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【書籍化&コミカライズ】リーフェの祝福  作者: クレハ
2章

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嬉しい報告


「だめぇぇ!」



 眠っていたユイは声を上げながら勢いよく飛び起きた。

 辺りはまだ暗く、起きるには早過ぎる時間。



「はぁ…はぁはぁ」 



 全力疾走した時のようにバクバク激しく鼓動する心臓を感じながら、荒くなった息を整える。

 暑くもないのに額には汗が流れる。



「ピュイ?」



 枕元で寝ていたシュリが、心配そうに鳴きながら擦り寄ってくるのを見て、拾い上げ抱き締める。



「大丈夫……ちょっと嫌な夢を見ただけだから」



 ユイはここ最近夢見が悪かった。

 見るのは決まって同じ夢。



 顔は良く見えないが、男性が自分に背を向けて立っている所から始まる。

 自分は近付こうとするが一歩も動けない。

 すると、その男性に向かって誰かが魔法が放ち、必死に危険を知らせようとするが、声が出ない。

 そして男性は魔法を受け、倒れてしまう。


 自分は見ている事しか出来ず、悲しみ泣き叫ぶ。そこでいつも目が覚めるのだ。



 きっとフィリエルが戦争に行った事で、心配のあまりそんな夢を見てしまうのだろうと、ユイは思っていた。

 いくら宰相の娘だからといって、民間人のユイにまで情報がもたらされる事は無く、現在フィリエルが元気かすら分からない状況がそんな夢を見せてしまっているのだろう。



「エルは大丈夫かな………」



 フィリエルの無事な姿を見ればこんな夢も見なくなるはず。


 しばらくして落ち着いたユイは、最近夢のせいで睡眠不足に陥っているので眠ったほうが良いと思いながらも、眠る気になれず、結局そのまま朝を迎えた。



 眠気を感じるが、今日はルエル達と出掛ける予定があり、時々ぼうっとしながらも出掛ける。

 訪れたのは、合宿中にイヴォがユイを戦わせる為に連れて行くと約束したパンケーキのお店。


 一緒に来たのはルエルとゲイン、魔法学園に入ってからはクラスが別れ、中々遊びに行く機会が無かったイヴォとライルとクロイス。

 出掛ける時に、シュリも一緒に行くと、あまりにも悲しそうに泣くので激しく心が揺れたが、飲食店に動物はまずいだろうと心を鬼にして置いてきた。



 人気店でやっと予約の取れた店に立ち込める甘いパンケーキの匂いに、眠気は自然と吹っ飛ぶ。



「約束だから好きな物を選べ」


「ありがとう、イヴォ!」


「ありがとう、イヴォ」


「誰がお前の分まで奢ると言った!自分で払え」



 ちゃっかり自分も含めてもらおうとしたクロイスだったが、すかさずイヴォの鋭いつっこみが返ってくる。

 メニューの中から一番人気のものを注文し、食べながら色々な話をした。

 ほとんどが学園での話だが、その流れで自然とライルからルエルの告白話が飛び出した。



「そう言えばさ、ルエルちゃんバッツ男爵家の人に告白されたんだって?」


「何で知ってるのよぉ!

 まさか、北棟にまで話が回ってるの!?」


「俺達はフィニー君から聞いたけど、北棟の他の生徒まで噂になってるよ」


「嘘でしょう、いやぁぁ!」



 ルエル達のいる棟から遠い北棟にまでうわさが回っているという事は、ほぼ全校生徒が知っているという事になる。

 ルエルは顔を覆って嘆いた。



「大々的に衆人環視の前で告白なんてされたら、嫌でも噂になるって」


「あいつぶっ飛ばす……」


「そんな事しても喜ばせるだけだぞ」


「ううぅ」



 ゲインの指摘で喜ぶノレが浮かび、成すすべなく撃沈した。



「玉の輿なんだし、付き合っちゃえば?」


「あんたフィニーやゲインと同じ事を……」


「良いじゃん、男爵夫人~」


「絶対に面白がってるわね、ライル!

 そんな事より、今はユイの方でしょう!」


「ふへっ?」



 突然話を振られたユイは、パンケーキを頬張りながら目を瞬かせた。



「だって最近様子がおかしいでしょう?

