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犬の肉球ブログ  作者: おのゆーき
【桃子編】 四 残念会とお祝い会
23/56

第三話・その一

     *


 待ち合わせの時間になり、パソコンの電源を入れる。

 少しだけ気になったので、先にTOKOのブログを覗いてみた。

 昨日と何も変わっていない。オーディションの結果を報告するようなことを書いていたが、まだ新しい記事はない。自分で宣言したことは責任持ってやらなければいけないのに。こういういい加減な奴を見ると無性にイライラしてくる。僕が何とかしてあげないと、こいつは駄目人間になってしまいそうだ。

 だが、今日は時間がない。一言忠告を残しておくのが精一杯だ。これで次に見たときにまだ何も変わっていなければ、そのときはたっぷり説教してやろう。


 うっかり待ち合わせの時間を二分過ぎてしまった。慌てて目的のサイトを開くと、待機中の女の中に、約束の相手がいた。

 早速チャットを開始する。この前、マイクを壊してしまったから、今日はキーボードで話さなければならないのが若干面倒ではある。



〈パピヨン、久しぶりだね〉キーを打つと、パピヨンは音声で返事した。

『久しぶり。ミーナ』

〈「さん」を付けろっていつも言ってるだろう〉

『ごめん。ミーナさん』

〈まず、伝えることがある。『WANTA』のことで、だ。あそこはまたオーディションをやる〉

「ネルモのオーディションしたばかりなのに?」

〈そうだ。また調べてほしいことがあるから、今度メールする〉

『……わかった』

〈そちらは、何か新しいネタは入っているか?〉

『今日のところは、別に。それに今は他に「覗き」入っているから、あまり話せない』

〈そうか、じゃあこの話は終わりだ。とっとと始めよう。さ、早く脱げよ〉

『はい』



 パピヨンはゆっくりと服を脱ぎ始めた。画面越しにその動作を確認しながら、ズボンとパンツを下ろし、股間に右手を添えて準備した。


     *


「もしもし、バイトの木村ですけどお」

 正午を過ぎてからだいぶ経つのに、ベッドの中で丸くなったまま、携帯でバイト先に連絡すると、意外なことに蓮が出た。


『もしもし、桃子さん? 大丈夫? 今日も休んどく?』

「……うん、そうする。ごめん」


 桃子はオーディションの夜から風邪を引いてしまった、ということにしている。

 実は全くの健康だが、ベッドに寝たまま電話した方が何となく演技しやすい。うつ伏せになって、枕で喉を圧迫すると息苦しく、声もかすれてくれるのだ。


 仮病でバイトを休んでから、今日で四日目に突入した。

 バイトが嫌ではないし、蓮や幸秀に会いたくないということでもない。あれから全く風呂に入ってないから、外出できないのだった。


 怖くて浴室を使用できない。

 片付けることもできず、浴槽の中は未だに怪しげな雑誌の写真がばら撒かれたままになっていた。どうにかしたくても、どうしても一人では浴室に入ることもできずにいた。

 亜衣に救援を求めるメールを打ってじっと待ち、今朝になってようやく返事が届いた。もう間もなく彼女が来てくれる。昨夜で冷蔵庫の食材も尽きてしまっていたので、ぎりぎりセーフというタイミングだ。


