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犬の肉球ブログ  作者: おのゆーき
【桃子編】 四 残念会とお祝い会
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第六話・その一

 蒲田の工事現場で三発目の不発弾が見つかって、とうとう午後のワイドショーでも特集をやり始めた。

 桃子は外出の準備をしながら気持ちが沈んできた。

 不発弾の報道は自分にとって極めて縁起が悪い。今日はオーディションでもなんでもなく、ただの飲み会だ。だから気にすることはないとわかっていても、根拠のない嫌な予感の発生を抑えることができない。


 この不安はこれから出かける先の、美沙のお祝い会についてだろうか。

 それとも午前中にあった不思議な電話についてだろうか。

 今でも信じられない、現実味に乏しい出来事だった。亜衣に、成美に話すべきだろうか、気持が整理できず、困惑しっぱなしだった。

 ほんの気休めにしかならないけど、と呟きながら、先日蓮と幸秀がくれた御守りを懐に仕舞って出かけた。


 美沙のお祝い会場は、彼女の自宅が近いことを理由に選ばれた、阿佐ヶ谷(あさがや)駅近くの小さくてきれいな、洋風居酒屋と言った感じの店だった。美沙は未成年だから、言いだしっぺの成美はノンアルコールで、レストランでの会食を予定したらしいが、当人の希望で飲み屋になった。

 十一月になって今日は一番の寒さだと天気予報は言っていたが、気分を落ち着けたくて阿佐ヶ谷まで歩いていくことにした。最早真冬と遜色のない冷気が頬を刺し、ようやく桃子は目が醒め、現実の中でしっかりと両足で歩いているという実感を味わうことができた。


 桃子、成美、美沙、亜衣が中野の喫茶店以外で全員揃うのは初めてのことだ。時間通りに集まり、滞りなくお祝い会は開始された。

 と言っても要は単なる飲み会と同じで、初めに成美が少しだけ皆を代表して美沙にお祝いの言葉を述べて、花束を渡した後は普通に酒と食べ物を注文して、飲んで食べて話すだけ。


「本当に、みんなには感謝してるっす」三十分程して、全体の飲み食いのペースも落ち着いてきたところで美沙が言った。


 いつもと違って濃目のメイクで大人っぽく仕上げているのは、半分は未成年だとばれないようにしているのだろうが、もう半分は自分だけが成功者であることを誇示しているように見えてならない。そんな自慢げな態度で感謝してると言っても上辺だけだ、と桃子は素直に美沙の言葉を受け入れられない。会が始まってからずっと帰るタイミングだけを計っていた。


「なるネエとセンパイに出会えたお陰で、亜衣さんとも知り合えたっす。亜衣さんの情報はいつも正確で、本当に助かったす。それで、ようやく受かることができたっす」

「おだてても、何もでないよ」亜衣は相変わらずそっけない。

「いえいえ。それにバイトでも助かってるっす」

「バイト? 何か紹介したっけ。あ、まさか――」

「あいー」

「あのなあ、あれは高校生、だめなんだぞ」

「そんなのばれないっす。それに本格的に仕事が始まるまでの間のつなぎっすから、すぐに辞めるっす」

「なに、なんのバイトしてるの?」話のわからない成美が訊いても、亜衣は答えない。


「チャットっす」美沙は平然と答える。それを見て、亜衣は呆れたようにビールをぐいっと飲んだ。

「チャットって、亜衣、あのチャットお? あれってアダルトだよお」

 桃子も今のチャットと言う台詞でようやくぴんときた。夏に亜衣が桃子に紹介した、亜衣自身もチャットレディをやっているエロサイトのことらしい。

「私は一度も勧めてないよ。美沙が勝手に登録したんだろ」

「えー、美沙、大丈夫なのお? そんなのやってるってばれると事務所とかやばいんじゃない?」

「平気っすよ。センパイがばらさなきゃ、ばれないっすよ」

 美沙は笑いながら、しかし目線だけは真っ直ぐ桃子の目を捉えたまま言った。別にばらすつもりは毛頭ないが、睨まれれば睨み返さずにはいられない。桃子はあえて口元に微笑を作りながら美沙と対峙した。


「まあまあ、本人の自由だから、いいんじゃない?」

 このての話が苦手な成美は、話題を切り替えようと場を抑えにかかる。ふと視界に入ったのか、亜衣の首筋を指差し、少し大袈裟に声を出して注目を促した。

「亜衣ちゃん、首のところ」

 首の付け根、鎖骨の辺りにちらっと何か見える。指摘された亜衣はいつも通りの平然とした態度で、襟を指で広げてみせた。出てきたのは濃い紫色の、小さな蝶々のタトゥーだった。

