第四話・その二
「――で、いつから付き合ってるの?」
笑いが収まってから、成美はさらに追及を始めた。もう桃子も開き直って、というよりもやけくそな心持で、訊かれたことには全部正直に答えることにした。
「いつって言われると、どうなんだろう。別にお互いに『付き合う』とか言ってないし。でもお――たぶん、私的には……昨日から、かなあ」
「うそー、出来立てのホカホカじゃない! それはちょっとびっくりね」
深刻な相談だったはずなのに、なぜか他愛もない恋愛話になってしまった。そのことに不満だった桃子だが、成美からの質問攻めに逐一回答を重ねていくうちに、次第に気分が晴れてきて、むしろ楽しさを感じるようになってきた。
それとは逆に、初めは大喜びで訊きまくっていた成美は元気がなくなり、会話の口調も動作も機械的で、その動きも徐々に小さくなっていった。
いつの間にか桃子が一人でのろけている。
そのまま夜は更けていった。
午前零時を過ぎたところで、ようやく成美は桃子を制止した。桃子は全く気づかなかったのだが、同じような話を四回は繰り返していたらしい。
「そろそろ話を元に戻しましょう。確かに、蓮が桃子ちゃんと付き合っているなら、わざわざあんなことをするとは考えられないわね。しかも今朝まで一緒にいたのならなおさらね」
「うんうん、そう思う。やっぱり、ミーナは私の知らない人じゃないかなあ」
「そうね、その可能性が高いわね。でも、実は思いがけない人がミーナだった、という事だってあり得るわ。だから、まだ何も解決していないし、油断しちゃだめね」
蓮のことで有頂天になっていた桃子も、成美の言葉にようやく冷静さを取り戻してきた。
「それで、どうしたらいいと思う?」
「そうねえ、とりあえず状況を利用して、様子を見るとか」
「状況って?」
「確か、桃子ちゃんってもうすぐ引越す予定だったよね?」
「うん、引越すのはね――」
「待った! 言っちゃだめ」成美は両手で桃子の言葉を遮って、続けた。
「引越しの日時と引越し先の住所、今までに誰に話したか、全部思い出せる?」
「うーん、と。両親と……あれ、親だけだ」
「それは間違いないわね? 蓮にも話してない?」
「うん。決めたのはつい最近だし、正確な日時とかは誰にも話してないよお」
「好都合だわ。それなら桃子ちゃん、今後も一切、誰にも引越しの日と引越し先を話してはだめよ。勿論私にも、蓮にも教えちゃだめ」
「どういうこと?」
「ミーナが誰かはわからないわ。全く見ず知らずの人物かもしれないし、もしかしたら知り合いの中にいるかもしれない。だから、期限付きでいいから、とりあえず全員を疑ってみるのよ」
「ええ、それって大袈裟すぎじゃない?」
「かもしれないわ。でも手がかりがない以上、誰もがミーナである可能性を持っていると考えた方がいいと思うの。蓮だってそうだし、もしかしたら私がミーナだってこともあり得るのよ」
「成美さんが? まさかあ。ミーナって男だし」
「男に見せかけるために、マンションのドアにあんなものをぶっかけた、というのはどう? その気になれば入手は不可能じゃないわ。そして今、桃子ちゃんは私のところにいる。全部私の思う壺って感じでしょ」
「ちょっと、恐いよお、成美さん」
「これは例え話。でも、そういう考え方もできるってことよ。だから、桃子ちゃんは誰にも知られないうちに、ひっそりと引っ越すの。そして、できればしばらくはおとなしくしている。それで何も起きなければ、とりあえず安心ってことにならないかしら。ミーナにとって桃子ちゃんは行方不明、ということになるんじゃないかしら」
「それで、一件落着?」
「引っ越した後、何も起きなければ、ミーナが見ず知らずの人だったら解決ね。誰にも住所を教えてないのにまた被害があったら、引越しを見られていたか、バイト先からつけられたか、とにかくまた対応を考えなくてはいけないわ。誰かに引越し先を教えた後で被害があったら、ミーナは知り合いの中にいる可能性が高くなるわ。だから教えるときは慎重に、時間差をつけてやると、正体を見つけやすいと思うわ」