「もうだいぶいいから、たぶん明日のバイトは大丈夫だと思いますう」

『無理はしなくていいよ。僕と幸秀でなんとかなるから』

 まだ人員不足が解消されていないコンビニの昼間から夕方の時間帯は、どうやらオーナーと蓮、幸秀が大部分を切り回しているらしい。


「でも、大学行かなくて平気なのお?」

 そんな心配をする自分自身、夏休み明けから一回も短大に行っていない。面倒だし、やる気も出ないし、今の自分の目指すものとも関係ないから、勉強の必要性も感じない。

 桃子は短大卒業は半ば諦めている。しかし、おそらく蓮は自分とは違うはずなのに、最近は何故かいつもバイト先にいる。桃子の代わりは全部蓮がやっているらしい。

『平気平気。幸秀にお願いしてあるから』

 代返、というやつか。そんなに簡単にできるとは知らなかった。短大に親しい友人がいない桃子は、代返を誰かにお願いしたこともやってあげたこともない。

「うん、明日は行けるから。オーナーにも伝えといてくださあい」


 通話を終えるとほぼ同時に、インターホンが鳴った。モニターを覗くと亜衣の姿が映っていた。

「亜衣ー、助かるう」

 桃子がドアを開けると、亜衣は挨拶もせずに浴室へ直行した。

 差し入れの一つくらいは、と淡い希望を抱いていたが、やはりそれを彼女に期待するのは無茶だったらしい。空腹を我慢しながら桃子は亜衣の後に続いた。


「ふん、これか」呟きながら腕組みして、しばらく浴槽を眺めている。

「どお? 超きもいでしょお」桃子は亜衣の背中に隠れるようにくっついて、肩越しに散らばったままの写真を再び見た。まだ明るいし、亜衣もいるからこの前のような悪寒は感じないが、不安が消えることはない。


「この他には何か変わったことはあったか?」

「別に、ないかなあ」

 そうか、と短く言いながら、亜衣はしゃがんで写真を拾い始めた。

 ひとつひとつ、裏表を確認しながらゆっくりと集めているので、すぐ後ろの桃子の目にも何が写っているのか全部見えてしまう。


 何かのエロ雑誌の頁を破いたものらしく、無修正も混じっている。単にマ××やア××が写っているだけでなく、男のものが挿入されていたり、口にくわえたりしている写真もあった。桃子はこういうのが苦手で、見ていると吐き気にも似た嫌悪が湧いてくる。

「ちょっとお、亜衣、そんなにしげしげ眺めなくてもいいじゃない」

「嫌なら向こうで待ってな」

 亜衣はそっけなく作業を続けた。


 紙を拾い集めるだけならすぐ済むはずなのに、なかなか作業は終わらない。彼女は拾った雑誌の頁を床に並べて、一枚ずつデジカメで撮影し始めた。

 一体何を、と言おうとする前に、亜衣が先に「念のためだよ。少し時間かかるからね」と言った。


 仕方なくリビングに移る。移っても何もすることがない。じっと待っていても落ち着かないので、気晴らしにパソコンを立ち上げることにした。よく考えてみれば、仮病になってから一度も使用していなかった。

 ブログを開くと、最後に書いた記事に新しいコメントがあった。記事を書いたのは一週間前だが、コメントは昨日の日付になっている。



【オーディションの結果はどうなりましたか? 詳しくレポートしてくれると書いてあったので、待ってます。

 それから、まだブログ名を変えていませんね。せっかく親切に忠告しているのに、人の善意を無視するのはいかがなものでしょう。あんまりわがまましてると、爆発させちゃいますよ。 myna】



 ――あった。浴室以外にもここに異変が。

「もういいかげんにしてよおお!」


「何を叫んでいる」

 いつの間にか亜衣が背後にいた。

「ごめん、ありがとう」桃子は亜衣の手に握られている雑誌の切れ端を見ながら言った。

「それより、そっちでは何があった?」

 桃子はブログのコメントを見せた。ミーナのことは以前にも相談しているから、亜衣には承知のことだ。

「例のミーナか。昔のコメントも見てもいいかな?」

 桃子は頷いて、パソコン机の席を亜衣に譲った。


 亜衣が黙ったままパソコンを操作している間、再び手持ち無沙汰になった桃子はキッチンに行って、紅茶を二つ淹れた。カップから昇ってくる暖かい湯気と香りが鼻孔をくすぐり、空の胃袋を刺激する。


「ブログのタイトルを変えろってことだな。要するにこいつは桃子を自分の言いなりにさせたいわけだ。もともとそういう性格なのか、何か桃子に特別な思い入れがあるのか」

「ちょっと、気味悪いこと言わないでよお」

「気味は悪いが、意味もなくネット越しの人間に恋するのは珍しくないな」


 亜衣は紅茶を受け取り、ふうふうと息で湯気を飛ばした。

 昔から彼女は猫舌だ。少しだけ紅茶をズズッと口に含んでみて、まだ早かったと後悔のしかめっ面を作りながら、言葉を続けた。



(その二につづく)



お読みいただきありがとうございます。

ここは結構長くて良い切りどころもなく、強引に会話シーンの途中で中断させることにしました。続きは早めに掲載いたします。


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