表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犬の肉球ブログ  作者: おのゆーき
【蓮編】 三 パピヨンの憂鬱
53/56

第五話

 亜衣からようやく「ヒデジロウ」宛てにメールが届いたのは、午後四時を少し過ぎた頃だった。どのみち全員徹夜で午前中は使い物にならなかったし、成美は仕事、美沙は学校へ行ったので、四人が再び幸秀の部屋に揃うのは夕方を過ぎてからになった。


 制服姿のまま現れた美沙を見て幸秀は小躍りしかけたが、美沙は何の反応を示すこともなく、トイレを借りてさっさとジャージに着替えてしまった。項垂れる幸秀の後頭部を成美が思い切り叩く。

 そんな短いやり取りの後、全員で亜衣から届いたメールを確認した。


 桃子の元彼のことが簡単に書いてある。年齢は桃子より三つ上で、二人は野球部のOBとマネージャーという間柄だったことや、付き合ったきっかけや別れ方など、桃子の過去の、おそらく他人にはあまり知られたくないであろう情報がいくつか含まれていた。

 後ろめたさと抑えようのない好奇心とが蓮の胸をかき乱した。


 驚いたことに、その男の近況まで書いてあった。

 この半日足らずの間に調べたのか、もともと知っていたのかは不明だが、桃子を探すのに亜衣は不可欠だということを、改めて思い知らされた。それによると、男は現在も仙台在住で地元の大学四年だが、就職先は東京の企業に内定しているらしい。

 春から上京するので久しぶりに会わないか、という趣旨のコメントを書け、ブログの事は自分から教えてもらったことにすればいい――そんな助言で亜衣からのメールは締めくくられていた。


「おおまかなプロフィールは把握したけど、性格とか文章の癖とかについては何も書いてないわ。これではこの人になりすますなんて、無理じゃないかしら」

 訝しむ成美に、美沙が平然と回答をかぶせてくる。

「事実関係に矛盾がなければ、当人のキャラはどうでもいいっす。センパイが本物ならそこを看破するし、偽者なら元彼がどういう人かなんて知らないはずっすから、気にしなくていいっす」

「そうね、言われてみれば確かにそんな気がするわ」

 成美の同意を受け、では早速――と、美沙はノートパソコンを幸秀の前に差し出した。


「お、俺が書くのかよ?」

 幸秀は全く予期していなかったようで、彼にしては珍しくうろたえた。

「あいー。やっぱり書くのは同性がいいと思うっす。でも、これをカレシさんに書かせるのは、じぶんとしては気が引けるっす。つまり、残るはヒデにぃだけ」

「う」幸秀はぐうの音も出ない。

「お、おうよ。その理屈はわかるけど、一体何をどう書けばいいんだよ。それに俺はパソコンとかキーボードとか、苦手だぞ」

「では、相談役としてなるネェ付けます」

「な、なんで私が――」

「元彼の年齢に一番近いのでアドバイスできるかと。それにこの中では一番キーボードに慣れてるっす。ヒデにぃに操作を教えてもいいし、面倒ならヒデにぃに口述させて、それをなるネェが打てばいいっす」

 昨夜と同様、美沙が場を取り仕切り、強引に物事を進めていく構造が一瞬にして出来あがった。


「じゃ、そういうことでよろしくっす」

 美沙は二人の返事も聞かずにその場を離れ、勝手に幸秀の冷蔵庫を開けて物色を始めた。

「あのー、僕は?」

 何もすることがない蓮は、つい美沙に指示を仰いでしまった。

「カレシさんの出番はもっと先っす。今はおとなしく休憩っす」

「でも、じっとしてるのも落ち着かないし……」

「では、こっちに来て一緒にお茶淹れるっす。それが終わったら、夕飯の買い出しも手伝ってほしいっす」


 美沙はゆっくり微笑んだ。

 輝く黒髪と雪のように白い肌が作り出すその表情は妙に印象的で、しばらく蓮の頭から離れなかった。こんな場所、こんな状況には場違いと感じる一方、その笑顔と小さな口から発せられた言葉に癒される自分自身をも自覚せずにはおれない。


     *


「こんな感じでどうよ」

 達成感に満ち足りた表情の幸秀と、傍らで若干憔悴したように見える成美。

「自慢できるようなことじゃないっす。こんなの五分や十分でやってほしいっす!」

 と、美沙は憮然としている。二人が作業を始めてから、既に二時間近くが経過していた。



【久しぶりだけど、覚えてるかな?

