第一話・その二
そのまま午後六時、桃子の終了時間が来た。
蓮と幸秀は夜十時まで続けるらしい。一度にたくさんアルバイトが辞めてしまい、人手不足で通常のシフトが崩れているとのことだった。終了時間にはオーナーがやってきて、桃子に声をかけた。
桃子がお先に失礼します、と言うと、蓮と幸秀も声を揃えてお疲れ様、と固い声で挨拶した。
ぎこちないスタートとなってしまったが、通常ではあの二人は深夜勤がメインらしいので、今後あまり顔を合わせることもないだろうと自分自身を納得させ、とにかく無事に初日終了、と思うことにした。
「あら、桃子ちゃん?」
店を出ようと歩き始めたところで、知った声がすぐ傍らで聞こえた。
「な、成美さん!」
声の主は成美だった。
「もしかして、ここでバイト始めたの?」
「うん、まあ、そういうことですう」
どうも嫌なところを嫌な奴に見られてしまったような、ばつの悪さを覚えた。
ネイリストの成美と比べて、桃子のコンビニのバイトはいかにも地味だ。成美を見て、後方で蓮と幸秀が「おお」とざわついているのが感じられる。二人にとっつきにくい印象を与え、加えてほとんどノーメイクの今の桃子は成美と並ぶとどうしても見劣りしてしまう。
「成美さん、もしかしてこの近くに住んでるの?」
「そうよ。すっごく近所。ここは仕事帰りによく寄るの」
ということは、今後もバイト中に成美に出くわすこともあるし、十二月に引っ越してきたらご近所さんってことになる。
なにやら自分がとても迂闊なことしてしまったような気分になった。成美と美沙には日常の自分を見られたくはなかったのに。
「とにかくがんばってね」
「はあ」
「あ、それからね、昨日初めて見ちゃった」
「見たって、何を?」
「『犬のぷにぷに』っていうブログ。あれ桃子ちゃんでしょう」
「え? ああ、まあ……そうです」
桃子は頷きながら内心舌打ちした。違うととぼけてもすぐに嘘はバレる。どうせ情報源は亜衣だろうし、ここで隠しても無意味だった。
これまで誰も見てくれなかったブログに初めて訪問者が現れたことは嬉しくもあったが、よりによってそれが成美というのがいただけない。おそらく次のオーディションへ向けての「決意表明」も読まれてしまっただろう。闘志は自分の内に秘めておきたかった。
「あの、木村さんのお知り合いですか?」
幸秀が成美の傍まで寄ってきて、声をかけた。蓮もそのすぐ後ろに立っている。
成美は軽く挨拶した。
自分に対してはハナからタメ口だったのに、成美には敬語かよ、と桃子は不機嫌になる。
そんな桃子を見向きもせずに、幸秀は成美と話し始めた。
どうやら目をつけたらしい。成美はこなれた感じで幸秀に合わせて笑顔を作って対応している。
取り残された桃子は所在がなくなり、不機嫌のまま帰ろうとした。
「今の話ちょっと聞いてしまったんだけど、木村さんブログやってるの?」
右足を一歩前へ出したところで、不意に蓮が尋ねてきた。
ブログのことはここのバイトにも知られたくはなかった。見られたら一発でタレント志望だと知れてしまう。そのことを茶化されたりするのはごめんだった。
返事に困っている桃子に、蓮が質問を重ねる。
「『犬のぷにぷに』とかって……。で、『ぷにぷに』って何?」
「……それは――」
「あ、ちょっと待って。いいよ、言わなくて。きっとブログを見ればわかるんだよね? その方が見ようって気になるし、決心つきやすいかもしれない」
「別に見なくても……。決心って?」
「僕、パソコン持っていないんだ。大学で必要になるから早く買わなきゃいけないんだけど、苦手なものだからつい買いそびれちゃってるんだよね。だから、見たいブログとかあると、買う決心がつくかもしれない。だから『ぷにぷに』の謎は見てのお楽しみってことにしておいて」
「はあ……」
勝手にしろ、と心の中で呟きながら、幸秀に引っかかった成美を強引に救出してコンビニを脱出した。
*
帰宅してブログを開くと、確かに訪問者のカウントが「1」になっていた。ついでにコメントまで一件書いてある。
narunaruというネームで、短く【がんばれー。一緒にがんばろう】とだけ。
名前はナルナルと読めるから、成美のことだろう。
大きなお世話だ。あんたが一番おばさんなんだから、おばさんは自分の心配だけしてればいいのに。
桃子は成美のコメントに対して何の返事も書かなかった。
それから数日の間、ブログの訪問者は一日に一~二件のペースで現れるようになった。最近、特に内容を更新してはいない。
成美が毎日見てくれるのだろうか。それとも、バイト先の蓮がパソコンを買って、このブログを見つけたのだろうか。
一週間後、二つ目のコメントが出現した。
【はじめまして。たまにここのブログを拝見させてもらってます。ところで、少し気になっていることがあります。ここのブログタイトル『犬のぷにぷに』の「ぷにぷに」って何ですか? myna】
myna? ミナ、かな。もしくはミーナ、だろうか。
いずれにしても、このネームから連想して、桃子に思い当たる人物はいない。知り合いではないのだろうか。
だとすれば、それはそれで大変喜ばしいことだ。成美のように知り合いのお情け以外に、ちゃんと見てくれている人がいた。ミーナと名乗る人物は、たまに見ていると書いてくれた。
この人は、自分を見つけてくれた。
桃子は嬉しくて、すぐさま「ぷにぷに」の理由をコメント欄に書いた。
(第二話につづく)
人物紹介コーナー【嶋田幸秀】
しまだゆきひで。蓮の親友。新潟県長岡市出身。大学2年、21歳。身長は180センチ。
がっちりした体格の持ち主。「雨の日は部屋で筋トレ」がモットー。
蓮と同じアルバイトをしている。さわやかくん。
【杉内オーナー】
すぎうち。桃子の新しいアルバイト先であるコンビニのオーナー。蓮や幸秀のバイト先でもある。
40代、小柄だががっしりした体格で、声が大きくて元気。元警官。
※筆者が学生時代、バイトしたコンビニのオーナーがモデルになってます。元警官・機動隊でした。「レジの速さを大事にしている」というのも、実際に聞いた言葉ですw




