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犬の肉球ブログ  作者: おのゆーき
【蓮編】 二 肉球の裏側
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第三話

 伊原美沙の顔は成美しか知らないし、この時間に成美だけというわけにもいかないので、結局三人揃って出迎えに行った。一月の深夜は息苦しいほどに寒い。

 待ち合わせ場所の南阿佐ヶ谷駅に、美沙は自転車で現れた。挨拶もそこそこに、すぐに幸秀のアパートに向かう。


 途中、成美が蓮のことを「桃子の彼氏」だと紹介すると、「ふーん、そうすか。れんさん、すか」と、興味があるのかないのか不明な反応を見せてから、つま先から頭のてっぺんまで注意深く観察を始めた。


 何のコメントもなく、ただ「へぇー」と言うだけで観察は終わり、その後は一度も蓮を見ず、成美と話しながら夜道を歩いていく。一体どんな感想を持たれたのか気になるところだが、それを尋ねる勇気は蓮にはない。


 美沙は分厚いコートに身を包み、頭にはフードを被り、マスクも付けていたので、素顔を見たのは部屋に戻ってからだった。

 マスクを外し、コートを脱ぐと、出てきたのは明るい水色のジャージ姿。それが妙に似合っていて、幸秀は「かっわいーなー」と呟きながら動きを止めて見とれた。

 何よりも印象的なのが、長くて柔らかく揺れる黒髪。電話で聞いた通り、風呂上がりから時間が経っていないことの証拠に、シャンプーの心地よい香りが殺風景な部屋に充満していく。


 成美のわざとらしくも棘のある咳払いがなければ、二人の男は間抜け顔のまましばらく呆けていただろう。成美も美沙も、桃子のモデル志望仲間にしてライバル。そして美沙は、桃子が落選してやけ酒飲んだ時のオーディションで合格したという。つまりモデルの内定者ということらしい。

 それぞれの優劣がどうかはわからないが、三人ともさすがに綺麗だと、蓮は今自分が置かれている状況を踏まえると少々不謹慎かもしれない思いを抱いた。


「さあ、美沙ちゃんは私の横に座りましょうね」

 ぶっきらぼうな呼びかけに対し、

「あいー」と美沙はのんきな返事をし、荷物を持って成美の傍らにちょこんと腰を下ろした。成美と並ぶと随分小柄な印象を受ける。そんな小さい体に似合わず、持ってきた荷物は驚くほど大きい。これから旅行にでも行くのではないか、というくらい大きなバッグ。

 パソコンを持ってくると言っていたが、まさかデスクトップを一式持ってきたんじゃないだろうかと蓮は疑ったが、美沙が手を突っ込み、中から取り出したのは、A4サイズのノートパソコンだった。


 では、中には他に一体何が? と、蓮がじっとバッグを見つめているのに気付いて、美沙は短く言った。

「制服っす」

「せいふく?」

「長引いたら、今日はここから登校するしかないすから。着替えも教科書もで、中はぱんぱんっす」

「美沙ちゃんは、高校生なのよ」

 と、成美の補足も入る。

「なぬ!」

 幸秀が壊れかけた声を発したお陰で、幸い蓮はノーリアクションで済んだ。なるほど、だから美沙は桃子のことを「センパイ」と呼んでいるのだろう、などとどうでもいい考えが浮かぶ。


「何やってんの、幸秀。始めましょう」成美が益々ぶっきらぼうに言った。何故だか彼女が急に無愛想になったように見える。

 美沙はそんな成美の顔を覗き込んで、「ふーん」と言ってから正面に向き直り、パソコンの準備を始めた。成美は美沙の態度が気に入らないのか、ますます顔つきが固くなった。

「なるネェ、そんなわかりやすい態度とるより、早く始めるっすよ」

 美沙に促されて、成美は顔を真っ赤にしながら同意した。


 蓮としては、美沙のパソコンが気なるが、初めに彼女が状況説明を求めてきたので、成美が中心になり、時折男二人が補足を加えながら一通り説明した。


「なるほどー。確かにちょっと心配っすね。亜衣さんと連絡つかないのが痛いっす。あの人なら何でも知ってそうな感じしますから。で、亜衣さんって本当にあの時の事が原因でじぶんらとの交流を絶ったんすか?」

「実はそれもよくわからないのよ。突然携帯もメールも繋がらなくなったから」

「うーむ。亜衣さん、そんなに怒ってたすかねえ。センパイは笑えるくらいムキになってたけど――そもそも、あれってそんなにこじれるような喧嘩すか? じぶん的には喧嘩にもなってないような小さいことって感じすよ」