 ぼうっとしてる事も多いし、かと思ったら頭抱えて唸りだしたり、この間の試験だって一番取っちゃったでしょう」


「うっ」



 そう。この間行われた試験で寝不足が限界に達し、ぼうっとしていたユイは、現在試験中だという事を忘れ、家でするように普通に問題を解いてしまったのだ。

 普段点数を制限して解いているユイが失敗に気付いた時には遅く、結果はイヴォと同じ満点一位。


 二度目となるバーグの呼び出しを受けてしまった。


 幸い前回の疑惑の時と合宿でユイの実力を知っているバーグからカンニングを疑われる事は無かったが、ユイがカンニングした事にして点数取り消して!と切実に訴えた為、別の意味で雷が落とされた。



「悩みならその内話してくれるかと思ったけど、全然話してくれないし、日に日にふらふらして酷くなるし………。

 私達ってそんなに頼りにならない?」



 少し淋しそうに見えるルエル。

 ユイは自分の事に手一杯になり、予想以上に心配を掛けさせていた事を漸く知る。



「ごめんね、ルエルちゃん。

 別に頼りないとかじゃなくて、誰かには相談しづらかったの。

 全部は話せないけどそれでも良い?」


「ええ」



 とはいえ、どこから話そうか迷ったユイは、取りあえず本題から入った。



「結婚してくれって言われたの」


「ぶっ!!」


「ぐぼっ」



 取りあえずのユイの言葉は予想以上に衝撃を与えたようで、ユイに負けない甘い物好きでパンケーキを幸せそうに頬張っていたクロイスと、甘い物があまり好きではなく一人珈琲を飲んでいたイヴォが吹き出した。



「けけけ結婚!?」


「はあ!えっ!?」


「ちょっと飛躍し過ぎじゃない?」



 ライルとゲインは激しく狼狽えたが、目を丸めて驚きながらも比較的ルエルは冷静だった。



「貴族じゃ、付き合うにしても結婚前提が一般的だからね。

 ルエルちゃん達にはいきなりって感じるかもだけど」


「って事は相手の人も貴族の人?」



 王族なので貴族ではないが、それを言うのは混乱の元になりそうなので、フィリエルであると言うのは伏せる事にした。



「そんなところ」


「…………ちなみに、その人の事は好きなの?」



 一番気になる事だ。

 貴族なら政略結婚という事も有り得るが、あの娘バカのレイスがそんな事をさせるはずがないのは明らか。

 友人としてもユイの意思が一番重要な点だが、頬を染め照れて俯くユイは恋する乙女そのもので、返事を聞かなくとも雄弁に語っていた。



「言わなくても分かったわ。

 両想いなら悩む理由なんてないんじゃないの?」



 途端にユイの表情が暗くなる。



「でも、今はその告白も保留にされちゃったから、どうなるか分からないけど………」


「何で?向こうから告白してきたんでしょう?」


「詳しくは言えないけど、地位が高い人で、その分義務も制約も多いから。

 それにその人、今ザーシャとの戦争に行ってて……だから……」



 そこまで聞けば、ルエル達も最近のおかしかったユイの理由が分かった。

 それに、相手が貴族である以上、一般家庭で育ったルエル達では貴族社会の事が何も分からないので相談出来なかったのだろう事も。



「そう、それなら心配よね。いくらうちの国が優勢だって言われても」


「うん………」



 相談にのるはずが逆に落ち込んでしまったユイ。

 これ以上は聞きづらい雰囲気だが、ルエルにはどうしても聞いておかなければならない事が一つあり、自然とルエルの表情が強張る。



「ねえ、ユイ。

 好きな人が出来た事、レイス様に話して無いわよね?」


「えっ?……うん。まだ付き合うって決まった訳じゃないし」



「良かったわ」と呟き表情を緩めたルエルに、ユイは「何が?」と首を傾げる。



「だって、その人今戦争に行ってるんでしょう?

 もしレイス様に知られたら、刺客を放って戦争のどさくさで闇に葬り去るかもしれないじゃない!」



 そんな馬鹿なと一笑出来ないのが悲しい……。

 レイスに会った事のない、ライル、イヴォ、クロイスは今一ぴんと来ていないようだが、会った事のあるルエルとゲインは、あの人ならやりかねないなと、思い人が不憫に思った。

