第三話
お互いにカメラとマイクがあると、格段に話しやすくなるということは、蓮にもすぐ理解できた。しかし、だからといって話が良い方向に進むとは限らない。
亜衣は実にそっけなく、また非協力的に見えた。
曰く、桃子の近況も、引っ越し先も知らない。ミーナという存在は覚えているが、調子に乗ってブログにちょっかい出す程度の奴だ。エロ写真ばらまき犯とミーナが同一人物だとは考えていない――おおむねこんな調子だった。
「じゃあ、窓ガラスの件は? ミーナは予告のようなコメントを書いて、その通りのタイミングでやられてるのよ」成美は亜衣の態度にかなりイラついているようだった。
『それは私は見ていないから、なんとも言えないな。事実そうだったのなら、成美の言う通りかもしれないが、それについて私がどうこう言うつもりはないよ。憶測で物事を判断するのは嫌なんだ』
成美は唇を噛んだ。その時のミーナの予告めいたコメントは既に削除されており、蓮も読んだことがない。
『情報収集が目的なら、私が知っていることはもうないな。そろそろ終わるか』
「待って、現実に今、桃子ちゃんとどうやっても連絡がつかないのよ。これはどう考えてもおかしいとは思わない?」
『……それを私に聞くのか?』
「聞いてみたいっす。センパイのことじゃなくて、亜衣さんの場合」突然美沙が割り込んだ。「亜衣さんはどうして急に連絡つかなくしたんすか? この前のセンパイとの喧嘩が原因すか?」
『……話したくないな。でも、あんたらが納得するかどうかは別にして、私なりの理由ってものはある。だから、桃子の場合も何か理由があって連絡を絶ったんじゃないのか』
「なるほどー。亜衣さんはそう考えるわけっすね。センパイは今、普通に元気で、音信不通なのはセンパイの意志ってことっすね」
『まあ、そう解釈してもらってもいいよ』
「そう考える根拠はなんすか?」
『美沙も食い下がるね――ブログ、更新されたんだろ。桃子が書いたってことだ』
「亜衣さんは、そのブログ見たっすか?」
『見てないよ。今初めて聞いたんだから――なに、見てもいないのに憶測で話してるって、上げ足とるつもりか?』
「まさかー。じゃ、じぶんは一旦引き下がります。あとでまた質問しますから、まだ落ちないでほしいっす。誰か交代っす」
美沙は勝手にそう言ってパソコンを離れ、バッグの中に手を突っ込んで何かを探し始めた。
残った三人は顔を見合わせた。成美はもう話しが尽きた。幸秀に何か話せというのも酷だ。残ったのは蓮だけだ。しかし蓮もこれ以上何を話せばいいかわからない。知っていることは成美と美沙が全部亜衣に伝えた。
『他に何もないなら、もう寝るよ。少し空が明るくなってきたよ』
「あ、待って」思わず蓮は叫んだ。
『……蓮くん、だっけ。あんたが桃子の彼氏ねえ……』
「あ、うん、一応そのつもりだけど」
亜衣はじーっと蓮の顔を見ているようだった。カメラ越しに自分の顔がどんなふうに写っているのだろう、なんて不毛なことが頭に浮かぶ。
『随分控え目な人だね。でも少し雰囲気似てるかな』
「似てるって、誰に?」
『桃子の元彼――高校の時のね』
思いがけない話が出た。桃子の高校時代のことは何も知らなかった。彼氏がいたことも。もちろん、いても不思議ではないが、こうして昔のことを知っている人物に値踏みされ、比較されるのは心地いいとは言えない。
『そっくりってわけじゃないよ。目元が少しだけ、くらいかな。性格の方は真逆かもね。口先だけのいい加減な奴だったから』
「……亜衣さんは、高校の時から桃子さんを知ってるんだよね」
『そうだよ』
「僕は……何も知らないんだ」
『…………』
「知り合ってから日も浅いし、昔の話を聞いたこともない。桃子さんのことを大切に思っているし、好きだ、という気持ちに嘘はないよ。でも、彼女が何を考えてるのか、何が好きなのか、何が嫌いなのか、何がしたいのか、何がしたくないのか、何が彼女らしくて、何がらしくないのか……実は、僕は何もわかってないんだ。昨夜から、そのことをずーっと思い知らされてる。
こんな事態になっても、僕は何もできない。何をすればいいのかわからない。誰の意見が正しくて、誰の推測が間違っているのかもわからない。成美さんが、事故に巻き込まれたと言えばそう思うし、亜衣さんが、僕らを避けているだけだと言えばそう思ってしまう。きっと僕はすごく頼りなくて、優柔不断なんだろうと思う。我ながら情けないよ。
でもこれだけは言えるよ。もし彼女がひどい目にあっていたのなら、僕は助けたい、助けなくちゃいけない。いや、絶対に助ける。今度こそ、助けなくちゃいけないんだ。もし、彼女に嫌われてるのなら、避けられているのなら、それは仕方ない。でも、それが本当に事実なのか、ちゃんと元気でいてくれているのかだけは、この目で確かめておきたい。だから、彼女が――桃子さんが今どこで何をしているのかは、知らなくちゃいけないんだ。
でも、僕は彼女のことを知らなすぎる。どうやったら彼女に辿り着けるかわからないんだ。だから、誰よりも桃子さんのことを知っている亜衣さん、あなたの力を貸してほしい。お願いします」
話しているうちに頭が真っ白になって、何を言っているのかわからなくなった。
画面の中の亜衣は静かに言った。
『なんか、アホらしくなってきた。力が抜けちゃったよ……大丈夫、単純なコだから、すぐにわかるようになるよ。まったく桃子もマヌケだね』
続けて亜衣は何かを蓮に尋ねようとしたが、美沙に遮られた。
「あいー質問っす。カレシさん、よく頑張ったっす」
『またか、もう眠いから手短にな』
ぶっきらぼうではあるが、幾分か亜衣の口調は穏やかになったような気がした。
「センパイのブログについて、じぶんの考えを言うっす。それについて、亜衣さんの意見を聞きたいっす」
『またブログか。何か不審な点でも見つけたのか』
「センパイの記事に、先ほどなんとミーナのコメントが投稿されたっす。そのコメントに対する、センパイの返事も新たにアップされたっす」
「なんですって!」
騒然となる三人を抑えて、美沙は話を続けた。
「亜衣さんにも見てほしいすけど、その前にじぶんの意見を言っとくっす。これおかしいっす。センパイじゃないっす。書いたのは別人だと思うっす」
(第四話につづく)
お読みいただきありがとうございます。
今回はやや短め? でしょうか。
まだまだこの章は続きます。