 このブログはTOKOの友達のアイから教えてもらったんだ。

 実は、俺も春から東京で暮らすことになった。来月には引っ越すから、久しぶりに会って飲みにでも行かないか?

 昔は色々あったけど、あれから随分時間も経ったことだし、お互い水に流して近況報告とか、懐かしい話とかしよう。

 細かいことはまた連絡するから、これ読んだらコメントよろしく~】



 読んだ後も無言のままの美沙に向かって幸秀が口を開いた。

「どうだ、必要なことは全部含まれてるし、何と言ってもポイントは最後の『コメントよろしく~』だ。こうして催促しておくと、返事がもらえる確率が高くなるだろ」

「そこはきっと、なるネェのアイデアっすね」

 幸秀が反論しないところを見ると、どうやら図星らしい。


「なにげにわざとらしくて、頭悪そうな人物像が浮かぶコメントっすね。まあ、丁寧に推敲してもかえってリアリティを失うからこれでいくっすか」

「よし送信だ、成美さん頼んだぜ!」

「もう、わかったわよ」

 成美がタッチパッドの上で指を滑らせ、ディスプレイ上のカーソルが送信ボタンと重なると、カチカチと小刻みなクリック音とともに、コメントが送信された。

「あとはセンパイからの返事待ちっす。一応、このコメントを亜衣さんにも送っておくっす。そしたらご飯にするっす」



 蓮と美沙がコンビニで買ってきたおにぎりやパンに、インスタントのスープで体を温める。

 味気ない夕食の後は、ブログ『犬の肉球』にコメントの返事が載るのを待つ以外やることがなく、成美は徹夜明けの疲れもあって毛布にくるまって仮眠をとり、美沙はテレビの前で膝を抱えてバラエティ番組を見るともなしに眺めている。幸秀は他の人の迷惑にならないよう、壁際で静かに鉄アレイを使って上腕二頭筋を鍛え、蓮はひたすらパソコンをチェックする。


「カレシさん、そんなにパソコンをガン見しても、来るときは来るし、来ないときは来ないっす」

 美沙はテレビに視線を向けたまま、呟くように話しかけてきた。

「うん、それはそうなんだけど……」

「コメントなんて明日かもしれないし、三日後かもしれないし、結局反応無しで終わっちゃうかもっす。そうしたらまた別の作戦考えないといけないっす。今必要なのは、疲れないことっす」

「わかってはいるつもりなんだけどね。何と言うか、気になっちゃって」

「では、交代します。カレシさん、目が充血してるっす」

 美沙は強引にパソコンを蓮から奪い取った。


 どうも世の中には運が強いというか、巡り合わせが良いというか、物事の肝心な場面に絶妙なタイミングで必ず居合わせる人物というのは存在するらしい。当人の力で事態を引き起こしているわけではないが、傍からはあたかもそう見えてしまう。

 それが女性であれば、「幸運の女神」という表現が良く似合うだろう。

 蓮からパソコンを奪ってから僅か数分で事態は動いた。


「うぅぃーっす。みんな集合ーっす。元彼宛てにコメントの返事きたっすよー」

 のんびりした美沙の声が部屋中に響いた。

 昨夜、亜衣を見つけたのも彼女だった。美沙という人物は、蓮にとってまさに幸運の女神なのかもしれない。



(第六話につづく)



お読みいただきありがとうございます。

今年最初の投稿です。今年もよろしくお願いいたします。

この章は長めですので、もうしばらく続きます^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