 この先一番大変なのは確実にその思い人だと。



「ユイの父親はそんなに危険人物なのか?」



 いくらなんでもそこまで……といった内心が表情に表れているイヴォに、ルエルとゲインが揃ってレイスの凶悪さを説明する。



「危険人物じゃ収まらないわよ。ことユイの事に関してわね」


「フィニーの五十倍は凶悪だと思え」



 普段フィニーに弄られているイヴォは盛大に顔を引き攣らせた。



「うわぁぁん、俺を差し置いて人妻になるなんて、ユイちゃんの裏切り者ぉぉ。

 そいつとの関係はいつからなの!?」


「まだ人妻じゃないから。

 初対面はまだ兄様達と暮らしてた頃」



 ルエル達とは両親離婚後の中等学校が初対面なので、自分達より付き合いが長い異性がいたという事で、それを全く知らなかった事にルエルは不満げな顔をする。



「それ私達と会う前じゃない。

 それとあんたには沢山お姉様方がいるでしょう、ライル」


「それとこれとは別なの。

 ユイちゃんに婿入りしてパン屋継ぐ気だったのにー」



 おおげさに嘆くライルはどこまで本気なのか分からない。

 だが、いつもの事なので早々に相手にするのを止め、ライルの発言で気になった事をルエルはユイに問う。



「相手が貴族って事はお祖父さんのパン屋はどうするの?

 あれだけパン屋を継ぐって各方面に言い回ってたのに」


「もし、その人と結婚になったら継ぐのは無理かな……。

 今の内にお祖父ちゃんに言ってた方が良いと思う?」


「そりゃあね。あれだけ継ぐって言ってたんだから、絶対にユイが継ぐ気でいるはずよ。

 早めに言ってショックは少なく済ませた方が絶対良いわよ」


「そうだよね……」


「そうそう。

 でも………それなら、いずれパン屋は無くなっちゃうのかしら」


「何だと!?」



 それまで黙々とパンケーキを食べていたクロイスが、今日一番の反応の良さを見せた。



「跡継ぎがいなかったら続けるのは無理だもの」


「そんな………」



 祖父のパンをちょくちょく買いに来るクロイスは衝撃を受けたように固まり悲壮感を漂わせた。




***




 ルエル達と別れた帰り道、祖父にどう説明しようか頭を悩ませていた。


 ユイがパン屋を継ぐと言い始めたのは、大会で父親に会った事と総帥達から逃れる為だった。

 そうしなければ……地味に生きていかなければいけないという、強迫観念に似た思いで言い続けていた事だが、ユイがパン屋を継ぐと言った時、祖父はそれは嬉しそうに喜んでいたのだ。