「うう、なんか難しいなあ」
「当面おとなしくしていればいいのよ。それで、新しい住所は必要な時だけに、信用できそうな相手から教えればいいわ」
「どのくらいおとなしくしてればいいの?」
「そうね、一ヶ月間くらいかしら。その間に何か起きたら、すぐに私のところに来ていいから」
結構長い。でも、ミーナの攻撃の有無を確認するにはそのくらい必要かもしれない。そうは思いながらも、桃子は少し恥ずかしそうに、もじもじしながら成美に尋ねてみた。
「もしかしてその間は、蓮とも会っちゃだめなの?」
「できればね。もちろん、新住所とか教えなければ会ってもいいんだけど、話の流れでうっかり話すとか、勢いで連れてっちゃうとかってこともあるし――少なくとも引越し日の前後くらいは会うのを控えた方が、白黒はっきりすると思うんだけど。我慢できそうにない? 付き合い始めたばかりだもんね」
「うーん、蓮の方は大丈夫だと思う。あとは私次第かなあ……あ、メールくらいは構わないよね?」
成美は苦笑しながら頷いた。
「別に、これは指示でも命令でもないから、あとは桃子ちゃんの判断ね」
「わかった、言うとおりにしてみる。他に何もいい考え浮かばないし。蓮にはオーディションが忙しいからしばらく会えないって言ってみる」
「それからね。このままブログを続けてるのも怖いでしょう。いっそのこと、閉鎖しちゃえば? ブログを続けたければ、他に改めて開設すればいいことだし」
「うん、そうなんだけどお……」
成美の提案は、桃子の思案のうちにもあったが、二つの理由で今すぐ閉鎖することに躊躇している。桃子はその理由のうち、一つだけを成美に告げてみた。
「ブログ名を変えないだけで怒ってあんなことしてくる奴だし、これで閉鎖とかしたら、今度は何されるかわからないよお」
「でも、引越して住所もわからないうえに、ブログも閉鎖ということになれば、ミーナとの接点は消えることになると思うけど」
なるほどその通りだ、と桃子は思った。それで解決するなら、すぐに閉鎖してしまいたい。でも、今は二つ目の理由のためにできない。
「他になにか閉鎖したくない理由でもあるの?」
目ざとい成美は、気乗りしない桃子の様子を見てすぐさま質問を重ねてきた。
仕方なく、桃子は控えめに理由を話した。
『WANTA』のブロガーモデルについて、一度話が頓挫したことも含めて。
「なるほどね――でも、『WANTA』の人にも早めに相談した方がいいわよ。事情が事情だから、閉鎖することには同意してくれると思うから」
「うん。そうする」
話も終わってあとは寝るだけ。
成美は布団を用意してから、シャワーを浴びに行った。
その間、桃子はこっそりと蓮に電話した。成美の言いつけ通り、引越しのことを言うつもりはない。ただ、このまましばらく会えなくなるのも怖い。蓮はモテるうえに、妙に諦めが早い。蓮が承知するような、会えない理由を考えた。
『WANTA』のモデルの話が継続になったことは伝えてもいいだろう。でもそれだけでは不十分だ。悩んだ挙句「しばらく実家に帰る用事ができた」ことにした。
携帯にかけると、すぐに蓮が出た。いつもと変わらない声が何故か懐かしく感じられる。今朝まで一緒にいたはずなのに、不思議だった。こんな想いのままで、本当にしばらく会わなくて大丈夫だろうかと不安になった。
桃子の考えた苦しい嘘でも、蓮は全く疑うことなく了解してくれた。あまりにも素直なので、少しだけ罪悪感を覚えた。
でもこれは非常事態だから仕方ない。全て終わったら、嘘をついていたことを謝ろう。
嘘をつかなければならないのは、ミーナのせいだ。
ミーナさえいなければ、今だって蓮と一緒に居られたのかもしれないのに。蓮の腕の中で甘えていられたのに。
桃子の中で、ミーナへの憎しみが膨れ上がっていった。
(第五話につづく)
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