「私もそう思わなくはないけど、今はそのことを云々してても始まらないわ」

「じぶんとしては、亜衣さん探しも重要だと思うっす。でも、確かに情報交換が先決すね。では、じぶんの番っす」


 美沙はパソコンを起動して、ネットにつないだ。モバイル接続なのでだいたいどこでもネットができる、だそうだが、蓮にとっては不得意分野なのでよくわからない。

 幸秀も「へー、便利な世の中になったな」と感心している。大学の研究でも使うからパソコンは必要なのだが、蓮は苦手意識が理由で、幸秀は主に経済的な理由でそれぞれ未だに購入を躊躇している。


「ま、携帯でもブログ見られるんすけどね。画面小さいし、パソコンの方がいいっす」

 などと言う割には、美沙の操作は存外遅いことが、素人の蓮にもわかる。実は彼女もそれほど慣れていないのかもしれない。見ればパソコンも明らかに新品だった。待ちきれない様子の成美が口を開き、話が再開する。


「そういえば、美沙ちゃん、さっき電話で引っ越しのこと言ってたわね。どうして知ってるの? 二、三日前に電話した時は、何も知らないって言ってたわよね」

「あいー。それはセンパイのブログで知ったからっす」

「桃子ちゃんのブログにそんなこと書いてあったかしら……。私も最近は結構マメにチェックはしてるつもりだけど――」

「センパイのブログが更新されたのは、ついさっきっす。だからじぶんが引越しの事を知ったのもついさっきっす。だいたい午後十時半くらいっす――とにかく見てみるっす――はい、どーん。出ました」

 画面に桃子のブログが表示された。蓮が桃子のブログを見るのは初めてだった。



【祝・復活!

 長い間お休みしてましたが、ようやく再開の運びとなりました。

 ずっと気にはしていたんだけど、なかなか更新できなくて……。

 実はつい先日、引越しをしました。といっても駅一つ分くらいの近距離で、住所も同じ区内なんですけどね。でも、いい気分転換になったようです。

 新居の生活も落ち着いてきたし、これから心機一転、また頑張っていこうと思ってます。

 このブログも、これからはできるだけ更新していきます。】



 書いてあったのはこれだけだった。

「更新されたのは久しぶりっす。このひとつ前の記事は、去年の秋っす」


 蓮は何度も読み返した。確かに引越しのことが書いてあるし、同じ区内とあるから、先ほどまでの自分たちの想像通り、この近辺に越してきたと考えてよさそうだ。

 他に具体的なことは何も書かれていない。何か新しい情報を得られるかもしれないと期待していた分、蓮の落胆は小さくない。


「投稿日時は、午後十時二十二分になってるな。てことは、普通に考えると、これは三時間くらい前に桃子さんが書いたってことだよな」幸秀が誰に言うともなく呟いた。

「つまり、彼女は何処だかわからないが、この近所で元気に暮らしている、ということになるのか? まあ、それならそれで別に俺に文句はないけど……」

「それも有りっすけど、これにて一件落着なら、じぶんはここに来ないし、なるネェとカレシさんは、不満たらたらっす」

 美沙に同意して、成美が「確かに」と大きく頷いた。


 変な呼び方をされたので、「蓮でいいよ」と前置きしてから、蓮は尋ねた。

「それで、その――ミサ、ちゃん――は、この記事の、どのあたりが気になってるの?」

 そう、気になることがあるから美沙はわざわざパソコンを持ってきたはずだった。だが蓮は何度読んでも、記事の内容自体に不審な点を見つけることができなかった。


「みっさー、でいいす」と蓮の真似をしてから、美沙は答えた。

「それは、ここです」

 美沙が指差したのは、記事の文面ではなく、画面の上の方に表示してある、ブログ名だった。そこにはこう書いてあった。


『犬の肉球』


「いぬのにくきゅう……?」

 蓮はゆっくりと声を出して読んでみた。「……これがどうしたの?」

「あ、確かにちょっとおかしいわね」成美も何か気づいたようだった。


「ちゃんと説明してくれ。犬の肉球の何がおかしいんだ?」幸秀は、蓮と同じでわけがわからないらしい。

「男子組は今初めてブログを見たから意味不明なのは当然すね――どうしますか、なるネェが話しますか」

「いえ、見つけたのは美沙ちゃんだから――」

「了解っす、では、その前にウーロン茶もらっていいすか」


 どうも美沙というコはかなりマイペースな性格らしい。しかもここにいる全員が、そのペースに巻き込まれてしまっている。蓮は逸る気持ちを抑えて、大急ぎで冷蔵庫からペットボトルを取り出し、美沙のコップにウーロン茶を注いだ。