 あのパン屋は祖父の長年の夢だったようで、それを孫が引き継いでくれるのが嬉しかったのだろう。

 あの時は本気で継ぐつもりだったが、軽々しく口にするべきでは無かったと今更になって後悔する。



「どうしよう……」



 憂鬱な気持ちで歩いていると、不意に「ユイ」と、誰かに呼ばれた気がして辺りをきょろきょろと見回したが、それらしい人物は見当たらない。

 気のせいかと思った時。



「ユイ、上じゃよ、上」



 そのまま上を見上げると、直ぐ側にある店の上の階の窓から顔を覗かせているテオドールが見えた。



「テオ爺様……?」



 何故ここにと思ったが、テオドールがお忍びでよく利用する店だと思い出し合点がいった。

 また、城を抜け出して来ているのだろう。

 内心苦笑しながら、手招きされたのを見て、店内に入って行く。



 階上はお得意様用の個室となっているので、遠慮無く室内に入って行くと、ユイは目を見開き動きを止めた。

 テオドールだけだと思った室内には、テオドール一人ではなく、テオドールの向かいの椅子にはユイの見知った人物が座っていた。



「へっ、お祖父……ちゃん?」



 他人の空似かとも思ったが、間違いなくユイの知る祖父だ。



 片や大国の先王、片や街の小さなパン屋の主人。

 関係性が分からず、ユイは立ち尽くしたまま交互に二人の顔を見る。 



「おお、混乱しておるのう」


「取りあえず座りなさい」



 言われるままに苦笑する二人の隣に腰を下ろす。



「お祖父ちゃんとテオ爺様って知り合いなの?」


「まあ、知り合いと言えば知り合いじゃな」



 含みを持たせた言い方に、ユイは更に混乱する。



「まあ、その内知る事になるから、その時のお楽しみじゃ」



 テオドールは楽しそうに一瞬ちらりとユイの祖父の方に視線を向けると、ユイの祖父は嫌そうに眉を寄せ、テーブルの下でテオドールの脛を蹴り付ける。

 それで、二人が親しい間柄だと分かったが、更に関係性が分からなくなった。



「それより、何かあったのか?難しそうな顔をして歩いておったが」


「あ………えっと」



 テオドールに言われ、今まさに目の前にいる祖父の事で悩んでいたのを思い出した。

 テオドールもいるので言いやすいかと、ユイは思い切って話してみる。



「あのね、お祖父ちゃん。

 もし、パン屋を継ぐの出来ないかもって言ったら……怒る?」



 怒られるのを待つ子供のように恐る恐る話すユイだったが、祖父に怒りや悲しみといった負の感情はなく、優しく微笑んでいた。



「少し寂しい気もあるが、それがユイの決めた事なら、お祖父ちゃんは応援するぞ」



 その言葉にほっと安堵するユイ。



「そりゃそうじゃろ。自分は爵位を捨ててパン屋なんぞ開いて好き勝手しておるのに、ユイに文句など言えるわけなかろうが」



 再びテーブルの下で、テオドールに蹴りが当たり、痛そうに顔を歪める。



「痛いじゃろうが」


「痛くしてるんだ。余計な事を言うな馬鹿者」


「爵位?お祖父ちゃんって貴族なの?」



 ユイの問いに祖父は苦虫をかみつぶしたような顔になる。



「昔の話だ。ずっとパン屋を開くのに憧れていてな、面倒だから捨てた」



 世の中には欲しくても手に入れられない者がいるというのに、生ゴミを捨てたぐらいの軽さだ。


 だが、貴族だったと聞かされれば、テオドールと知り合いなのも納得がいった。

 ただ、全くもって元君主と元臣下の間柄には見えないが。



「ユイがそんな話をするという事は、フィリエルとの事を決めてくれたのかのう」



 にまにまと嬉しさが滲み出るテオドールに、ユイは気恥ずかしさから居心地の悪さを感じる。



「…………でも、エルには取り消すって言われたから」


「何、色々あってへたれておるだけじゃよ。

 直ぐに、取り消すのを取り消すと言って来よるわ」


「そうかなぁ……?」


「そうじゃよ、漸く決心してくれてわしは嬉しいぞ。

 そんなユイに朗報じゃ。

 戦争が終結した。

 戦後の処理があるので直ぐにとはいかないが、帰って来られるようだ」


「本当に!?エルは無事?怪我してない?」



 待ち望んだ知らせに、ユイは喜色の溢れた顔で身を乗り出す。



「ぴんぴんしておるよ。

(まあ、少しやばかったようじゃがの)」



 そう心の中で付け加える。




 瓦礫がフィリエルを襲ったあの時、もう駄目だと目を瞑りその時を待ったが、いつまで経っても体に痛みを感じる事は無かった。

 不思議に思いながら恐る恐る目を開け上を見上げると、フィリエルの頭上近くで瓦礫が宙に浮かんでいたのだ。


 その瓦礫の周囲には瓦礫を持ち上げるようにある、膜のような不思議な光。


 驚きのあまり固まるフィリエルは、腰に差したテオドールから譲り受けた剣が鳴動しているのに気付いた。

 手に取って見れば、瓦礫を隔てている光と同じ淡い光を発していた。


 そして次の瞬間、キンっと耳鳴りのような高い音をさせ震えたかと思うと、衝撃波でも起こったかのように剣を中心に光が波紋に広がり、それと共に頭上の瓦礫が粉々に砕け散り砂と化し、全く歯が立たなかった炎が一気に静まり消え去った。


 辺りは、それまでの騒ぎが噓のような静寂に包まれ、フィリエルは大元帥達が瓦礫をかき分け助けにくるまで呆然と剣を見つめていた。




 ユイはフィリエルの無事をセシルとカルロにも知らせると言って帰って行き、再び二人っきりとなった室内で、テオドールは報告を受けたフィリエルの身に起こった事を目の前にいるユイの祖父に話した。



「フィリエルには魔剣の使い方など教えておらん。

 あの剣にどんな能力があるか、わしも知らんのじゃからな。

 なのに、剣はフィリエルを助け、城中の炎を消し去った。

 どういう事じゃ、剣に意思があるとでも言うのか?

