第七話
舞台袖からこっそりと第四セッションの様子を窺っていた桃子は、唇を噛んで湧き起ってくる敗北感と必死に戦っていた。
「わあ、美沙ちゃんすごーい。この分だと二次審査突破は確実ね」
隣で成美が感嘆の声をあげた。その能天気さが桃子の神経を逆なでする。
「なによお、他人のパフォーマンスに感心してる場合じゃないでしょお!」
「あはは、そっか、そうかもね。失敬」
このお気楽さは一体何なのだ?
おばさんだから神経が鈍いのだろうか。美沙を見て喜んでどうする。自分達は今競争の真っ只中、一人でも多くの敵を蹴散らさなければならないというのに。偽善ぶって敵の健闘を称えても、何も見返りはない。スズメの涙ほども得にならない。
「桃子ちゃん、桃子ちゃん」
「なによお」
「そんなに怖い顔しないで。始まる前の余裕顔の方がいけてたよ」
「……むう」
言われて桃子は自分の頬を両手の拳でぐりぐりとマッサージした。
「焦っても仕方ないわ。まだ何の結果も出ていないのよ。チャンスはきっとまた来るわ。なんせ、審査はあと二回あるんだから。通れば、だけどね」
安心させようとしているのか、不安を掻きたてようとしているのか微妙なコメントだ。
でも成美の言う通り、まだ終わりではない。こんなところで終わってたまるか。何が何でも進んで、夢を掴み取るのだ。次の水着審査では、絶対美沙を追い越してやる。
桃子は無理矢理闘志をあおり、不安をかき消すために「うし!」と唸って気合を入れなおした。
「とにかく控え室に戻りましょう。もうすぐ結果発表よ」
そう言いながら、成美は肩を震わせて必死に笑いをこらえていた。
控え室で待つこと約三十分。第二次審査の結果が発表される。通過したものは昼食休憩を挟んで第三次審査へと進む。落ちればこの時点で荷物をまとめてさよならだ。
桃子、成美、美沙は寄り添ってじっと結果を待った。三人が揃うときはいつもそうしている。この場合、三人揃って通過、もしくは揃って落選なら問題ないが、そうでないと非常に気まずくなる。それはお互いよく承知しているが、誰が言うでもなく、自然に集合してしまう。オーディションを受ければ避けては通れない、最もナイーブな時間だ。
やがてスタッフが控え室に入ってきた。
「第二次審査通過者は二十一名です。ここで氏名を読み上げた後、壁に通過者リストを掲示します」
桃子は息を呑んだ。隣の美沙の喉からもごくっという音が鳴り響いた。
控え室が静まり返る。何一つ物音を立てることが許されないような、張り詰めた空気が充満する。
「それでは、発表します――」
桃子は目を閉じ、両手を握り締めて運命の時を待った。
*
その数十分前、審査員室では第二次審査の検討が行なわれていた。
七十七名の中から、各雑誌がそれぞれ通過させたい者を推薦する。そのために、今は各誌が個別に作業をしていた。
「基本的に鈴元が用意したメモのリストから選ぶ方向で構わないよ。リストの八人の他に残したい子はいたかい?」
谷口が尋ねると、鈴元は特にいません、と短く答えた。
「そうか――じゃ、あれだ。『WANTA』としては、この八人を推薦ってことでいいかな。三次審査者は予定二十名だから、とりあえず全員通過させて、次で絞ればいいだろう」
「いえ編集長、この時点で少なくとも二~三人は削っとくべきですよ。それと同時に、今のうちに最終合格者候補も仮に、という形でたてておいた方がいいと僕的には思いますよ。正直なところ、この八人のレベルは低くないですが、逆に突出した者もいませんね。さっき会場で実際に見た感想です。つまり、ぶっちゃけ誰を採用しても大差ないです。その分、たくさん残すと最終選考で迷うことになりますよ。だからここで二~三人、次の審査でも二~三人落として、最終段階での候補者が二~三人に絞られるようにした方が、楽になりますよ」
