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犬の肉球ブログ  作者: おのゆーき
【桃子編】 四 残念会とお祝い会
26/56

第五話

     *


「WEB WANTA?」

 素っ頓狂な声が出てしまい、職場の視線が編集長のデスクに集まった。軽く咳払いをしてその場をごまかし、谷口は手元の冷めかけたお茶をすすりながら、ゆっくりと座りなおした。


 デスクの前には昨日と同じグレーのトレーナーを着た鈴元が落ち着きなく立っている。

 喋りたくてウズウズしている様子から、話が長くなりそうだ、という嫌な予感を抱えつつ、谷口は次の言葉を促す。

 案の定、鈴元は堰を切ったように喋りだした。時折彼の口から飛散する唾液が鬱陶しい。その飛沫の一つが手元の湯のみの中に届き、緑色の水面を微かに揺らした。それ以後、谷口は二度とお茶をすすらなかった。


「そうです。今のサイトのコンテンツを充実させ、それだけでも一つの情報ソース足りえるようにします」

 鈴元の発案はいつも急で困る。だが、今回は谷口にとってタイムリーだった。『WANTA』の編集長になって二年、誌面も落ち着いているし、発行部数も少しずつ伸びている。仕事は今、軌道に乗っていると言っていい。ちょうどここらあたりでサイトのリニューアルを含め、ネットを使っての宣伝や読者の拡大を図るべきだと思っていた。

 ただ、その企画運営は鈴元以外のスタッフに依頼するつもりだった。鈴元の技術は確かだが、ネットやその他の関連機器の操作を彼にばかりやらせていても他のスタッフが成長しない。


「『WEB WANTA』、というのは僕的に考えた仮タイトルですけどね。従来の『WANTAホームページ』では、雑誌の宣伝用という意味しか持ちません。事実、今は本誌の毎号の特集記事タイトル紹介と、購読申し込み、それから各種問い合わせ程度ですよね。勿論それらは重要ですから、今後も必要ですよ。でもそれだけじゃなくて、ウェブ自体をもっと魅力的にして、何度もアクセスしたくなる、またアクセスする価値を形成するためのプラスアルファが必要ですよ」


「たとえば、どんな風に?」

「ウェブだけでしか見ることのできないコーナーを創ります。勿論、目的は『WANTA』の売り上げ促進ですから、完全に独立するのではなく、ちゃんと内容をリンクさせることを考慮する必要はあると思いますけどね。具体的には誌面では掲載しきれない補足情報とか、取材や撮影のバックグランドとか、あとスタッフの編集後記とかをメインに。さらに、完全な独自コーナーも少しだけ設けて、ウェブだけでもある程度読める、楽しめるだけの内容にします。中身が整ったら、さらにメルマガ配信やプレゼントも検討します。一応案をこの通り作ってみました。まだたたき台レベルですけどね」

 鈴元は三十枚程度の紙にまとめた企画書を差し出した。


 谷口が受け取り、パラパラとめくると、細かい字がぎっしりと隙間なく詰め込まれていた。鈴元の言う通りそれはまだ草案段階であり、管理運用の方法も内容も、思いつくだけの案をとりあえず羅列したものに過ぎないようで、画面のレイアウト図さえない。

 これを全部読めというのか――谷口は途方にくれる寸前だった。鈴元は谷口にこうした書類を渡すと、翌日から早速「読みました?」と何度も訊いてくるのだ。しかもこんなに量の多い企画書は最近では珍しい。


 谷口は見るともなしに最後の頁までめくり終えると、少し妙だと思った。いつもならこんな中途半端な状態で書類を提出する鈴元ではない。

 良くも悪くも、彼は自分の得意分野に関しては周囲の人間を見下している。それが何故か上手い具合に働いて、こうした書類を作成する時は、非常に平易に、簡素に、素人でも理解できるように工夫するのが彼の常だった。そのことで逆に自らの優位を誇示していることは明白だが、よくわからない専門用語を並べ立てたられるよりは遥かにましだ。

 だが、今回提出した草案は明らかにそうした配慮が欠けている。代案を羅列するというスタイルも鈴元らしくない。これしかない、と言わんばかりに一本に絞り込んで主張することの方が多い。


「どうもいつもと違うな、この企画書。何を急いでいるんだ?」

 谷口は訊いてみた。見たところ、何か特別の意図があって敢えてこうした企画書を作ったと言うより、まだ作業中の、未完成品を持ってきたように思えた。

 どうやらそれは図星だったらしく、鈴元は少し驚いたようだった。

「はい。実はまだ作業中です。これから考えを絞り込まなくてはいけませんけど、そのために一つ試しておきたいことがあるんですよ――えっと、その資料の二十一頁目を見てください」

 谷口は言われるままにした。そこにはブログコーナー開設という案について書かれていた。


「ウェブでは、本誌における読者モデルや読者ライターに並ぶものとして、ウェブモデル、若しくはブロガーを新たに登用、活用したいと考えています。そしてその人には、自らのブログの作成と管理を依頼します」

