第四話
髪を切ってから、五日ほどは何事もなく過ぎていった。
六日目になって、桃子を不機嫌にさせる出来事が二つ起きた。
一つ目は、亜衣がマンションに持ってきた。
「この前の、ミーナが書いてきた『WANTA』のモデル募集だけどね、私の調べた範囲では、何の情報も入手できなかったよ」
「えええ? じゃあ、あれはガセえ?」
「知らん。私も万能ではないからな。私が情報を掴み損ねたか、ただのデタラメかの判断は難しい。あと、実際に企画は存在したが、立ち消えになったとか、当分先送りとか、そういうケースも珍しくない。真偽は定かではないが、ミーナのネタは少なくとも『WANTA』の企画スケジュールには入っていないようだった」
「なあんだ、がっかりい。やっぱミーナってむかつく。期待して大損したあ」
「もしかして桃子、まだアクセス拒否してないのか?」
「うん。だって、また何か追加情報くれるかもしんないじゃん、って思って」
「まったく、この子は。得体が知れん奴の情報をあてにしてどうする。いいから早く拒否しちゃいな」
「はーい」桃子は亜衣の監視下で、ミーナのコメント書き込み拒否の設定をする羽目になった。操作が終了したのを確認して、亜衣が一言。
「変な話に引っかかって、騙されて金とられて終わりってこともあるんだ。信用できない奴の情報なんかに気をとられちゃだめだ」
「それは、そうだけどお……『WANTA』ってちゃんとした雑誌だし、ほら、この前のオーディションだって『WANTA』来てたし、大丈夫だと思ったのお」
「今まで私が流した情報じゃ不満か?」
「そんなことない、そんなことない。すごく助かってます。感謝してます」
「じゃあ、二度とミーナの相手しちゃだめだ。これからも私の方で情報は集めるから。美沙が受かって焦るのはわかるけど、そういうときが一番騙されやすいんだよ。はっきり言って、あんた半分ミーナに付け込まれてるよ。このままいくとやばいよ」
「うん。ごめん。ありがと。そうする」
亜衣には何度も呆れられているが、叱られたのは初めてだった。
しょんぼりしたまま、その日の夕方バイトに行くと、二つ目を持って成美が現れた。
美沙のオーディション合格お祝いパーティをしないか、という話だった。
「私がそういうの喜んで参加すると思う?」
「思わないけど、形だけでも一度やっておくと後腐れないものよ。亜衣ちゃんも来るって言ってたし」
「もお、そうやって追い込むんだからあ。私だけ欠席だと、めちゃ性格悪くて小さいみたいじゃん」
「あは。美沙ちゃんもお礼したいって言ってたし。桃子ちゃんと亜衣ちゃんのお陰だってね」
絶対嘘だな。美沙がそんなタマかよ。お人よしの成美はすっかり騙されている。
そうは思いつつも、桃子の口からはため息交じりでありながらも辛うじて「それで、いつやるの?」という言葉が出た。これでたぶん美沙とは縁切れだろう。最後だと思って我慢してやろう。
「あさって」
「これまた急なことで」
時間と場所を告げて成美が出て行くのと入れ替わりに、蓮と幸秀がやってきた。正確には、幸秀は途中で成美に引っかかって、店内に入ってきたのは蓮だけだったが。
「桃子さん、あさって時間があったら、飲みに行かない?」
またまたえらくタイミングが悪い。
何をやっても間が悪い人っているもんだと感心してしまう。これまでも何度か蓮には誘われているが、桃子はことごとく断っている。だが今回の誘いは、美沙のお祝い会に比べれば何倍もマシな気がした。
「あさっては……先約がありますう」
店先の成美もどうやら幸秀の誘いを断っているようだった。何度か細かくお辞儀してから走るように去って行く姿で察しがついた。
「そっか。残念。じゃあまた今度誘うから」
桃子が断ると、蓮はいつも見事なほどにあっさりと引き下がる。しつこく迫られるよりはマシだが、物足りなさを感じることもある。
あんまり簡単に引かれると、誘われ甲斐も断り甲斐もない。もしかしたら何かのついで程度に軽く誘われているのかと疑ってしまう。特に、今回の先約は気が進まない分、余計に蓮の態度が気にくわないものに思えた。
「ちょっと、蓮」
店から出て行こうとする蓮を勢いで呼び止めてしまった自分にびっくりしながら、桃子は慌てて続く言葉を探した。
「あ、えっとね、ごめんねえ、いつも。で、あの、今日はそれだけの用事でここに来たの?」
「うん」蓮は桃子の動揺には気づかないようで、やはりあっさりと答えた。
「なんだか、暇そうねえ。それだけのためにわざわざ。面倒じゃないの?」
蓮はしばらく天井方向に視線を移し、少し何か考え後をするような仕草を見せた後、「そう思ってくれるなら、これあげる」と、一枚の紙切れを桃子に差し出した。
紙には十一桁の数字が並んだものと、アルファベットや数字が組み合わさったものがそれぞれ一行ずつ書かれていた。
「これ、蓮の携帯?」
「うん。いつでも気軽に連絡ください。待ってまーす」
「こんなの貰っても、するかわかんないよお。たぶんしないかも」
「いいからいいから。持っててよ」
「あ――ちょっとお」客がレジに来たので、そこで話は中断してしまった。
仕方なく桃子は紙切れをユニフォームのポケットに突っ込んで仕事に戻った。その間に蓮の姿は消えてしまった。
(第五話につづく)
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