「ふーん、そういうもんかね」
鈴元の言にも一理あるような気はする。だが今の言葉を信じれば、『WANTA』のモデルとしては誰でも適格だ。であれば、全員最終審査まで残る資格を有しているのではないのか。その辺りが釈然としないが、選考は鈴元に任せることにしているので、谷口はそれ以上何も言わなかった。
「ということで編集長、ここで誰を落としますか?」
鈴元が身を乗り出して訊いてくる。その目は輝きを増し、食い入るようにリストを見つめていた。
人を落とす話になると元気が出る鈴元を、谷口は理解したくないと思った。これ以上誰を落とすかについて鈴元と議論したくはない。
「よくわからないな――鈴元は誰がいいと思う?」
「では、まず渡瀬成美」
「あのネイリストさんか」
口には出さないが、谷口の好みとしては一番だった。それをここで落とすのはいかにも惜しい気がする。
「反対はしないが、一応理由は聞いておこうか」
「編集長が、『惜しい』って呟いたからですよ」
「……」
「呟いたのは、彼女にやる気がなさそうだったからではないですか? ネイリストの仕事に生きがいを感じてるって言ってましたからね。なんで申し込んだのかは知りませんが、今はあまりモデル業に興味がないのでしょう。そこは僕も同じ感想を持ちましたよ。やる気のない者を残してもしょうがないですからね」
図星だった。何も言えない。
「もう一人は?」
「もう一人はすこし悩みどころですね。ただ、渡瀬を落とした時点で、伊原美沙は推薦確定にしたいと思います」
「どうしてそうなる?」
「僕が作ったリストは、僕的には六対二になってるんですよ。六人はどちらかというと、これまで『WANTA』で使ってきたモデルとタイプ的に近い庶民的なコたちです。でもそんなのばっか選んでても進歩がないかも知れない。『WANTA』の可能性を広げるためにも、モデルのバリエーションも増やしていいんじゃないかって思うんですよ。
それで、少々今までと異なるタイプになる可能性がありそうなコ、二人を加えた。それが渡瀬と伊原です。渡瀬は見栄えがよくてきびきびしているので、セレブなキャリアウーマン系といったタイプ。伊原は童顔ですからロリ系ですね。グラビアとかレイヤーでもいけますよ。なので、渡瀬を落とすなら伊原は残してもう少し検討すべきでしょう。ある意味、彼女を最終合格者候補としてもおかしくないですよ。ただ、他誌と取り合いになる可能性がありますけどね――」
興奮気味の鈴元に辟易しながら、谷口はいつまでたっても終わらない解説に無理矢理口を挿んだ。
「で? ならどうする」
「他の六人から落とすべきですよ。ただ、こっちはどんぐりの背比べみたいで、決定打に欠けるのも事実ですね……」
ここで鈴元は黙って考え始めた。
「決まらないなら、とりあえず残りは全部通過させ――」
「このコはどうでしょう」
「あ? 誰?」
「木村桃子」
「……理由は?」
実は木村も谷口のお気に入りだった。こいつわざとやっているのか、と勘繰ってしまいそうになる。
「生意気だからですよ。ちょっと名前を間違えたくらいでムキになってるし。そういうところを気にするのは、自分に自信がない証拠です。だいたい、普通モモコって読むじゃないですか、この字。そのくらいは自覚してて欲しいもんですよ。ある意味、自分が見えていないか、自意識過剰かどっちかですね。こいつ」
「好きにしてくれ」
気に入った者から順に落とされ、益々やる気を失くした谷口は、もうオーディションになんの興味も持てなくなった。
(「三 オーディション」終了。次回から「四 残念会とお祝い会」です)
お読みいただきありがとうございます。
今回で三章終了です。次回の更新は2月に入ってからになるかもしれません。のんびりペースですが、どうかよろしくお願いいたします。