「本誌のモデルやライターとは別人を使うということか?」

「はい。その方がウェブの独自性をアピールできますし、『WANTA』の魅力の一つである読者参加の裾野を広げる可能性も期待できます。それに本誌のモデル達については、今のホームページでもプロフィールコーナーがあります。彼女達が何かウェブで書きたいことがあれば、そこを使えるようにアレンジすればいいと思いますよ」

「そのブログではどんなことを書かせるんだ?」

「立場としては本誌読者のブログ、となります。原則自由ですが、あまり個人的なことは避けてもらいます。少し勇気がいるかもしれませんが、率直な本誌の感想、とか本誌が取材、紹介した店やグッズを実際に試してみてのレポートとか。その他、こちらで設定したテーマについて書いてもらうとか。本人の顔出しも自己PRもある程度OK、良い内容のものは本誌でも紹介するし、評判が上がれば、本人を本誌のモデルとして登場させる、ということにすれば、やってくれるコはいると思いますよ」


「うーん」谷口は考え込んだ。「……言っていることはわかるが、いまひとつイメージが湧かない気がするな」

「そうなんですよ。所詮机上の空論ですよ。今のところ」鈴元は谷口の反応を完全に予想していたようで、怯まず、むしろ勢いを増して話を続けた。


「そこで、試してみたいんですよ。そういうブログが作成できるかどうか、実際にモデルを使って。勿論非公開の実験としてですけどね。そのための準備と、モデル選定の許可をいただきたいのです」

「実際に新しいモデルを使うのか、しかしそれでは――」

「あくまで検討中の企画の仮候補で、中止となる場合もあることを予め伝えたうえで依頼すれば問題ありませんよ」


 確かに事前に了承を得ておけば問題ないだろう。しかし谷口はいまひとつ釈然としない。

 本誌のモデル希望者はいくらでもいる。本誌に限らず本気でモデルになりたい人は山ほどいる。だからこちらが声をかければあっという間に候補者は集まるだろう。

 だが、その人たちの藁をも掴むような気持に乗じて、こんなに中途半端な企画に利用していいのだろうか。結果として企画自体が中止になったとき、捨てられた者はどうなるだろう。その気持ちを考えるべきではないだろうか。


「単なる実験なら、本誌のモデルに依頼すればいいじゃないか。そうだ、この間登用した伊原美沙にもレッスン代わりにやらせてみるのはどうだ?」

「候補者選定から試してみたいんですよ。初めての試みですからね。最低三名は欲しいと思います。新人の伊原美沙を研修扱いで使うのはなるほどいい考えですね。ですが、あとは新規に選ばせて欲しいです。それに、本誌のモデルたちに依頼するとなると、誰に声ををかけたか、かけなかったかで、後々文句が出るかもしれないし」


 自分に対して従順な者ばかり集めておいて、そんなことはないだろうと谷口は思うが、口に出したのは別の言葉だった。

「そうちょくちょくオーディションなんかやらんぞ」

「いえ、今回は一本釣りで」

「あてがあるのか?」

「この前のオーディションで僕が作った八名のリストのうち、残り七人に声をかけてみたいと思います」

「あれか――。七人も集めるのか?」

「いえ、優先順位を決めて、順番に連絡します。先程僕が言った条件を伝えたうえで、承知してくれた者が定員に達した段階でやめますよ。定員は、そうですね、全部で三名。予め伊原美沙を入れるとしてあと二名、というところですか」

「そういえば、ブログやってるって言ってた子がいたな……」

「はい。でも一番目は渡瀬成美にしようと思います」

「渡瀬? ああ、ネイリストさんか」

「はい。彼女のネイルアート自体がブログのテーマになり得ますから」


 渡瀬成美はオーディションで谷口が最も気に入った人物だった。彼女と仕事をしてみたいという思いが膨らんで、大いに揺れた。あまりやる気のなさそうな素振りを見せていた彼女だが、自分の仕事と関連付けられれば、意欲を出すかもしれない。その意味ではこの企画は試してみる価値があるかもしれない。


「いいだろう。もう少し作業を進めて、内容に具体性が見えてきたらゴーサイン出をすことにする。ただし、あくまで実験としてだ。この企画全部含めて本採用ではないからな。それから、進捗状況は逐一報告すること。特にそのモデル候補者に連絡をするときは、俺に一言言ってからにすること」

「はい、早速準備にかかります」


 谷口の許可を得て鈴元は嬉々としてデスクを去っていった。他のスタッフの視線が終始二人のやりとりを観察していた。彼の口車にしてやられたかもしれないという忸怩たる思いもあり、居心地が悪くなって谷口はトイレに立った。



(第六話につづく)



約半月ぶりの更新になってしまいました><

今後もよろしくお願いいたします。


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