 美沙はその半分ほどをグイっと飲み、ぷはっと一息ついてから話し始めた。


「元々このブログは『犬のぷにぷに』という名前だったんす。意味は『肉球』と同じすけどね。昨日見たときはまだ『ぷにぷに』だったすから、今日、この記事を投稿するときに、タイトル変更したんじゃないすかね」

「名前を変えると、どうなるんだ? みっさー」

「ヒデにぃさん、話が終わるまで口出し無用っす――それからブログにはもう一つ変化があるっす。過去に遡って、記事について投稿されたコメントが全て削除されてるっす。男子組もミーナという存在はご存じすね? ここにあったコメントはほとんどミーナからのもので、きもくてうざいのばかりだから、消すのは当然っすけど」

 ここで美沙はコップの残り半分のウーロン茶を飲み干した。


「その消えたコメントの中にあったんすよ。ミーナから『〝犬のぷにぷに〟では、何のことかわからないから、せめて〝犬の肉球〟に名前を変更しろ』って。センパイは怒って、『そんなの私の勝手でしょ』って感じで、激しい応酬になったっす。

 センパイは絶対にブログ名を変えなかったっす。それを今になって変えるのは妙っす。百歩譲って名前を変える気になったとしても、ミーナの提案に従うことはあり得ないっす。センパイ意地っ張りだから、むしろ『肉球』だけは避けるはずっす。以上」


 話し終えると、美沙はウーロン茶をもう一杯所望した。今度は幸秀が注いだ。

 蓮の中に怒りが込み上げてくる。変な写真を投げ込んだり、窓ガラスを割った犯人も十中八九ミーナだという。一体何者なのか、どうして桃子にまとわりつくのか。


「ところでなるネェ、センパイは窓ガラス割られたりしたとき、被害を警察に届けたんすか?」

「届けるように言ったけど、実際に届けたかどうか、確認はしてないわ」

「なんかズボラ決めてそうな予感すね。じゃあ朝になったら一緒に警察行きませんか。捜索をお願いするっす」

「でも、警察は動いてくれるかしら、物的証拠があるわけでもないし」

「そんなのは、やってみないとわからないっす。とにかくやれることは何でもやるっす。センパイの失踪に事件性ありと判断されれば、きっと動いてくれるっす。センパイが既に被害届を出していれば、その可能性も高くなるっす」


 美沙は既に桃子がかなり危険な状況に置かれている、と判断したのだろうか。口調は相変わらずのんきだが、表情は真剣だった。

 正確な事実は依然として不明だ。しかし少しずつ集まってきた断片的な情報には、明るい材料が何一つない。むしろ少しずつ事態が悪化しているように思える。だが、今の時点で蓮にやれることは少ない。情報の整理は、女子組に委ねるしかない。そのもどかしさが蓮の不安と焦りを増大させていく。

 幸秀もどことなく手持ち無沙汰に見える。成美は懸命だが、自責の念を抱いているためか、かなり弱気になっている。

 途中参加で最年少、しかも未成年の美沙が最も冷静で頼りがいのある存在だった。元来胆の据わった性格なのかもしれない。


「警察が動かないかもしれないすし、動いてもノロノロ、というのも当然あり得るので、じぶんたちも、できる限り動くっす。じぶんとしては、やっぱりミーナの存在が気になるっす。なるネェはミーナについてどのくらい知ってますか?」

「一度話を聞いただけだから、もうこれ以上知っていることはないわ。桃子ちゃんも初めのうちは、亜衣ちゃんに相談して対処してたみたいなのよ」

「やっぱり亜衣さんが必要っすねー。センパイのこと何でも知ってたし」

「そうね、あの二人は私たちよりずっと長く付き合ってるんだもの。何でも話せる親友なのよ。でも、よりによってこんな時に亜衣ちゃんと連絡つかないなんて――」


「手はあるっすよ。奥の手、みたいな」

「へ?」

「連絡手段がないわけではないっす。すぐ捕まるかは賭けですけど。それに、最大の問題は、亜衣さんが本気で絶交決めてて、何を言っても応えてくれないかもってことっす。どうすか、連絡試みますか?」

「も、もちろん」成美は驚きのあまり、状況対応ができていない。

 傍から見ていると、最早どちらが年上なのかわからない光景だった。



(「二 肉球の裏側」終了。次回から「三 パピヨンの憂鬱」です)



お読みいただきありがとうございます。

珍しく、今月は二本目の投稿となりました^^

でも来月はお盆などもあり、再びゆっくりに戻る気配バリバリです。

こんな感じですが、今後もよろしくお願いいたします。


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