第二話・その一
桃子が路上で大泣きして周囲の通行人の注目を浴びること約三十分、ようやく落ち着いてきたところで、四人は近くの居酒屋に入り、ささやかな残念会を催した。
蓮と幸秀は場を盛り上げようと一生懸命騒ぎ、桃子は黙って最初に頼んだ――正確には桃子に代わって、成美が勝手に注文した――サワーをいつまでも両手に抱えたまま微動だにしない。成美は間を取り持ちながら、次から次へと酒を注文し、片っ端から飲み干しても平然としていた。
「成美さんって、酒強いっすねー」幸秀が感心する。彼も初めのうちは景気良く飲んでいたが、次第に成美のペースについていくのがやっとという体になっていった。
「うん、唯一の取り得、かな。いえ、違うわね、強すぎるとかえってもてないものね。むしろ欠点だわ」
「いやいや、俺は飲める女の人っていいと思いますよ。せっかく一緒に飲みに行ってもウーロン茶しか頼まない子って、なんかしらけちゃいます。強いとこっちも気兼ねなく飲めるし」
「そう? 一応褒められたと思って喜んでおくわね」
「一応なんてそんな、心から褒めてるんすから――なあ、蓮?」
「え? あ、うん」明らかにスタートから酒量が二人についていけてない蓮は、笑って応えつつ、その横でさっきから動かない桃子を気にして、幸秀に目配せした。幸秀はしまった、という顔をしておとなしくなった。
「あら、桃子ちゃん、まだ一杯目のお酒抱えてるの?」
二人の様子に気づいて、成美は桃子のグラスを見た。中はまだ三分の二くらい残り、氷も全て溶けてなくなっている。
「……うん」桃子は気のない返事をしただけで動かない。
「もしかして、お酒苦手だった?」
「……別に」
「ま、いいわ。それはもう温くなっちゃったでしょう。新しいのと替えようね」
成美は店員に同じサワーを一つ注文した。
間もなく新しいサワーが運ばれてくる。成美が受け取ろうとすると、脇に置いてある彼女のバッグの中から携帯電話の音が鳴り出した。
「あ、僕やりますから、成美さんは携帯出てください」
蓮はそう言うと店員からサワーのグラスを受け取った。
成美は蓮の心遣いに甘えてバッグから携帯を取り出した。もう音は鳴っていない。どうやらメール着信だったようだ。
「はい、桃子さん。それちょうだい」
蓮は桃子に新しいグラスを差し出し、彼女の手元にあるグラスと交換しようとした。桃子は温くなったグラスを渡そうと、ゆっくりと持ち上げた。
「あ――――っ!」突然、成美が大声を出した。
幸秀も蓮も、桃子もグラスを持ったまま制止し、一斉に成美を見た。
「亜衣ちゃんからよ。美沙ちゃん合格したって。『WANTA』の専属決定!」
がっしゃーん。
桃子のグラスが手から滑り落ちて床の上で砕け散った。
その音に驚いた蓮までつられて、手にしていた新しいサワーをテーブルに落としてしまい、辺りが水浸し、いや酒浸しになってしまった。
「あわわわ……」蓮と幸秀が大慌てで店員に謝り、グラスを片付けてもらう。成美も急いで濡れてしまった桃子の腿や膝を拭く。
桃子はそんなことには一向にお構いなし、びしょびしょに濡れたテーブルに突っ伏してしまった。
「ちょっと、桃子ちゃん! ほらほら、髪まで濡れちゃったじゃない」
成美は強引に桃子を起こして顔と髪を拭いた。
すると、今度は桃子のバッグから携帯の音が鳴り響き、数秒で途切れた。
桃子はゆっくりと携帯を取り出し、着信したメールを開く。
亜衣からだった。
短く「美沙、『WANTA』合格」と書いてあった。
静かに携帯を閉じ、静かにバックに戻した。そのまま動かなくなった。
桃子の周りではどうにか事態を収拾した蓮と幸秀と成美がようやく一息ついた。だが、完全に空気が沈んでしまって、これ以上飲む気分ではない。
「――今日のところはそろそろ、かな」幸秀がお開きを促す発言をし、蓮も「そうだね」と相槌を打つ。
じゃあ、と言って立ち上がろうとする二人の一連の流れを、桃子の一言が断ち切った。
「お酒」
蓮と幸秀の脳裏に、ほぼ同時に不吉な予感が過ぎったのだろう。見事なくらい同時にお互いの顔を見た。そして二人同時に、哀願するような顔つきで成美を見た。
成美は声を殺して笑っていた。
「ちょっと、蓮」
桃子が呼ぶと、蓮は反射的にはいっと返事をしてしまった。しかし次の瞬間、あることに気づき、顔を綻ばせた。
「桃子さん、いま初めて僕のこと――」
「なにやってるの。蓮、早くお酒!」
「うん、いますぐ頼むから」
嬉々として店員を呼ぶ蓮を見て、幸秀も笑い出しそうになった。
(その二につづく)
ゆっくり更新してます。が、今回は「その一」ということで、話を中断していますので、「その二」はわりと近いうちに載せられると思います。