「それシール? それとも本当に彫ったの?」

 成美の問いに対して、亜衣は短く本物とだけ答えた。何故彫ったか、などの補足は一切なく、そのまま場が沈黙してしまった。


「お手洗いっす」と美沙が席を外した。

 そこでようやく気分が楽になった桃子は大きなため息をついて、成美に愚痴り始める。

「やっぱりつまんないよお。もうそろそろ帰っていい?」

「まあまあ、いいじゃない。もう少し」

 成美がたしなめると、桃子はぶう、と不満の声を洩らしながらも店員にグラスワインを注文した。


「それより亜衣ちゃん、最近はなにか新しい情報はあるの?」

 成美は亜衣に尋ねた。それを聞いて桃子も亜衣に注目する。せっかく会ったのだから、確認はしておきたかった。でも美沙の前だとやりにくくて言い出せなかった。

「うーん、今のところはダイエット用健康器具のモニター程度だな。ほら、深夜の通販番組とかで、二週間試してウエストが三センチ減りました、とかやってるだろ、ああいうやつ。二人とも興味ないだろうと思って伝えてないけど、やる気あるか?」

 ないない、と二人とも手を振った。美沙の前でこの話をされなくてよかった、と桃子は安心する。美沙は一流とは言えないとしても、有名な雑誌の専属モデルだ。それに比べて通販のモニターではしょぼすぎる。


「じゃあ、他になければ、桃子ちゃん」成美は、今度は桃子に向ってかなり真面目な表情で話し始めた。

「うちのお店のモデル、やってくれないかしら」

「へ? それってえ、確か前にも言われて、断ったような気がするけどお」

「うん、覚えてる。でも前のは一時的な助っ人さんとしてだったけど、それと話は全く別なの。正式にお店でモデルを探すことになったのよ」

「モデルって、ネイルモデルでしょお?」

「基本はね。お店のデザインのカタログとかが中心だけど、全身のコーディネイトもうちではやっているの。だからモデルやってもらうのは、爪だけじゃないわ」

「ふーん」

「今もモデルはいるけど、実は近いうちに店舗が一つ増えるのよ。そうしたら、新しい方のお店中心でやってほしいの。だから、仕事は早くても来年になるけど」


「うーん」桃子は迷った。

 悪い話ではない。成美は厚意で誘ってくれているのだろう。だが以前にも似たような話を断ったこともある手前、ほいほいと引き受けていいのかという戸惑いもある。前回断ったのは、成美に借りを作りたくないという理由があったからだ。そしてその思いは今も変わらない。既に彼女に借金をしている以上、もう桃子の矜持はいっぱいになっている。


「いい話じゃないか。引き受ければ?」横で聞いていた亜衣が太鼓判を押す。なおさら気持ちが揺らいでしまう。桃子はひたすらうーん、と何度も唸るだけだった。

「でも、新しい店舗のモデルを成美の一存で決めてしまっていいのか?」亜衣が訊くと、成美は「大丈夫、私が決めることだから」と切り返した。

「それって、もしかして――」

「うん、新しい店のことは、私が任されているの」


 大きな驚きと、小さな焦りが桃子を刺激する。美沙はモデルの道を切り開いた。成美はとっくに自立していて、しかも出世する。何も変化がないのは自分だけではないか。

「新しい店のモデルは是非桃子ちゃんにって、前から考えてたの。別に同情とかじゃなくて、純粋に桃子ちゃんが最適だと判断してのことよ。これは店長として、責任を持って言えることだわ。もちろんお店のモデルなんてアルバイトみたいなものだけど、言わばセミプロみたいな感じで、桃子ちゃんにとってもいいキャリア形成に繋がるのではないかしら」

「……。少しだけ、考えさせて」

「何を迷う。桃子にとって良い話じゃないか」

「少しだけ様子を、見てみたいのお」


 今日は一体なんという日なのだろう。どうやらこれは自分にとって、かつて仙台でスカウトされて以来の、上京してからでは最大級の良い話かもしれないということは桃子も理解できた。

 しかし、もう一つ、今日は午前中にかかってきた不思議な電話のこともあり、ここで成美の話を引き受けてしまっていいものか、判断できずにいた。


「様子を見てどうする。何か他にあるのか? ……もしかして、例のミーナ、か?」

 亜衣は相変わらず鋭い。



(その二につづく)



今回の話は微妙に長くて、しかも都合のよい切りどころもなかったため、会話の途中で中断しています。半端で申し訳ありません><

次回の「その二」は会話の続きから、ということになりますw


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