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犬の肉球ブログ  作者: おのゆーき
【桃子編】 五 左手の革手袋
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第二話・その一

「……桃子さん、何かあった?」

 蓮だけが、さっきから隣に張り付いて桃子の相手をしている。


「別に。私カラオケ嫌いなだけだし」

「そうだったんだ、ごめん。やっぱり別の場所にしとけばよかったね」

「別に。蓮が謝ることじゃないよお。私がここに来るって言ったんだから」

「そういえばさ、今日はオーディション仲間のお祝いだったって――」


 自分のことが、自分の知らない間に筒抜けになっている。

 これでは自分が不貞腐れてお祝い会を抜けてきたこともバレバレではないか。

 どうせ成美が幸秀にでも喋ったのだろうが、いちいち気に障る。もともと自分がモデルを目指していることは親だって知らないことだ。不用意に他人に知られたいことではない。必要であれば自分のことは自分で情報公開するべきなのに。

 蓮や幸秀といい、先日浴室に放り込まれたエロ写真といい、桃子は自分の世界に綻びができてしまったような、落ち着かない感覚を覚えた。


「大丈夫だよ。次は受かるように、僕も応援するからがんばって」

 大きなお世話だ。と言おうとして蓮を見ると、すぐ隣で座って微笑んでいる顔が、予想よりも近距離なのに少し動揺した。とりあえず「どうも」と会釈するのが精一杯だった。


「ねえ、今度は二人で飲みに行こうよ」

 しばらく会話が途切れ、騒音と大差ない歌声が桃子を取り囲んで、疲れと眠気を誘い始めていた。

 蓮から本気の誘いか社交辞令か、少々曖昧な言葉をかけられたとき、正直なところ悪い気はしなかったのだが、まともに返事するのが面倒になっていた。


「さっき応援してくれるって言ったでしょお。それで受かっちゃったら、スキャンダルはご法度ですう」

「そういうものなのか。ま、いいや。とりあえずバイト先でも会えるしね」

 いい加減に発した言葉に、真面目に返事してくる。そのこと自体は悪くないが、相変わらず引くのが早い。潔すぎると、一体どこまで本気なのかわからない。本気で誘っているのなら、もう少し食い下がってもいいのではないか――そう考えて桃子は不満になる。

 蓮はどうやらモテるみたいだし、自分もそうした周囲の女と同列なのかもしれない。だとすれば、こちらとしてはまともに相手しても仕方ない。


「受かったら、バイトも当然辞めまあす」

「あ、そうか……。うん、そりゃそうだよね。少し残念。でも、しっかり応援するから頑張って」

 またあっさりと引き下がりやがった。ほんとイラつく。こいつは何を考えているんだか。


「ねえ、蓮って、どうしてそんなに私のこと応援してくれるの?」

「うぐ。どうって、それは……」

 そのまま口をもごもごさせて続きを言おうとしない。そういう態度は、桃子からすればいかにも下心丸見えのように映る。バカというか素直と言うか、とても女慣れしているようには見えない。なのにモテるというのはどういうことだろう。最近はこういうキャラがうけるのか、単に外見がいいからか、それともまだ他に、自分の知らない魅力があるのだろうか?


 まじまじと蓮の顔を覗き込むと、困り顔をしていた蓮は途端に愛想笑いをして視線を桃子から外した。暗いうえ、カラフルな照明が回っているのではっきりしないが、蓮の横顔は少し上気しているように見えた。


「次は蓮歌え」と誰かの声がした。

 すると他の女どもが一斉に盛り上がる。蓮は困り顔に戸惑いを上塗りして、少しだけ桃子を見た。桃子は、どうぞ私のことはお構いなく、と軽い仕草でステージの方角へ手を差し伸べた。


 蓮が中央のステージに立ち、歌い始める。桃子のよく知らない、アップテンポの曲だった。全身でリズムを取りながらスタンドマイクに皮手袋の左手を掛ける仕草は、いかにも場慣れした様子だった。


 たちまち友人達は曲に合わせてノリノリになり、遠くの店員も手を休めて蓮を見た。

 そして桃子も、少しだけ感じていた眠気はすっかり引き、大きく開かれた両目は蓮から離れなくなった。


 ――なんなの? この上手さ。

 高めの透き通った声が、弾けるように飛んでくる。一切の雑音が消え去り、蓮の声で店内の空気全てが満たされ、震えるようだった。

 驚きのあまり、口が半開きになっていることにも桃子はしばらく気づかなかった。



「……蓮、すごーい」

 席に戻ってきた蓮に素直に感想を告げると、蓮は嬉しそうに「どうも」と返事した。

「なんでそんなに上手いのお? 生まれつき? それともレッスンとか受けたの?」

 桃子の質問に蓮は少々返答に困ったようで、うーんと唸り、ビールを一口飲んでからようやく口を開いた。


「昔、十七歳頃までちょっとバンドやっててさ。ベースと、たまにボーカルもやったよ。ライブハウスとかでも演奏してて、プロを夢見たこともあったよ。それで度胸がついたのかな。歌うときはあまり緊張しないんだ」


 なるほど、これが蓮のモテる理由の一つかもしれないと、桃子は得心した。

 桃子は音楽に深い興味はなく、普段は流行っている歌くらいしか聴かない。そんなド素人の桃子が聴いても、蓮の歌唱力が並ではないことはわかる。

 それに歌っているときの蓮は、今こうして目の前で話しているときとはまるで別人のように輝いて見えた。同席している女のうち、特に蓮に気があるらしい二人は歌い終えた今でも少し陶酔したような、焦点の定まらない目つきでうっとりしている。


「それで、今はやめちゃったの?」

 桃子は続けて質問した。「プロを夢見た」と口走ったことが気になった。気になったというより、多少世界は違うものの、実は蓮も自分と近いところにいた、との思いが、蓮に対しての仲間意識というか、ある種の親近感をもたらしたのかもしれない。

 そして今はおそらく諦めている蓮と、まだ諦めていない自分――一体何が違うのかが知りたくなった。


「うん。今は全然やってないよ。バンド解散しちゃったし」

「なんでやめたの? バンドの仲間がいなくなったから?」

「いや」と短く答えて、蓮は黙ってしまった。いつの間にか表情から笑みは消え去り、少し影が落ちたように暗くなった。


 触れられたくないことを訊いてしまったのだろうか。自分だって余計なことは他人には知られたくない、ということを思い出し、桃子は少し反省した。

「ごめんなさい」と声に出すのと、ほぼ同時にカラオケの大音響が鳴り響き、誰かが歌いだした。そのため、桃子の声はかき消されてしまって蓮には届かなかった。


 音が増えたことで、かえって周囲に聞かれないと判断したのか、蓮は桃子にくっつくように接近して、ゆっくりと語り始めた。



(その二につづく)



お読みいただきありがとうございます。

ここは少々長くなるので、会話の途中ですが中断しました。

次回は「その二」になります。

よろしくお願いいたします。

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