドルネームである「パピヨン」宛てにメールを送信してから、一時間足らずのうちに返事が届いていた。

 ただ、内容はただひと言、「三十分後に待つ」だけだった。またチャットに来いということだ。


 少し余裕を見計らって、二十分後、チャットサイトにログインする。操作は基本的に成美が担当することで、いつの間にか定着している。したがってパソコンの正面には成美、その右側には美沙が、左側には蓮が座ってデイスプレイに注目している。幸秀は後方をうろうろしながら、時折成美の左右の肩越しから覗きこんでいた。


 パピヨンの姿はまだ見当たらない。

 時刻はもうすぐ午後十時になろうとしていた。

「なあ蓮、少し考えてみたんだけど」成美の後ろで、人差指で下唇を軽くつつきながら、幸秀が声をかけた。「亜衣さんとこうやって連絡を取っている間にさ、あのブログにちょっと書き込んだりして、向こうの反応をみるって、ありかな」

「うーん、どうだろう。たとえば何て書く?」

「それが思いつかないから困ってるんだよなー。『お前は偽者だろう、本物の桃子さん出せ』って正面から喧嘩売るのはさすがにまずいだろ。それとなく遠まわしに『俺たちにはばれてるぜ』って伝わるような……」


「今はまずいっすね――」美沙が聞きつけて話に割り込んできた。

「――仮に、偽者さんの存在がセンパイの悪戯か何かによるものなら、喧嘩売っても暴れてもOKっすけど、何がどうなっているのかわからない今はまずいっす。むしろ、向こうに警戒心を抱かせない方が得策だと思うっす」

「やっぱりそうだよなあ。いや、俺もそうは思うんだけど、どうもまどろっこしいというか。何か、突破口を開けるようなきっかけってないのかなあ、なんて考えててさ」

「それは僕もそう思うよ。『偽者だろう』と直球勝負に出るのはちょっとアレだけど、例えばこのまま桃子さんの元彼を装ってやり取りを続けて、それとなくカマをかけて、居場所の手掛かりを探るとか、実際に会う約束を取り付けてみるとかね。けど、美沙ちゃんの言う通り、今それをやるのは博打みたいなもののような気がする。ブログなんて、相手が黙りこんだり、コメント書き込み禁止したりしたらそれで終わりだし」


「ふーん」と、美沙は蓮と幸秀の顔を交互に見た。「では、男子組に宿題いいっすか。このまま元彼のふりして、今後どういうやり取りをしていくか、次のコメント考えておいてほしいっす」

「え、本当にやるの?」

「いざというときの保険で。亜衣さんがまったく協力してくれないようなら、それで今の取り組みは手詰まりっす。そしたら賭けでも博打でもやるしかないっす。これからの亜衣さんとのお話し次第では、明日ブログに元彼コメント追加するつもりでお願いするっす」

「お、おう。承知したぜ」

 そんなやり取りは、成美の「来たわ」という小さな一声で打ち切られた。


 ディスプレイには、昨日とほとんど変わらないスウェットを着た、亜衣の首から下の姿があった。

 成美は早速入室する。操作も慣れたもので、早い。

 亜衣は相変わらずぶっきらぼうで、ひと言も発することなく、昨日同様に2ショット・双方向モードを要求してきた。

 今日はカメラやマイクも既に準備している。成美はそのままモードを変更した。


「亜衣さん、こんばんはっす」

 まず美沙が声をかけた。

『おう』と亜衣は短く返事をし、少し間を置いてから続けた。

『昨日と同じ面子だね』

 と確認してから、亜衣はカメラの位置を調整して、顔を見せた。

 昨日とだいたい同じような構図で映っているが、今日の亜衣はメガネをかけていた。それから彼女の両脇には、昨日は映っていなかった小さめのノートパソコンと、タブレット端末らしき物が置いてある。タブレットの画面は真っ黒なので、おそらく電源は入っていない。ノートは開いているが、使用中であるかどうかは、ここからはわからなかった。


『で、今日は何の用かな』

 予め成美がメールを送って、それに返信してログインの時間まで指定しておきながら、亜衣はしれっと言った。

「今日も手強そうだな、このねーちゃん」

 幸秀が、マイクに拾われないように、こっそりと蓮に耳打ちする。


 確かに亜衣は昨日と同じように無表情を決め込んでいるように見える。が、どこかが違う、と蓮の眼には映った。それは微かなもので、蓮自身の勘違いかもしれないし、単に亜衣の機嫌の問題でそう感じるのかもしれない。何がどう違うのか、と問われれば、明確に指摘する自信もない。

 強いて言えば、表情が硬い、程度の印象だった。


「まずはお礼を言うわね。今日も会ってくれてありがとう」

 成美がマイクに向かって話す。その口ぶりから少し緊張気味なのがわかる。互いに少し身構えているせいで、亜衣の表情が固く見えるのかもしれないと、蓮は思いなおしてみたが、それとはどうもニュアンスが違うような気もする。少なくとも、緊張している、という表現が合っているのはこちら側の四人、いや三人だけのようだ。

 こちら側で唯一緊張していない人物が話を進めていく。

「あいー、成るネエがコチコチなので、元々ネタ振ったじぶんがお話しするっす。先ほど送ったメールの件ですう。亜衣さん、読んでいただけたっすか?」


 美沙ののんきな口調に気が抜けたのか、亜衣は一旦俯いてふう、と小さく息を吐き出してから正面に向き直った。

『読んだよ。案外早く返事が来たな』

「ずばり、じぶんたちはあのブログを書いているのは偽者だと思うっす。亜衣さんはどうですか? ずばり言ってほしいっす」

『ずばり、ねえ……』

 と呟いたきり、亜衣は黙ってしまった。そればかりか、両目を閉じて腕組して、そのまま微動だにしない。


 しびれを切らした成美が口を開こうとすると、美沙が慌てて右手で成美の口を塞いだ。

「亜衣さん、何がしかを長考中なので、もうしばらく静かに待つっす」

 と囁くと、成美は黙って頷いた。

 そのまましばらく沈黙が続く。


 幸秀がもう我慢の限界だ、と言わんばかりに、成美の後方で自分の首を締めるような仕草を始めた。

 美沙は少しむっとした表情で幸秀を睨んだが、特に効果はなかった。見かねた蓮が軽く裏拳で突っ込みを入れると、幸秀はわざとらしく「ごほっ」と咳き込んだ。

 ちっ、という軽い舌打ちの音が成美から発せられると、ようやく幸秀も大人しくなる。


「あ」と美沙は小さく吐息のような声を漏らして、何かを思いついたように、パソコンをいじり始めた。数秒と経たないうちに、「ふうう」と大きくため息をついた。

「一旦マイク切りましたっす。今こちらの声は亜衣さんに届かないっす」

 美沙が言い終わると同時に全員が一斉に虚脱したようにその場に崩れた。



(その二につづく)



お読みいただきありがとうございます。

前回より少し間が開いてしまいました。今回が「その一」、つまり途中なので「その二」は早めに投稿したいところですが、諸事情により一か月後くらいになりそうです。しかも、一か月後ってGWと重なってくるので、実際は連休明けになるかもしれません。

こんな感じですが、どうかよろしくお願いいたします。


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