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犬の肉球ブログ  作者: おのゆーき
【桃子編】 三 オーディション
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第五話

 オーディション会場である小ホール、その最前列の席が審査員用になっている。審査員は谷口を含めた三誌の編集長と、ネルモプロモーションの社長と営業部長の五人。

 形としては社長が審査員長だが、このオーディションの趣旨では決定権は雑誌側にある。審査員長は選考会議の司会と調整役といったところだ。次回以降はゲスト審査員も何人か招聘したいらしい。


 公開とはいえ、たいして宣伝もしていないため百五十ある客席は当然がらがらだった。審査員の他はネルモプロ関係者、マスコミも数人は来ているようだ。他は応募者の友人や家族がちらほら見られるだけだ。

 審査員席に着席すると、丁度真後ろに鈴元が座っている。ここで相談しながら一人ひとり検討していくわけだ。


 会場が暗くなり、司会が開会を宣言した。閑散とした会場内にマイクの音が大きく鳴り響き、かえって空しさを引き立てる。

 社長の挨拶と審査員の紹介、審査方法や大まかなスケジュール説明を終え、ようやくオーディションが開始された。


     *


 午前十時、第一セッションスタート。

 一つのセッションに登場する応募者は約二十名。途中休憩を挟んで、十二時までに四つのセッションをこなす。


 司会が応募者の氏名を呼ぶと、一人ずつ舞台に現れ、中央でちょっとだけ自己アピールをすることができる。ポーズをとったり、くるりと一回転してみせたり、元気な声で「よろしくお願いします」と言ったり、様々だ。その後は舞台後方に横一列に並ぶ。時間の都合もあるだろうが、この時点で各々の特技を一つくらい披露する機会があってもいいかもしれない、と谷口はメモを取った。


 第一セッションの二十名には、鈴元の作ったリストに載っている者はいなかった。

 全員が舞台上に揃ったら、司会の進行で審査員からの質問や注文に応えてもらうことになっている。既に鈴元のリスト以外を無視することに決めている谷口は、この集団に特に訊きたいことはない。だが、こうやって見てみると、皆それなりに美しく見えてしまう。念のため、鈴元にこの中で新たに有望そうだと思える者がいるか尋ねたが、返事は「とくにいない」だった。どうやったらそのように即断できるのか、谷口には謎だ。


 他誌の審査員は真剣に応募者に質問をしている。二誌とも質問する相手は同じで、二~三人に集中していた。それでだいたい彼らの注目の傾向は読めてしまう。


 すると、ネルモプロの営業部長が、まだ何も質問されてない子に質問をし始めた。なるほど、こうやってできるだけ全員一回は何か喋れるように配慮するのが彼の役目というわけだ。

「谷口審査員からは、何かございませんか?」

 黙って審査員を観察していた谷口に、司会が振ってきた。どうやら審査員も一回は何か言わないといけないらしい。

「えー、そうですね。では、四番、七番、十一番、十九番の方、先ほど登場してきたとき、

ポーズをとるだけでほとんど喋ってないので、声を聞きたいのですが、いいですか」

 こうなったら営業部長の手伝いでもしてやろう、という気持で、まだ何も喋ってない者数名に注文した。


 やがて第一セッションは終了。時間にして二~三十分程度だが、興味がないと存外長く感じる。大きく、欠伸とため息の中間のような呼吸をしているうちに、第二セッションが始まった。


 第二セッションは二十一番から三十九番までの十九名。ここでは鈴元リストから、二十五番葦原さつき、二十九番中井戸友里、三十八番渡瀬成美、三名が登場する。今度は退屈しないで済みそうだった。


「鈴元、彼女らに何か訊いておきたいことはあるか?」

 念のため後ろに声をかけると、ぬっと脂の塊のような湿った光沢と異臭を放ちながら、鈴元の頭部が谷口の耳元に接近する。

「僕的には今のところは。編集長がご自由に質問してみてください」

 舞台に十九名が揃って、先ほどと同様に質問が開始される。

 葦原と中井戸は他誌でも注目しているようで、既に質問攻めにあっている。谷口は渡瀬をじっと眺めてみた。


 手元のデータでは身長一七三、年齢二十四、今回のオーディションでは身長も年齢も高めだ。デニムのスカートに白いブラウス姿はシンプルを通り越して少々地味だが、細く引き締まった体躯を強調するのに資しているようにも見える。有名雑誌のモデルですと言えば誰でも信じてしまいそうな外見の持ち主ではあるが、その顔は無表情で少し俯いたまま動かない。静かで落ち着いているというより、緊張感がないという印象だった。

 少し気になることがあって、谷口はもう一度鈴元を呼んだ。

「あの渡瀬って子の服、見覚えないか?」

「……自信はないですけど、おととし取材したネイルサロンのユニフォームに似ている気がします」

 手元のプロフィールの職業欄にもネイリストと書いてある。


「三十八番、渡瀬成美さんに質問があります」

 谷口はマイクを取って質問を始めた。渡瀬は驚いたようにびくっと体を震わせてから、慌ててはい、と返事した。

「渡瀬さんはネイリストだそうですね」

「はい。中野にあるネイルサロンに勤めてます」

「ちょっと爪を見せてもらえますか?」

 渡瀬はゆっくりと両手の甲を前にかざした。

「……今日は特に爪を飾ってはいないですね」

「はい。自分の爪は練習台として使うくらいで、普段はあまりいじりません。自分のよりも、人の爪を綺麗にすることが好きですので」

「なるほど。それから、あなたの着てらっしゃる服ですが、どこかで見たような気がするんです。もしかしたら制服ですか?」

「はい、勤務先の制服です」

「オーディションに職場の制服を着用してきたことには、何か特別な理由があるのですか。まさか宣伝のためではないですよね?」

 場内に微かに笑いが起きた。渡瀬も少し顔を赤くして照れ笑いした。その笑顔は谷口を大いに魅了した。


「すみません、宣伝じゃないです。えーっと、大きな理由というものはありません。ただ、今は仕事が楽しくて、とてもやりがいを感じています。お客様の爪を綺麗にしたり、新しいデザインを考えたりしている時、一番自分が生き生きしていると思いました。なので、この服が一番自分らしいと考えたからです」

「……これからやってみたいこと、挑戦してみたいことってありますか?」

「えーっと、そうですね……。もっと頑張って上達することと、新しいデザインのイメージがどんどん浮かんできてますので、それらを早く試して、お客様の爪をもっと美しくすること、です」

「なるほどね。お仕事の話をされているときのあなたは、とても目が輝いてます。本当に心から楽しそうですね。ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 谷口はふーっとため息をつきながら背もたれに身を預け、鈴元に向って囁いた。

「やる気ないのかな、彼女」

「……どうでしょう」鈴元はそれ以上何も言わない。


 舞台に視線を戻すと、渡瀬成美は元の無表情に戻って立っていた。

 一瞬だけ見せたはにかみが、もう懐かしく感じられた。

「惜しいな……」谷口の口から、無意識のうちに声が漏れた。



(第六話につづく)




年も明けましたので、連載再開します。

今年もよろしくお願いいたします。

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