 能力もじゃが、そんな話聞いた事もないぞ」


「俺に分かるわけないだろうが」


「お前が使っとった剣じゃろ!」


「使っていただけで、そんな反応した事ないから知らん!」



 それがどうしたと言わんばかりに威張りながら言い切るユイの祖父に、テオドールは深い溜息を吐いた。

 ユイの祖父は、少し考え込むような仕草の後、徐に話し始めた。



「あれを俺が使えたのは、魔力の相性か良かっただけの偶然であり、予期せぬ出来事。

 ただ似ていただけなのだと」


「どういう事じゃ、似ていたとは」


「さあな。俺が言っているのではなく、昔教皇にそう言われた。

 あの方がそう言うのだからそうなのだろう」



 教皇は色々と謎のある人物で、まだ若い姿をしているが、テオドールやユイの祖父よりも長い時を生き、何代もの王を見送って来たという。


 長く生きる教皇ならば、自分達が知らない事を知っていてもおかしくはないかと、テオドールは素直に受け止めた。



「一度、教皇にお会いしに行くか。ユイとフィリエルの件もあるしのう」



 これが他の者なら、何故ユイ達との事に会いに行くのかと聞いていたのだろうが、意味を直ぐに察したユイの祖父は顔を引き攣らせた。



「まさか、教皇を巻き込んで例のやつを使うつもりか?」


「そうでもせねば納得せんであろう。あの男は」


「いやだがなぁ………」



 渋るユイの祖父だが、理由も分かる為に反対も出来ない。

 そこで気になったのはフィリエルの事。



「ところで、お前の孫はどんな男だ。ユイを幸せに出来る男か?」


「へたれではあるが、子や孫達の中で一番リーシャに似ておるよ」


「お前にだけはへたれなど言われたくないと思うがな。

 お前がどれだけリーシャにへたれていたか」



 身に覚えがあるのか、居心地が悪そうに視線をうろうろと彷徨わせるテオドール。

 そんなテオドールに苦笑しつつ、ユイの祖父はリーシャに似ていると聞き安堵した。

 どんなに辛い時でも、自分よりも他人の事を考えられる優しさを持っていた彼女に似ているのなら、可愛い孫を託しても安心出来るだろうと。




 祖父はユイに負い目を感じていた。



 娘のシェリナが結婚を強要された時、怒りを感じた事もシェリナが嫌がるなら店を手放したとしても惜しくはないと思った事も噓では無い。

 だが、どこかテオドールを基準にものを考えてしまっていた。


 テオドールは、周りの反対を乗り越え、庶民出身のリーシャを妻とした。

 幸せそうに旅だったリーシャの最後を目にしていただけに、親族を黙らせて庶民のシェリナを娶ろうとしたのだから、オブラインの屋敷で大切に大切に扱われているのだろうと、そう思っていたのだ。


 いざとなれば、自分の持つ人間関係を全力で使い助けるつもりでいたが、時々送られてくる便りでは問題ないというもので、きっと上手くいっているのだろうと、疑いもしなかったのだ。



 それを知ったのは、ユイも生まれて随分経ってから。

 久しぶりに会いに来たテオドールに、オブラインでのシェリナと孫達の現状を聞かされ、漸く知った。

 だが、その時にはシェリナにもユイにも心に大きな傷を受けた後だった。


 楽観視せず、もっと気を付けていればと後悔しても全てが遅すぎた。


 幸いシェリナは傷を癒してくれる存在に出会えたが、いつまで経っても表情の硬いユイを心配していたのだ。



「お前の名前を出す事になるが、良いな?」



 それでユイが幸せを掴む事が出来るなら、それぐらい何ともない。

 何ともないと言いたいところだが………。



「…………出さないで何とかならないか?」


「王家の血に固執した古参の貴族共を黙らせるのは、お前の名前を出すのが一番効果的じゃろ。

 それにベルナルトとジェラールもお前に会いたがっておるし、良い機会じゃ」



 無慈悲な現状に悲壮感を漂わせるユイの祖父だが、ベルナルトとジェラールの名が出ると、少し表情を緩ませた。



「確か最後にあったのはまだ幼子だったからな。

 立派になった姿は見たいが………奴らがなぁ………」



 思わず深い溜息が出る。



「お前に心酔しておったからのう。

 号泣してお前に縋り付く姿が目に浮かぶようじゃ」


「若い女性ならまだしも、じじい共に追いかけられても嬉しかないわい」


「ユイの為じゃ、我慢せい」



 そう言われれば文句など言えず、心の中でユイの為……。ユイの為……。と呪文のように自らを暗示にかけようと唱え続けた。







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